――赤光―――


 ■蒼華学園―――放課後・廊下■

 【澪】また…、見える。

 ―――水鏡澪は校舎の窓から遠い空を見ながら呟いた。

 眼前に広がる蒼穹に天空からの細く赤い糸が見える。
 友人たちに話しても見えない、赤い光の糸。
 それだけでも不安になるのに―――さらに得体の知れない、不安感。
 それらが―――澪の心に渦巻いている。

 【女子生徒の声】―――ちゃん、澪ちゃん。澪ちゃんってば。
 【澪】―――え?あ、亜希子さん。どうしました?

 亜希子と呼ばれた女子生徒――徳間亜希子は澪の問いかけに、
 ちょっと眉をひそめて澪の額に手を当て、少し時間を置いてからその手を離した。

 【亜希子】澪ちゃん、大丈夫?最近なんだかぼーっとしてるみたいだけど…。
       具合、悪いの?…熱は無いみたいだけど…。

 ――ぼーっとしている、という表現はどうかと思うが、
 澪は自分を気遣ってくれる事を嬉しく思った。

 【澪】ううん、大丈夫よ、亜希子さん。


 【亜希子】そう…?だったらいいけど…。
  私、そろそろ行くけど、―――何か困ったことがあったら言ってね。
 【澪】はい、ありがとうございます。

 にっこり微笑む澪を見て、亜希子も安心したのか―――かばんをもって教室から出て行った。
 そういえばこれから部活に行くとか言っていたっけ…。と思いかけて、澪はわれに返った。

 【澪】―――っと、いけない、水姫さんたちを探さなきゃ…。

 澪は思い出したように廊下を歩き出した。
 いや、確かに忘れていたのだが。
 今日は―――というか、いつもの事だが、朝霧水姫、朝霧沙姫の
 双子姉妹と一緒に登校下校している。
 家が近いと言うのもその理由だが、なにより仲がいいというのが一番の理由だ。
 水姫、沙姫とは学年が一つ違う。それでも親友と呼べる友人。
 そばにいるのがとても心地いい。
 自分には無い物を持っている二人。
 水姫の天真爛漫さと沙姫の冷静で何者にも屈しない強い意志。
 ―――憧れでもある。

 とまあそんな事を考えながら3年の水姫達の教室を覗くが、
 二人ともいない。
 変わりに別の生徒が澪を見つけて声をかけてきた。

 【女子生徒】どうしたんだ、水鏡?水姫たちを探しに来たのか?

 水姫・沙姫と常に一緒に居る澪のことは上級生である三年の
 生徒にも知られているようだ。

 【澪】あ、はい、安倉先輩…。
    どこにいかれたかご存知ですか?
 【安倉と呼ばれた女子生徒】まぁ、知ってるって言えば知ってるけど…。
 【別の女子生徒】まぁ…この時間ならもう大丈夫じゃない?
           水姫ったら、また乗り気じゃないみたいだから。


 【安倉】そういうけどねえ、優子。

 歯切れが悪い安倉に変わって、優子と呼ばれた生徒―――
 斉藤優子が口を開いた。

 【優子】だいじょーぶだって。すぱーんと終わってると思うわよ。
      ねえ、御前。
 【御前と呼ばれた女子生徒】ええ―――そうですわね。
                  残念ながら殿方は玉砕ですわ。
 【澪】…?

 三人の―――水姫の友人たちの話す内容がいまいち良く分らない澪。
 きょとんとしていると、優子が人差し指を上にあげた。

 【優子】屋上よ、屋上。
    水姫ったら――またコクられてるから。

 ああ―――そういうことか、と納得したように頷く澪。
 水姫はあれでも…というと失礼なのだが、結構人気があるらしく、
 学年が一つあがっても結構告白されているらしい。
 それはおいといて―――
 とりあえず、水姫を見つけたら――双子パワーで沙姫も
 見つけてくれるだろう。
 澪にしては安直な考えだが、実際水姫と沙姫は引き合うかのごとく
 互いを見つけるのが上手い。
 そんな事を頭の片隅で考えながら微笑んだ。

 【澪】ありがとうございます、早速行ってみます。
 【安倉】まぁ、…終わっているとは思うけど、屋上に行く時は
     一応こっそりドアをあけたほうがいいと思うよ。
     もし―――まだ話してたら、まずいしね。
 【澪】はい、注意します。

 ぺこりとお辞儀をしてから教室を離れる。

 そのまま階段を上っていくと―――屋上からとても複雑そうな
 表情をした男子生徒とすれ違った。
 …どうやら―――玉砕した男子生徒のようだ。

 【澪】(そっか…、また断ったんだ…)

 心の中で呟きながら―――屋上のドアを開けると―――、
 屋上の一番端のところに水姫と沙姫が髪を風に靡かせながら立っていた。
 ――二人ともこちらを見て微笑んだ。

 【澪】あ、沙姫さんも一緒だ…。よかった。

 足早に二人の側に駆け寄る。

 【澪】水姫さん、沙姫さん。探しましたよ。そろそろ――帰りませんか?
 【沙姫】ああ―――もうそんな時間か。
 【水姫】うんっ、それじゃ帰ろっか。

 三人そろって屋上から降り―――水姫と沙姫は帰り支度をする為に
 教室に向かった。それについていく。
 教室に入ると、先ほどの三人が水姫と沙姫のところに寄ってきた。
 結果を聞きに来ているのだろう。
 それを教室の外、廊下の後ろのドアの付近から眺めていると―――、

 【妖艶な声】こんにちわ、水鏡さん。―――どうしたの、こんなところで。
 【澪】あ、咲夜先生。

 咲夜と呼ばれた金髪碧眼の若い女性がにこやかに澪のそばによって来た。
 どうやらこの教室の前から出てきたようだ。
 ふわりといい香りが鼻腔をくすぐる。
 胸元の開いた紺色のシャツとミニスカート、その上に白衣という
 なんとも表現しにくい格好だが、一応教師だ。
 生徒からの信頼も―――まぁ、特に男子生徒から人気がある。


 【咲夜】―――あぁ、朝霧さん達を待っているのね。
 【澪】はい、一緒に帰ろうと思って。
    いま帰る準備をなさっているところですので、ここで待っていようと…。
 【咲夜】ふふっ、教室の中に入ればいいのに。
 【澪】あ、でも…。

 そこに、水姫より一足早く帰り支度を済ませた沙姫がやってきた。

 【沙姫】―――どうした、澪…。
     ん、咲夜先生か。澪がどうかしたか?
 【澪】いえ、あの、ここで待ってるなら教室に入ったら、と
    気遣ってくださって。
 【沙姫】そうか―――、少し待たせてしまったな。
     すまない、澪。

 優しく澪の頭をなぜる沙姫。高校生にもなって頭をなぜられるのは
 どうかと思うが、澪は「こうされる」のが好きだ。
 「特に少し前は好きだった」。
 その様子を見て咲夜は柔らかく笑った。

 【咲夜】ふふっ、本当に貴女達は仲がいいわね。
     ―――それじゃ、私は行くわね。
 【澪】はい、お気遣いありがとうございました、咲夜先生。
 【沙姫】咲夜先生、心配かけてすまなかったな。
 【咲夜】いいえ、先生がみんなのことを心配するのは当然のことよ、
     沙姫さん。気にしないで、ね。

 そういうと、咲夜は白衣を翻して職員室へ向かって去っていった。
 そうこうしているうちに、水姫も下校の準備が出来たようで
 澪と沙姫のところにやってきた。

 【水姫】ごっめーん、遅くなっちゃったっ。ちょっと捕まっちゃってさ。
 【沙姫】ああ、私は構わないさ。
 【澪】はい、私もぜんぜん。
 【水姫】ん、ありがとね、二人ともっ。それじゃー帰ろー!

 GO!とも言わんばかりに右腕を天に向けて突き出した。
 さすがに二人とも同じようにするのは恥ずかしいのか、
 そのまま困ったような笑顔を浮かべて下駄箱に向かって歩き出した―――。



 ■蒼華学園―――下駄箱■

 【澪】あ、祥子さん。

 下駄箱に行くと、一人の少女が靴に履き替えていた。
 すこし髪の毛をたたせたボーイッシュな少女。
 澪と同じクラスの里見祥子だ

 【祥子と呼ばれた女子学生】ああ、水鏡か。帰るのか?
 【澪】ええ―――。祥子さんは部活に行くの?
 【祥子】まぁな。そろそろ大会が近いからな―――。
     それじゃ、いくよ。また明日なっ。
 【澪】うん、さようなら。また月曜に。
 【祥子】―――っと、そうだ、水鏡。

 駆け出した祥子は、その足を止めて、再び澪の元に戻ってきた。
 一体なんだろう、と怪訝な表情の澪。

 【澪】どうしたの?



 【祥子】お前さ、なんか悩み事でもあるのか?
      最近―――難しい顔して考え込んでる事が多いだろ?
      亜希子も心配してたぞ。
 【澪】―――え?
 【祥子】なんか心配な事があったらいつでも私たちに相談しろよ。
  お前の切なそーな顔を見るのはやだからさ。

 ぽん、と背中を叩くと、そのまま今度こそ部活へと駆けて行った。
 ぶっきらぼうだが、心優しい友人の心遣いに胸を打たれながら―――
 澪は嬉しそうに1人微笑んだ。

 ―――だが、相談しようにも―――

 空から降りてくる赤い線…光のコトも在るが、もっと大きな悩み。
 自分でもこの悩み―――胸のもやもやの正体が何なのか、掴めない。
 とても大切な―――何かを失ってしまったような、気がするのだ。
 大切な物なのに、何かが全く思い出せない。
 いや、大切なもの「自体」、「あった」のかどうかすら、怪しい。
 ―――というより…ここ数ヶ月…いや、ひょっとすると1年くらいの
 記憶があやふやだ。確かに―――記憶はあるのだが、
 「本当に体験したか」、良く分からない。夢を見ていたような、そんな感じだ。
 澪は頭を振って思考を切り―――水姫と沙姫のところに合流した。
 合流した、というよりは、出口で二人が待っていた。

 【澪】―――お待たせしました、水姫さん、沙姫さん。
 【水姫】ううんっ。
 【沙姫】―――それじゃ、帰ろう。


 ■水鏡家―――朝■

 澪はいつも通りの時間に目を覚ました。
 特に何があるわけでもないが―――、休みの日でも規則正しい
 生活をしている。性格的なものもあるのだが―――、
 澪は家事全般をやっているから、かもしれない。
 両親が怠け者で、と言うわけではなく、共働きなうえ、二人とも
 土日祝日関係のない仕事をしているから―――、
 やらざるを得ない状況にあるのだ。
 澪自身家事が嫌いと言う訳でもないので、文句を言う事もなく
 それらをこなしている。
 ―――そんなこんなで、朝食を作り、洗濯をし、掃除をし―――、
 それらが終わる頃には午前十時を廻っていた。
 当然両親ともども既に家にはいない。

 【澪】今日はお休みだし―――、どうしようかな…。

 澪は1人呟いた。休みとは言え全然予定がなかった。いつもなら
 水姫と会ったり、沙姫と三人でどこかに行ったりしていたのだが、
 今日は全くといって良いほど予定が無かった。

 【澪】―――でも、お天気も凄く良いし…家の中に閉じこもってるには
    勿体無いかな…。

 ―――結局、何を目的とする訳でもないが、澪は街に繰り出した。
 繰り出した、といっても―――やっぱり何をする訳でもない。
 それに、街には…正体不明の赤い光が漂っている。そこにはあまり
 近づきたくなかった。…あれは何か異様な感じがする。行きたくない。
 でも、街に出たい。
 二律背反もいいところだが、とりあえず、澪は街に出た。


 ■蒼華市―――市内■

 【快活な声】あーッ、キミー!!ひっさしぶりだねッ!
        元気してた?
 【澪】―――え?

 やっぱり何をするでもなく、澪がウインドウショッピングをしていると―――、
 突然、ボーイッシュな女の子に声をかけられた。
 長い髪を一房後ろに括った、活発そうな女の子だ。年恰好からすると
 高校生くらいのようだが―――記憶を辿るが―――澪には心当たりが無い。

 【澪】え、えっと…
 【活発な少女】ほらほら、前もここであったでしょ?
          前はひらひらの…、えーと、メイド服だっけ?
     あれ着てたじゃないかッ。
 【澪】わ、私…メイド、服、なんて…しら、な、い
    着たこ、と、ない―――…
 【活発な少女】そっかー、ボクの勘違い…人違いなのかなあ?
     ゴメンね、急に呼び止めちゃって。
 【澪】あ、いいえ、そんな―――。


―――やっぱり澪はメイド服が良く似合うな―――


 【澪】…あ…

 急にふらついた澪を、慌てて活発な少女が支えた。

 【活発な少女】わあっ、だ、だいじょぶ?
 【澪】あ…は、い…

 と答えてはいるものの、視点が定まっていない。
 少女は澪を支えると、大通りから少し離れたビルの影に
 連れて行き、座らせた。

 【活発な少女】ねえ、キミ―――ホントに大丈夫?
 【澪】ご、ご迷惑をお掛けしてしまって…すみません…。
    も、もう…大丈夫…ですから―――

 と言ってはいるが、上体がふらふらしている澪。
 それでも一生懸命笑顔を作っている。

 【活発な少女】どこが大丈夫なんだよッ。だーめ!
         キミがちゃんと体調がよくなるまで一緒にいるからね!
          ―――キミ、名前はなんていうの?
 【澪】水鏡澪、です…。
 【活発な少女】そっか、澪チャンか。ボクの名前は桐生刹那<きりゅうせつな>。
          刹那、って呼んでねっ。
 【澪】―――はい、刹那さん…。ホントに…ごめんなさい、私…。
 【刹那】んもう、そんなコトいいよッ。
      それに―――ボクだって急に澪チャンに声かけたしね。
      ボクこそゴメンね。驚いたでしょ?
 【澪】ふふっ、そんな事言わないで下さい、刹那さん。
    もし刹那さんに声をかけていただいてなかったら、私は―――
 【刹那】そっかなあ?まァ、そういってくれるなら嬉しいけどねッ。
 【澪】ふふっ。
 【刹那】―――ん?どしたのさ?
 【澪】あ―――いえ、刹那さん…刹那さんは私の友達にすごく
    似てらっしゃるので…つい。
 【刹那】…うーん、やっぱり前に…ボク達会ってないかなあ?
      前も同じ事聞いた覚えがあるんだけど…。
 【澪】そ、そう…ですか?
    そうだったら―――ごめんなさい、私…
 【刹那】あははっ、そんなに気にしないでよッ。またこーやって
      会えたんだしさ。
 【澪】そう言って頂けると…助かります。
 【刹那】ああぁ…、やっぱり可愛いね、澪チャンはー!
      よかったーまた会えてっ!
 【澪】あ、あの…、刹那さん、私―――以前お会いしたとき、
    その――メイド服を着てたのですか?
 【刹那】うん、メイド喫茶の人かと思っちゃったよっ。
      あれは街中で目立ってたよー。
 【澪】そ、そんな恥ずかしいことを…?
 【刹那】うーん、やっぱり澪チャンじゃなかったのかなぁ…。
     ボクも分らなくなってきたよ。
     そーいえば、澪チャンは蒼華市に住んでるの?
 【澪】はい、蒼華学園の2年生です。
 【刹那】そっか、ボクの方が一つ上だね。ボクは桜舞なんだ。
     桜舞学院の三年生。今日は用事があってここに来たんだけどね―――
     また友達とはぐれちゃって。
 【澪】え?いいんですか、お友達探さなくても―――
 【刹那】ん、また会えるから大丈夫だよっ。


―――また会えるさ―――


 【澪】…そんな、―――。
 【刹那】―――あ、言ってる側から紫苑からのメールだ。
     よかった、紫苑も結構近い所にいるんだ…。
     紫苑ってのはボクの友達なんだけどね―――。
 【澪】あ、私はもう大丈夫ですから―――。お友達のところに
    行ってあげて下さい。
 【刹那】ウン。それじゃ澪チャン、またね。
     あ、そだ、今度ボクのウチに遊びにきなよッ。
     桐生道場、ってのがボクんちだからさー!
 【澪】あ、はい―――是非。
 【刹那】待ってるよッ。それじゃねー!!!

 大きくてを振りながら刹那は駆けて行った。
 刹那の姿が見えなくなってから―――ゆっくりと立ち上がる。
 刹那には「もう大丈夫」とは言ったものの―――、澪の体調は
 まだ万全ではなかった。
 少しふらつきながら―――表の大通りへ出る。


 ■街中―――■
 【澪】――きゃっ。
 【赤毛の少女】―――っと、悪ィ!

 ふらふら歩いていると―――
 前方から駆けて来た少女にぶつかってしまった。
 そのままその勢いでちょっと飛ばされて、倒れこみそうになったとき
 今度は別の――銀色の髪の小さな少女に助けられた。
 今日はいろんな人に良く助けられる日だ。

 【赤毛の少女】悪ィ、悪ィ…怪我はねェか?
 【銀髪の少女】―――大丈夫ですか?
 【澪】あ、はい―――なんとか…。すみません、ボーっとしてたみたいで…。

 言いながら倒れかけた体制を元に戻して、二人にたいして
 ぺこりと頭を下げた。

 【赤毛の少女】あァ、いや―――オレのほうこそ悪かったな。
     ちょっと飛ばしすぎてたみたいで。
 【澪】いえ、そんな…

 飛ばしてた、って何…を?という素朴な疑問すら思い浮かばず、
 澪は顔を上げた。



 【銀髪の少女】―――っ!!あ、貴女は…。

 眼前の、銀髪の少女が驚愕の表情を見せた。なぜこの少女がこんなにも
 驚いているのかさっぱり分からない、澪。
 驚いているというか、嬉しそうと言うか、
 だがそれでいて…どこか泣きそうな表情を見せている銀髪の少女。

 【銀髪の少女】こ、こんな所で再び…
 【赤毛の少女】―――ッ!お、…おい、白峰ッ。
 【白峰と呼ばれた少女】―――…はい、申し訳ありません、
     あかおねえさま…。分かっています、わかって…います…。
 【澪】え、えっと…?

 見覚えのない少女二人が涙ぐんだり、嗜めたり、自分の目の前で
 されているのを見て、澪は戸惑った。

 【赤毛の少女】悪ィな。ちょっと―――あンたが…その、こいつの知り合いに似てたから
     驚いちまったようだ。
 【澪】そうですか…。いつか出会えるといいですね。
 【白峰と呼ばれた少女】―――ッ。あ…ぅ…
 【赤毛の少女】ほら、…行くぜ、白峰。

 澪の一言で余計にがっくりと肩を落とした銀髪の少女を立たせて、
 振り返って一言、「また会えるといいな」と呟いて―――
 奇妙な二人組みは去っていった。

 【澪】いったい…なんだったんだろう…。

 胸中に渦巻く疑問が又一つ―――増えたようだ。
 あの銀髪の少女―――確かにどこかであった事があるような、気がする。
 …ここ数日…そんなことばかりだ。
 体験した事のない思い出、知らない記憶、そんなものがぐるぐると
 湧き上がって渦巻く。

 ―――とぼとぼと、彷徨うように街中を歩く。

 何処に行けばいいのだろう。      ―――帰る場所。       
 ―――家に帰る?           ―――家、じゃない。
 分らない。              ―――でも、知ってる。
 戻るべき場所。それは―――…。


 ■公園―――午後5時■

 澪は一人公園に居た。
 児童公園だというのに、誰も人が居ない。
 その公園にあるベンチに―――澪は一人座っていた。

 【澪】(わからないっ。わからないっ!!わたしは、
  何を忘れてしまったと言うの――――!?)

 ―――決して手を離してはいけない、場所。
 ―――決して忘れてはいけない、人。

 【澪】(護ってくれる、って―――、)


 ―――この身を尽くして―――お仕えする人。


 【澪】(いつまでも、皆一緒に―――いる、って―――)


 漣のような心の記憶が、だんだん大きく揺らめく。
 渦巻く記憶が一つの形になっていく。


 【澪】(心で、魂で、繋がっている、って―――)


 赤い。
 視界が赤く染まっていく。
 いつも見える―――禍々しい赤い光ではない。
 ―――夕焼けの赤さ、でもない。
 懐かしい煌き。
 全身を駆け巡る熱い血潮。


 【澪】(―――私…私は、っ!!)

 どくん。

 【澪】あ…。

 どくん。  どくん。

 【澪】この、感じ―――

 ―――大気が揺らめいている。
 ―――赤い。
 ―――赤い。
 ―――澪は走り出した。
 ―――なにか、
 ―――かけたピースが一つづつはまっていくような、感覚。
 ―――蘇りつつある、「記憶」。

 どくん。

 自分の脈動が聞こえる。

 ―――私のせいで―――
 ―――澪のせいじゃない。これは、あの時お前を助けられなかった
      罰だ。気にするな―――



 どくん。    どくん。
             どくん。
     どくん。          どくん。

 どくん。



 【澪】―――えん、ご…さん…?

 ―――どくん。

 ひときわ大きく心臓が跳ね上がった。

 ―――この、感じ。
 ―――この、気配。
 ―――間違えるはずない。
 ―――いや、
 ―――なぜ、思い出せなかったのか。

 【澪】―――焔護さん!!!!