―再始動―


 【水姫】はぁ、はぁ、はぁッ―――…
 【焔護】み、水姫―――…

 驚いている焔護に―――無言でつかつかと歩み寄る水姫。

 ―――パンッ。

 水姫が焔護の頬を平手で叩いた。
 乾いた音が…静かな部屋の中に響き渡る。

 【焔護】…な…

 焔護の表情が驚きと戸惑いが入り混じったものになる。

 【水姫】…うそつき…!焔護さんのうそつきッ!!!!
      ずっと一緒にいるって…いつまでも一緒だって約束したじゃないかッ!!
 【焔護】水姫…。
 【水姫】うそ、つき…!

 憤怒の表情から―――徐々に泣き顔に変わっていく。

 【焔護】すまない―――すまなかった…。
 【水姫】……でも―――

 何かを耐えるように、掌で自分の胸をぎゅうと押し付ける。
 瞳から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。

 【水姫】でも!!!!
     一番許せないのはボク自身だ…!!!
     焔護さんのこと忘れちゃうなんて…!!!!!

 震える声が嗚咽に変わり――崩れ落ちるように、その場にへたり込んだ。
 ぶるぶると握る拳が震える。

 【マスター】それは私がキミの記憶を封じてたからで…
 【水姫】そんなの言い訳にならないよッ!!!!
      ボクは、ボクは――――…!!!!焔護さんを―――
 【焔護】水姫。

 焔護の呼びかけに―――ハッ、と顔を上げる。
 今までに聞いたこと無いほど―――優しい声。そのまま水姫を抱きしめた。

 【焔護】すまなかったな。辛い思いをさせてしまったな。
 【水姫】えんごさん…!えんごさんっっ!!!
 【焔護】ほら、もう泣くな。またこうやって―――会えたんだから。
 【水姫】―――ん…っ…

 くい、と水姫の顎をつまんで、そのまま唇を重ねる。
 互いが互いを求めるように―――絡み合うような音が聞こえる。

 【マスター】うわー…なんかエロいぞ、あんたら…。
 【水姫】ん―――…焔護さん…えぐっ、えぐっ…

 唇を離して、水姫の頭を優しく撫ぜる。落ち着いた水姫を
 抱きしめながら焔護はマスターのほうを見た。

 【焔護】羨ましいだろう。
 【マスター】そりゃもう。
        …しかし―――想いの強さ、か。水姫ちゃんのその想いが、
        空間を捻じ曲げて、物理法則の壁を突破して、
        焔護くんに会いにきたんだね。
 【水姫】あ、マスターさん!お久しぶりだねっ。
 【マスター】って、今まで気付かなかったの!?
        最早眼中にすらなかったのね。トホホ。

 ―――とマスターが嘆くのと同時に、再びコーションコールが鳴り響いた。
 水姫と焔護を見ていたオペレータたちも慌しくそれぞれの
 モニターを凝視したり、コンソールを叩いたりを開始する。

 【マスター】―――今度は一体…!?
 【オペレーター】今度「も」のようです、マスター。モニター、出します。
 【オペレーター】これは…二箇所の別空間からの強制アクセス…です!

 眼前の巨大モニターにやっぱり「焔護」と「さん」という文字が羅列されていく。
 それに伴い、局所的無限回廊展開・強制リンク生成・他空間領域からの接続及び
 連結空間の固着が始まる。

 【マスター】え?
 【焔護】―――あいつらも…。
 【水姫】うんっ。そうだよね。だってボク達は―――

 マスターの表情が驚きに変わるのと同時に、またしてもオペレーションルームの
 ドアが勢い良く開けられ―――、澪と沙姫が飛び込んできた。

 【水姫】心で―――魂で繋がってるんだもん。
 【澪】うっ、ううっ…
 【沙姫】はぁ、はァ、はァ―――。

 涙を瞳いっぱいに浮かべて、ぎゅっと手を胸に当てて立ちすくむ澪と、
 肩で息をしながら、こちらも瞳を潤ませて立っている沙姫。

 【焔護】―――済まなかったな、澪、沙姫。
      お前達にも…辛い思いをさせてしまったようだ。
 【澪】えん、ご、さん――――!!!
 【沙姫】…っ、っ。

 耐え切れなくなったのか、澪が焔護に抱きついて泣きじゃくる。
 沙姫は―――、後ろを向いて顔を伏せ肩を震わせている。

 【水姫】みんな、みんな揃ったよぅっ!えへへ…嬉しいよう…!

 喜んでいるのか、泣いているのか良く分らない顔で
 嬉しそうに笑う、いや、泣く水姫。

 【マスター】そんな…馬鹿な…。私の記憶封印が悉く破られる上に
       <世界事象>にまで介入するなんて…!自信なくなるなー!!
 【沙姫】―――お前が…私たちの記憶を封じていたというのか…!!
      私たちが…!!どれだけの思いをしたと―――

 マスターに詰め寄ろうとした沙姫を焔護が制した。

 【焔護】沙姫。マスターを責めても仕方ない。原因は―――俺にある。
     それに…アクエリアスゲートももう今は無いしな。
 【沙姫】―――なっ?
 【澪】…え…?
 【水姫】ア、アクエリアスゲート…無くなっちゃったの?
 【マスター】いや、それなんだけどね…焔護くん。話を元に戻しても
       いいかな?
 【焔護】あ、ああ―――そういえば、そうだったな。
      焔護の<力>を再び貰ったはいいが―――何をするかを聞いて…
      ―――まさか…。
 【マスター】そう、そのまさか。現在の中央世界だけの単独結界では
       最早もたない。五封結界でも追いつかないのが現状なんだよね。
       そこでゲート結界を復活させる、ってゆー寸法だ。
       ちょうど<管理者クラス>の能力者も三人増えたし。
       全部で4つのゲートができるー!

 ばんざーい、とばかりにマスターが両手を天高く上げた。

 【焔護】管理クラス…それは―――水姫達の事を言っているのか?
 【水姫】へ?ボク達にゲート管理者やれってコト?
     で、でもそれじゃ…ボク達別々のゲートに―――。
 【澪】そんな…嫌!嫌です!!私は―――私たちは―――
    もう離れ離れになんてなりたく…ないですっ…!!
 【沙姫】私も同感だ。どうしてもと言うなら―――こちらも覚悟があるぞ。

 沙姫の殺気が室内に充満していく。それを再び焔護が制した。

 【焔護】落ち着け、沙姫。マスターはあまり何も考えてないだけだ。
     いつも思いついたことをすぐ口に出すという、マスターの癖だ。
     ―――とまあ、これがこちらの総意だ、マスター。

 言いながら、沙姫の殺気にあてられて半泣きになっている
 マスターを振り返る。

 【マスター】わ、わかったですよう、何とかしてみますよう。
       一つのゲートに4人の管理者クラスレベルか…。
       ちょっと負担が大きくなるかもしれないけど―――構わないかい?
 【焔護】―――それは構わん。
 【水姫】やったっ!これでまた皆一緒だよ!!
     良かったねっ、澪ちゃん、沙姫お姉ちゃんっ!
 【澪】はい…!!
 【沙姫】そうだな―――。
 【焔護】水姫、澪、沙姫。これから俺はマスターと今後の事について
     ちょっと話しがあるから―――…そうだな、ちょっと伝言を
     頼まれてくれるか?
 【水姫】う、うん、わかったよっ。誰に何を言えばいいのかな?
 【焔護】マスター、とりあえずコーションコールは解除だな?
 【マスター】あ、うん。ああ、そうか、まだ連絡してなかったね。
       水姫ちゃんに頼むのか。

 頷くと水姫の方を向く。

 【焔護】上の部屋に黒咲たちがいる。言ってきて待機解除と伝えてくれ。
 【水姫】えっ、黒咲さん、いるの?
 【焔護】ああ。黒咲も、黄坂も白峰も、―――お前たちは会った事ないかも
     知れないが、ほむらも静奈さんもいる。
 【澪】…白峰さんも…。
    ―――白峰さん…さっきのお礼を言っておかないと…。
 【沙姫】ほむら…?赤城ほむらのことか?
 【焔護】ああ。助けてもらったんだろ?沙姫。ちゃんと礼を言っておけよ。
 【沙姫】勿論だ。
 【水姫】よおっし、それじゃれっつごー!!

 天高く拳を突き上げる水姫。

 【マスター】部屋はつき当たりの階段を上がってすぐ右側の
      <特務室>って書いてある所だから。よろしくー。

 三人は連れ立ってオペレーションルームを出て行った。
 それを確認してから――マスターへ近寄る焔護。

 【焔護】…マスター、いい考えは思いついたか?
 【マスター】ちょ、ちょっとまってえなー。そんな簡単に
       ええ考えが浮かぶんやったら苦労せーへんでー。
 【焔護】関西弁になっているぞ、マスター。

 焔護のツッコミに答えず、座禅を組むようにその場に座り、
 両手の人差し指指先を口の中に突っ込んで、その指を自分の頭に
 捏ねくりまわした。
 そして、―――まさしく座禅を組んだ。
 なんとなく…「ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく」という
 コミカルな音が流れているような気がする。
 そして―――きっちり一分。
 耳障りなぽくぽく音に慣れてきた、と思った瞬間に、「ちーん」と
 閃き音が鳴り響いた。…ような気がした。

 【マスター】逆転ホームランー!
 【焔護】は?
 【マスター】新ゲートは<中央世界>固着。フィルター型の結界ではなく、
       弾くものは弾いて、通ってしまったものは、ゲート内で駆除。
 【焔護】まったくもって逆転の発想になっていないが…、
     つまるところ―――、具現化した<悪意>である異形のモノを
     ゲート内で駆除するという事だな。
     前の―――時空遡及とかいうのとさほど変わらんと思うが…。
 【マスター】単純に物量が増えると思うよ。月1だったのが月4回とか、
       そんな感じで。
 【焔護】ふん、暇つぶしにはなるな。それに沙姫もいるから大丈夫だろう。
     ――で、中央世界固着、ということは―――…。
 【マスター】そう、<無限回廊>を使わなくても移動できるように
       なったってこと。地続きの別次元というか…なんというか。
       そのへんはちゃんとセキュリティ考えておくから。
 【焔護】そうか…。まぁ、マスターの<力>も随分と弱まっているからな。
      あまり無理をするなよ。
 【マスター】へ?
 【焔護】今のうちに言っておくが、<焔護>の力は不完全だ。
     すぐに―――

 すぅ、と赤毛が青く変わる。

 【久遠】元に戻れます。状態変化が可能になった―――と思えば
     それで十分ですが―――

 また赤毛になる。

 【焔護】以前ほどの<力>は無いな。焔護地聖としての「個」を
      保つ分には十分だが。
 【マスター】うわー、なんだかあれみたいだね、
        普段は優しい心をもちながら、激しい怒りによって目覚めた
       宇宙人、って感じ。
 【焔護】なんだそれは…。
 【マスター】まぁ、兎に角。実際問題として自在に変身できるなら
       それはそれで好都合かもしれないよ。
       まだゲートの核となるディスクもできてないから当分はこっちで待機だし。
 【焔護】そうか、それなら紫苑にもちゃんと説明できるか…。
 【マスター】まぁ、そういうこと。でも前みたいにゲートに行ったら
       行きっぱなしで連絡も取れないって事にはならないから大丈夫だと
       思うけどね。
 【焔護】ふむ…。


 ■中央世界管理センター特務室■

 水姫・澪・沙姫は教えられたとおりに階段を上り―――、
 豪奢な扉の前にやってきた。上には<特務室>とかいてある。
 その扉を勢い良く開けた。

 【水姫】―――えへへっ、お久しぶりっ!
 【澪】ご無沙汰しておりました、皆さん…。
 【黄坂】―――え?
 【黒咲】…水…姫?澪…?お前たち…どうしてここに―――
     いや、どうやって…
 【白峰】ど、どうして―――?私たちの記憶は―――

 水姫たちを知っている三人―――黒咲・黄坂・白峰が驚きの表情を作る。
 そんな三人に―――、水姫と澪はにっこりと微笑んだ。

 【ほむら】あれ?沙姫じゃねェか?
       なンでお前がここにいるんだよッ?
 【沙姫】いろいろあってな。さっきは助かった。

 軽く手を上げて爽やかに微笑む沙姫。
 水姫も黄坂のところへ歩み寄る。同じように、澪も白峰のところに歩み寄った。
 【
 水姫】ごめんね、舞さん―――。さっきはありがとっ。優しくしてもらったのに…
     でも、もう大丈夫だから!
 【黄坂】み、水姫ちゃん…記憶が戻ったの!?
 【澪】―――はい、舞さん…。私も、―――沙姫さんも。
 【白峰】澪さん…。
 【澪】霞さん、先程はごめんなさい…。私は―――
 【白峰】いえ、いいんです、澪さん―――。
      またこうして―――出会えたのですから…。

 珍しく白峰が笑う。一筋の涙が頬を伝い、落ちた。
 それをにこにこと見ていた水姫だったが、思い出したように手を打った。

 【水姫】そーだ、黒咲さんっ。マスターさんから伝言があるんだ。
      えっとね、えーと、なにやらなにやらがなにやらーで…
 【黒咲】なにやらーが多すぎて…何がなにやらわからんぞ?

 黒咲の表情も喜びと困惑でなにやら微妙な感じになっているが。
 そんな水姫の肩をたたいて、沙姫が前に出た。

 【沙姫】―――水姫、私が説明する。
 【水姫】う、うん、お願いするよ、お姉ちゃんっ。
 【沙姫】警戒警報<コーションコール>はどうやら私たちが原因だったようだ。
     時空歪曲面の強制接続関連によるイレギュラーという事で、原因究明完了につき
     黒咲たちの<待機>は解除された。
 【黒咲】―――ああ、了解した。
 【水姫】うわ、おねーちゃんよくわかるね、そーいうの。ボクさっぱり。

 難しい顔をした水姫の頭をぽんぽんと優しく撫ぜると、
 再び黒咲のほうを向いた。

 【沙姫】…久しぶりだな、黒咲。
 【黒咲】ああ―――。いつ以来だ?
 【沙姫】ふッ…。最早その歳月は意味を成さんさ。
      また―――、ゆっくり呑もう。
 【黒咲】そうだな。楽しみにしている。

 似たような流麗な仕草で微笑む二人。ちなみに、沙姫のほうが年下だ。
 そんな黒咲と沙姫のやりとりに、ほむらが怪訝な表情を見せた。

 【ほむら】あれ?綾姉――沙姫のコト知ってンのか?
 【黒咲】アクエリアスゲートで会った事があるんだ。
     たまたま沙姫が目覚める時でな―――。
 【ほむら】ああ、<月之印>の効果作用か。ありゃ師匠の術も入ってたから
  ―――確か15日ごとの満月と新月に―――って奴だなッ。
 【水姫】…?

 何のことか分からない水姫。だが、沙姫はその経緯―――
 どうやって自分が自我を保つことが出来ているのかを焔護から聞いていた。

 【沙姫】―――ほむら、おまえ―――…。そうか、私は―――
     私は以前にもお前に助けられていたのだな。礼を言う。
 【ほむら】良いってコトよ。ヘヘッ。オレたちは―――ダチだろ?
 【沙姫】―――ああ。

 豪快に笑うほむらと、優雅に微笑む沙姫。どうやら友情が芽生えていたようだ。

 【水姫】んー、ボクはいまいち実感無いんだよね〜。ボクと沙姫お姉ちゃんが
     …多重人格で一つの体を共有してたってコト。
 【沙姫】まぁ、な。実質的には体は同じでも別人だからな。

 どちらも―――片方が目覚めた時の記憶はもう片方とは共有していない。
 その為に、互いに何があったのかはよく分からないのだ。
 故に、水姫が中央世界から攫われた後、沙姫という人格が植え付けられてからの
 数ヶ月の記憶はまったくない。無理やり自我の奥底に閉じ込められていたようなものだ。
 逆に―――水姫が目覚めて以降、沙姫の記憶は15日ごとに目覚めた時のものしかない。

 【青瀬】しかし――

 今まで口を挟まず、3人を眺めていた青瀬がゆっくりと立ち上がった。

 【青瀬】焔護から聞いてはおったが―――何の遜色も無いのう。
     お主から発せられる<氣>も人間そのものじゃ。
 【焔護の声】当然だ。

 ゆっくりとドアが開いて焔護が部屋に入ってきた。
 完全に部屋の外で聞いていたというタイミングだったが―――
 そこは誰もツッコまない。

 【黄坂】あ、えんちゃん。
 【焔護】待たせたな、水姫、澪、沙姫。
 【水姫】ううんっ、そんなことないよっ。久しぶりに皆と色々お話してたし。
 【青瀬】それで―――、どういうことじゃ?沙姫の肉体に関しては
      儂もよく知らぬ。
 【水姫】―――御琴さんだよ。…御琴さんが助けてくれたんだ…。
     最期の力で―――
 【焔護】御琴さんの<存在する力>を沙姫に委譲したということだ。
     …あの人の最期の願いだった。
     肉体に関してはあの事件の黒幕が素体を作っていたのでな。
     それを利用したんだ。
 【青瀬】そう、か。なるほどのう…。魂のない肉に沙姫の魂魄を移動させて
     御琴の<力>で固着させたという事か。
     ―――沙姫。その命、大切にしなければならんな。
 【沙姫】―――ああ。勿論。
 【青瀬】そういえば―――、お主等とちゃんと話をするのは初めてじゃな。
     儂の名は青瀬静奈じゃ。
 【ほむら】あ、オレの事も沙姫以外は知らねェよな。
      オレの名前は赤城ほむら。よろしくなッ、水姫、澪ッ。
 【澪】は、はい、よろしくお願いします、青瀬さん、ほむらさん。

 ちょっとほむらの粗雑な物言いにびくつきながら、澪が答える。
 水姫は全然へっちゃらのようだが。

 【水姫】そっか、静奈さんとほむらちゃん―――
     キミもボクたちを助けてくれたんだね。ありがとねっ。
 【ほむら】へへッ、「ちゃん」は照れるぜ。
 【焔護】さて―――、と。
      とりあえず、アクエリアスゲートを復活させる方向で決まったが…
      ゲートを展開させる為のディスクの作成に暫く時間がかかるようだ。
      お前たちも―――当分は今までの暮らしをしていてくれ。
      こちらの準備が整い次第、連絡を入れる。
 【水姫】ううー、そー言って置いてけぼりはヤだぞ!

 ちょっと怒ったように腰に手を当てて眉を吊り上げる水姫。
 その後ろで澪と沙姫が苦笑している。

 【焔護】信用無いな…。
     ―――仕方ない、それじゃ一旦俺の家に行こうか。
     そこで色々説明しなければならない事もあるし、
     今後のことを説明しなければならない奴もいるからな。
 【水姫】ええ?焔護さんの家?わー、どんなんだろ。
      ちょっと楽しみだねっ、澪ちゃん。
 【澪】はい、水姫さんっ。
 【沙姫】だが―――説明しなければならない奴とは…一体誰の事なんだ?
 【黒咲】ひょっとして、妹の事か。確か前回は数年帰ってなかったらしいな。
 【焔護】そうだが―――、今回のゲートは中央世界に固着されるから
      結構行き来が自由になる。その辺は便利になりそうだな。
 【水姫】へー、そうなんだ。

 他人事のように呟く水姫に、焔護は悪戯そうな目で見た。

 【焔護】水姫たちはまだ学生だろう?
     ちゃんと学校にも行ってもらわなきゃ困るしな。
 【水姫】へひ?
 【沙姫】変な声出たぞ、水姫。
 【澪】ふふっ。
    …でも、焔護さんに妹がおられたなんて吃驚しました。
 【水姫】あー!そうだよっ。そんなこと一言も聞いたこと無かったよっ。
     どんな人なんだろ。紹介してよね、焔護さん。
 【焔護】そりゃまあいいが…。
      ―――それじゃ行くか。またな、お前たち。ゲートで待っているぞ。
 【黒咲】ああ。また―――こちらも落ち着いたら連絡する。
 【黄坂】とゆーか、絶対無理矢理にでも遊びに行くからねっ。
 【白峰】その時はよろしくお願いします。
 【ほむら】あー、オレ、師匠のゲートって行った事ねェなァ。
 【青瀬】儂もそうじゃが――――ならばなおの事、今度は行かねばならんな。
 【焔護】ああ、待っているぞ。
     ―――それから、ほむら。お前の暴れっぷりは聞いている。
     ちゃんと静奈さんの言う事を聞いて―――頑張れよ。
 【ほむら】わ、分ってるって、師匠。
 【焔護】ははっ、それじゃな。
 【水姫】それじゃ、またねっ、皆。
 【澪】皆さまのこと思い出せて―――ホントに良かったです。
    また―――お会いしましょう。
 【沙姫】では、また―――。

 焔護に続いて、水姫、澪、沙姫が部屋を出て行った。
 少しの間…沈黙が支配する。
 そこに―――マスターが珍しく静かに入ってきた。

 【マスター】行ったようだね。結果的には目的どおりになったけど…、
       あの子達が自力で記憶の封印を解いちゃうとは思わなかったよ。
 【青瀬】…自力で記憶の封印を…?
 【マスター】しかも、中央世界管理センター<ここ>に空間直結して
       やってきたんだ。…三人とも。ホント凄いよ。
 【黒咲】想いの<力>…か。―――何も知らない平穏より…、
     知った上での幸せを選んだということか―――。
 【ほむら】詩的だなッ。
 【黄坂】でも―――危ない世界よね、こちら側を知ってしまったという事は。
 【白峰】はい、舞お姉さま…。
     ですが――不謹慎ながら…、私はあの方たちの記憶が戻った事に
     …少し心が躍ってしまいました。
 【黄坂】ふふふっ、霞ちゃん。私もよ。
 【黒咲】ははっ、そうだな―――。
     ならば…心を躍らせた分…、私たちも彼女たちを護らなければな。
 【黄坂】そうね―――。まーでもそれもあるけど、また水姫ちゃんたちと
     アクエリアスゲートで遊べるのはホントに嬉しいわねえ。
 【ほむら】そんなに楽しいトコなのかよ?
 【黒咲】ま、まあ、な。
     焔護に勝手に水着に着替えさせられたりするがな。
 【ほむら】なんだ?綾姉、そんなに楽しいのか?
 【黒咲】た、楽しくなんかないっ。それは楽しくないぞ。
 【ほむら】え?でもなんか喜んでるよーに見えるぜ?
 【黒咲】喜んでないっ!!
 【ほむら】いや、喜んでるって。いつもより顔が嬉しそうだぜ?
 【黒咲】喜んでないって言っているだろうっ!!
 【ほむら】顔真っ赤になってるぜ?面白ェな、綾姉は。
 【黒咲】ああっ、もう!舞さん!笑ってないでフォローしてください!
 【白峰】…一連のやりとり…どこかで見覚えがあります。
 【青瀬】既視感というやつかのう?


 ■御剣神社―――入り口■

 時刻は午後6時を回ったところだが―――夏という事もあって、
 まだまだ明るい。
 焔護に連れられて水姫、澪、沙姫は御剣神社にやってきた。
 御剣神社―――、そこは焔護の…というより、御剣久遠の実家である。

 【水姫】え?あれ?御剣…神社?

 神社の名前を読みながら怪訝な表情をする水姫。その横でもっと
 驚いているのは沙姫だ。

 【沙姫】…ここは…!ここがお前の自宅だったのか?
 【焔護】ん?ああそうだが―――、知っているのか?沙姫。
 【沙姫】知ってるもなにも…今日の午前中に来たばかりだ。
      まさかここがお前の自宅とは…お前の自宅とは…
 【焔護】あぁ、そうか―――。そういえば…(咲がそんなコトを言っていたな)。

 よっぽど驚いているようだ。同じ台詞を二回言っている。
 沙姫は驚いたまま、水姫はうーん、と唸ったまま、澪はいつも通りの
 表情で焔護の後について境内へと続く石階段を上っていく。
 上りきった所で、焔護が立ち止まった。

 【焔護】・・・ん?
 【凛とした声】この神社に何か用か―――?

 待ち構えていたかのように、巫女が出てきた。青い髪の巫女―――。
 その姿を見て、水姫が声を上げた。

 【水姫】あ!紫苑ちゃん!!

 声をかけられた紫苑も、驚いたように水姫を見た。

 【紫苑】水姫…か?まさか今日遊びに来るとは思わなかったぞ。
     ―――ああ、後ろにいるのが…水姫が言っていた双子の姉か。
 【焔護】ほう、紫苑を知っていたのか、水姫。
 【紫苑】…?
 【水姫】え?あ?あれ?あれれ?
 【沙姫】―――?
 【快活な声】どしたのー紫苑ー!お客さんー?

 そして更に後ろから元気な声が―――
 紫苑の横にぴょん、と飛んできたのは、桐生刹那だった。
 驚きの声を上げたのは―――澪だ。

 【澪】せ、刹那さんっ!?
 【刹那】あれ?澪ちゃん?
 【澪】ど、…どうしてここに刹那さんがおられるのですか?
 【刹那】え?えーと、紫苑とボクが友達…だからかな?
      というか、逆にどーして澪ちゃんがここに…?
 【澪】え?え??

 互いに、頭上に疑問符をたくさん浮かべて、互いを不思議そうに見る。

 【柔らかな声】あらあら、大勢のお客様―――あら?沙姫さん?

 そして更に別の声が。沙姫が午前に出会った咲だ。
 その時と同じように柔らかい笑みを湛えて歩み寄ってきた。
 さすがに…一日に二度も同じところに来ることになるとは思っていなかった
 沙姫は、少し照れたように頭を下げた。

 【沙姫】ど、どうも…咲さん。またお邪魔しています。
 【水姫】あれ?沙姫お姉ちゃん、この人知ってるの?
 【紫苑】咲さん、この方たちを知っているのか?刹那も…?
 【刹那】う、ううん、ボクが知ってるのは澪ちゃんだけだけど?
      他の人たちははじめて会ったよ?
 【咲】ふふっ、私も実際にお会いしたのは―――後ろにおられる
    沙姫さんだけですよ。
 【紫苑】は?
 【水姫】へ?ど、どういうこと、焔護さん…?
 【紫苑】えんご・・・?

 紫苑が怪訝そうな表情で焔護を見る。
 焔護は焔護で、この意外な繋がり―――紫苑と水姫が知り合いだったことや、
 澪と刹那が知り合いだったことや、咲と沙姫が知り合いだったことに
 少し驚いているようだ。そんな焔護を見て――咲が微笑んだ。

 【咲】うふふっ。不思議な縁<えにし>ですねえ。焔護さん。
 【紫苑】…咲さんはこの人を知っている…のか?

 怪訝な表情のままの紫苑の問いには答えず、にこにこと微笑んでいる咲。

 【焔護】お前たち…面識あったのか?しかも全員それぞれバラバラに―――
      紫苑と水姫だけではなく咲や刹那まで…。
 【刹那】え?おにーさん誰?
 【紫苑】馴れ馴れしいな。一体何者だ?
 【焔護】…紫苑、いつも言っていただろう。見た目にとらわれては
     物事の本質を掴む事が出来ない、と。
 【紫苑】…そ、その台詞…!?

 焔護が首を振ると、一気に髪の色が赤から青にかわり―――、
 ついでに瞳の色も変わった。

 【水姫】ええ?えええええ?焔護さんっ!?
 【澪】―――っ!?
 【沙姫】な…これは…?
 【刹那】―――ッ!?
 【紫苑】あ…兄上!?
 【水姫】あ、兄…って!?紫苑ちゃんのお兄さんっ!?
      え?ええ?あれ?それじゃ焔護さんは?
      焔護さん何処行っちゃったのー!?
      焔護さん?
      焔護さはーん!!

 あたりをきょろきょろと見回す水姫。茂みの中とか、木の上とか、石の下とか
 鳥居の柱の影を探して廻る水姫を沙姫が取り押さえた。
 このまま放って置けば机の中とかかばんの中とか、最後には
 夢の中まで捜しに入ってしまうところだ。

 【沙姫】お、落ち着け、水姫。信じ難いが…あ、あれが焔護だ。
      焔護も私たちと同じで…多重人格者のようだな…。
 【水姫】えええ!?

 沙姫の言葉に、水姫が―――御剣久遠と化した焔護地聖を見る。
 焔護…いや久遠は、いや焔護は…というか久遠は静かに笑った。

 【久遠】沙姫。私は多重人格ではありませんよ。精神<こころ>は一つ。
     ただ見た目と喋り方が違うだけです。
 【澪】そんな、声まで変わってる…。
 【沙姫】声だけじゃない、<氣>の質まで…。
     というか、喋り方が丁寧すぎて…逆に気持ち悪い…。
 【紫苑】い、一体―――あ、あに、兄上、これは…!?
     バカな…一体…!!これは…いや、そんな―――
 【焔護】落ち着け、紫苑。
 【刹那】わあっ!?久遠さん!?また変わった!
      ボク、もー何が何だかわかんないよッ。
 【水姫】はうう、焔護さぁんー!ボクも良くわかんないよぅ!!

 二人の<ボク>も同時に頭を抱えた。

 【沙姫】こっちはこっちで分りにくいな。
 【澪】そ、そうですね…

 混乱気味の場―――。
 そんな中を咲が手を叩きながら割って入った。

 【咲】まあまあ、皆さん。ここで立ち話もなんですから―――
    中へ入りませんか?
 【焔護】―――そうだな。行くぞ。

 咲と焔護は連れ立って社務所のほうへ歩いていった。
 それを残った5人が後に続く。

 【紫苑】(…確かに、兄上の<氣>だ。間違いなくあれは兄上だ。
      むぅ…静謐な兄上もいいが…この粗雑な兄上もこれはこれで
       いいかもしれないな)
 【刹那】ん〜?紫苑、何考えてんのさ?ひょっとして…あの久遠さんも
     いいなーとか思っちゃったりしてるわけッ?
 【紫苑】ばっ、べっ、別に私は何も…!
 【刹那】ボクはあの雰囲気違う久遠さんも格好いいと思うよッ。
      急に変わっちゃったのは吃驚したけどあれはあれでアリだよねッ。
      ある意味イメチェンだねッ。

 刹那の言葉に、紫苑はむぅ、と再び心の中で唸った。
 そんな二人に水姫が近寄る。

 【水姫】ねえねえ、紫苑ちゃん。なんか不思議だよね。
 【紫苑】―――そうだな…まさか水姫が兄上と知り合いだったとは…。
     まぁ、アレを兄上と呼んでいいのかは疑問だがな。
 【刹那】あれれ?二人は知り合いなの?
 【紫苑】ああ。以前―――話したことが無かったか?
      刹那と同じで、自分の事を<ボク>と言っている子に会った…と。
      刹那にそっくりだから会わせたかったのだが…こういう形になるとは。
 【刹那】んー、確かにそんなコトあったねえ。
     澪ちゃんからも同じような事―――、
     ボク以外にも自分のこと「ボク」って言ってる友達が居る、
     ってのを聞いてたんだけど、キミのコトだったんだね。
     ボクの名前は桐生刹那。ヨロシクね、水姫ちゃんッ。
 【水姫】ウン、こちらこそよろしくねっ。
     ―――刹那ちゃんは澪ちゃんとも知り合いだったんだね。

 水姫の問いかけに、嬉しそうに微笑む澪。意外な繋がりあいに
 喜んでいるようだ。

 【澪】あ、はい、そうなんです。その節はお世話になりまして―――
    ありがとうございました、刹那さん。
 【刹那】あははッ、そんなに気にしないでよッ、澪ちゃん。
     そのお陰で澪ちゃんとも知り合えたんだしさッ。
     ねえ、それよりも―――
 【沙姫】ん?

 刹那が沙姫のほうを振り向いた。

 【刹那】キミも咲さんと知り合いなんだね。
     キミの名前はなんていうの?
 【沙姫】あ、ああ―――そうだな、まだ名乗っていなかったか。
      私の名前は沙姫。朝霧…沙姫だ。

 苗字を少し考えて、答える。本当は「夕霧」であったが―――その名はもう
 意味がないし、水姫の姉妹として生きている。
 「朝霧」と名乗れることに少し誇りを持っていた。
 だが、いざ口にすると少し恥ずかしい。
 ―――そんな沙姫の腕を水姫が取って嬉しそうに口を開いた。

 【水姫】ボクの双子のお姉ちゃんなんだっ。
 【刹那】へェ、そうなんだっ。そういわれれば…似ているような…似てないような…。
     っと、咲さんと知り合いの沙姫さんかっ。おんなじ名前なんて凄い偶然だね。
 【沙姫】全くだな。
 【刹那】それにしても…。
 【水姫】うーん…
 【水姫・刹那】「「沙姫(さん)(お姉ちゃん)と紫苑(ちゃん)って、
      なんだか雰囲気そっくりだねっ。」」
 【紫苑・沙姫】「「そうか?刹那と水姫もそっくりだぞ。面白いくらい。」」

 水姫と刹那、紫苑と沙姫の声が重なる。話し方も内容も同じだ。
 それを聞いて、澪が微笑んだ。

 【澪】ふふっ。本当にそっくりですよ、水姫さんと刹那さん、
    沙姫さんと紫苑さん。
 【沙姫】そ、そうか?
 【紫苑】そんなに似ているか?
 【刹那】ボク達も?
 【水姫】そーかなー?

 互いの顔を互いに見合って、同じように首をかしげる四人。
 そんな四人と澪に、―――先に歩いていた焔護から声がかかった。

 【焔護】おーい、お前たち。何しているんだ?
 【水姫】あ、すぐ行くよ、焔護さん!!

 たたたーと駆けていく水姫。
 その後姿を見ながら―――紫苑が小さくため息をついた。

 【紫苑】…やっぱりあれを兄上と認識するには時間がかかりそうだな…。
 【刹那】ボクも。別人と考えた方が良いかもねッ。
 【沙姫】…まぁ、私たちはあの焔護を見慣れているからな…。
     先程、青くなった時は驚いた。
 【澪】そうですね…。

 ■御剣神社―――応接間■

 【紫苑】…にわかには信じられんな。

 焔護のこれまでの経緯と説明を聞き終えた紫苑は、持っていた湯飲みを
 テーブルの上にコト、と置いた。
 そしてやれやれ…といった表情で小さく息を吐く。

 【焔護】まぁ、信じようと信じまいとお前の好きにするがいい。
      どちらにしろ―――俺はまた家を出ることになる。
 【紫苑】というか…、兄上と喋っている気がしないんだ。
     まるで別人と話をしているようでな。
 【焔護】中身は同じだがな。
     そんなに喋りにくいなら元に戻るが。

 す、と目を瞑ると、頭を振った。ざぁぁ…と髪の色が変わる。
 そして目を開くと、瞳が青く変化していた。

 【水姫】うわー、凄いねえ。面白いねえ。なんだか手品みたいだねっ。
 【久遠】何を言っているんですか、水姫。
     貴女達もこんな感じで人格が入れ替わっていましたよ。
     尤も―――貴女達の場合は寝ている間でしたけれど。
 【水姫】ねえねえ、それって顔の半分ずつとか変化できないの?
     紫苑ちゃんと話す時は右側の「久遠さん」で、
     ボクたちと話をする時は左半分の「焔護さん」で、とか。
 【焔護】そんな器用なことが出来るか。
 【澪】わぁっ。
 【沙姫】本当にいきなり変わるな…。
 【焔護】紫苑。
 【紫苑】は、はい、兄上。
 【焔護】この姿はちょっと我慢していろ。実際のところこうやって
      ころころと姿を変えるのも実は結構疲れるんだ。
 【刹那】結構身を削ってたんだね、え、っと、えんご、さんッ。
 【焔護】呼び方は好きな方を呼べばいいぞ、刹那。
     そこはあまり気にする必要はない。焔護地聖とは役職みたいなものだからな。
 【沙姫】そうなのか?

 沙姫も驚いたような表情で焔護を見た。
 正直な所―――、水姫も澪も、沙姫も、<御剣久遠>といわれてもピンと
 来ておらず、焔護と呼んではいるが―――その名が役職名だとは思わなかった。
 うーん、と水姫が唸りながら…ぱん、と手を叩いた。

 【水姫】それじゃ、「部長さん」とか「シャチョさん」とか
      そんな感じなんだねっ。
 【焔護】そのたとえは恐ろしく的確であるのと同時に、なんだか切ないな。
      というか何処で覚えた。
 【水姫】あうぅぅー!ごめんよぅ、焔護さんっ!!
     焔護さんは焔護さんだよねっ。

 焔護の言葉に少し涙目になって水姫が飛びついた。
 飛びついたというか、焔護に抱きついた。猫のような仕草で
 ごろごろーと甘える水姫。

 【紫苑】―――ッ!!
 【刹那】あ。
  
 それを見た紫苑と刹那の動きが止まった。
 まあ、その、なんというか、複雑そうな表情だ。多少震えながら―――
 紫苑が唇を動かす。

 【紫苑】み、水姫…その、先刻から気にはなっていたのだが…
     一つ聞いていいか?
 【水姫】ふえ?なぁに?

 水姫の純真な(?)瞳に気圧されて――――紫苑が生唾を
 ごくりと飲み込む。

 【紫苑】水姫…いや、水姫たちは―――兄上と一体どういう関係なんだ?
 【水姫】焔護さんとの関係?うーん…関係、関係…
     にく―――
 【焔護】簡単に一言で言うと、従者と主人のようなものだな。
     俺の身の回りを世話してもらう代わりに、こいつ等の面倒を見る、
     という感じだ。澪は炊事洗濯掃除担当。水姫はお笑い担当だ。
 【水姫】お笑…っ!?ボクお笑い担当だったの!?
 【沙姫】私は何担当なんだ?
 【焔護】沙姫は防衛庁長官だな。
 【刹那】何で長官なんだろ。
 【澪】さ、さあ…。
 【紫苑】…な、ならば私もその一員に加わっても問題ないのではないか、兄上?
     私も一緒に―――
 【焔護】駄目だ。お前がゲート側に来たら誰がこの御剣神社を守護するというのだ?
      咲はあくまでサポートだぞ?自分のなすべきことを放棄するな。
 【紫苑】そ、それを言うなら…兄上こそ―――御剣神社の守護を
     放棄しているではないか!
 【焔護】御剣の使命は末子相伝。封神流の真の継承者はお前だぞ、紫苑。
      それっぽい理屈で俺を困らせるな。
      何かあればすぐに駆けつけるし―――、それに家を離れる…とは言うものの
      隣近所に居るようなものだからな。心配するな。

 ぽんぽん、と子供をあやすように紫苑の頭を撫ぜる。

 【紫苑】兄上は…いつもずるい…!!
 【刹那】(うわー、こんなよわよわな紫苑久しぶりに見たなー。顔真っ赤だー)
 【咲】ふふっ、紫苑さん。
    焔護さまのお話では――家を出るとは言ってもすぐ近くになるようですし―――
    今までのように全く会えないということでもなさそうですから。
 【焔護】それにたまにだったら遊びに来ても良いぞ?
     入り浸りは困るが。
 【紫苑】…し、仕方あるまいッ!
      ならば兄上、週に一度は連絡を入れることと、週に一度は
      私もそちらに行くッ!!この条件が飲めないなら私は認めないぞ!!
 【焔護】うーん、別に紫苑に認められなくても良いんだけどな。
 【紫苑】うぐぅっ…!!
      うわああーーーん!!兄上がー!兄上が苛めるーー!
 【咲】あらあら、焔護様―――あまり紫苑さんをいじめないでくださいねー。
 【刹那】うわー、紫苑が泣いちゃったよ。
     ホントお兄さんの前では別人だなァ、紫苑は。

 焔護は少し溜息を付くと、咲に縋って泣く紫苑の側に座った。

 【焔護】紫苑。
 【紫苑】ぐすっ…
 【焔護】あまり俺を困らせるな…。本当は分っているんだろう?
     自分の成すべきことを。
     お前が困っている時は必ず駆けつける。助けに来るさ。
 【紫苑】本当に…?
 【久遠】勿論ですよ、紫苑。それから―――先ほどの紫苑の提案ですが、
      週に一度、こちらに来る、と言うものですが―――、
      それは是非お願いしたいのですよ。
      刹那さん、その時は貴方も一緒に来ていただけますか?
      勿論、貴方の時間があるときで構いませんので。
 【刹那】え?ボ、ボクも一緒に行っていいの?
      (いきなり久遠さんに変わるから吃驚しちゃったッ。)
 【焔護】ああ。許可は取っていないが…いいだろう。
     それに刹那は十分強いしな。戦力になる。
 【刹那】一体何するの?戦力…って…?
 【焔護】まぁ、いろいろあってな。それはまた別の機会に説明するさ。
     ―――それでいいか、紫苑。
 【紫苑】…仕方在るまい…。
 【焔護】それじゃ―――まぁ、そういうことだ。水姫、澪、沙姫。
     お前たちもそれで良いな?
 【水姫】何だか良く分らないけど、焔護さんのゆーとーりにするよっ。
     それに皆が来たら楽しそうだしさっ。
 【澪】はい、わたしも。
 【沙姫】異存ない。
 【焔護】それでは―――またゲートが完成しだいこちらから連絡する。
     お前たち三人は今まで通りの生活をしながら待機。いいか?

 焔護のその言葉に、水姫がしかめっ面を見せた。
 水姫だけではない。澪も沙姫もあまりいい顔をしていない。

 【水姫】イヤだ。やっと思い出してやっと出会えたのに…
     また離れるなんて―――ボクには出来ないっ。
 【澪】…。
 【沙姫】今の私の心情としては―――お前の首根っこに
     首輪でもつけたい気分なんだぞ、焔護。それが分かっているのか?
 【咲】あらあら…こちらはこちらで大変ですね、焔護さま。
 【焔護】ちょっとの間だけだ。ほら、俺の携帯番号教えておくから
      なんかあったら電話をかけて来い。
 【水姫】やだよう…一緒に居たいよう…
 【紫苑】水姫―――…。

 ぽろぽろと泣き出す水姫。そんな水姫の肩に紫苑がそっと手をおいた。
 この少女の気持ちは…痛いほど良く分かる。
 水姫のように―――素直に感情を出せれば…なんて思っちゃったりしている
 紫苑だった。

 【焔護】わかった。ちょっと待ってろ。すぐに<次元開闢のディスク>を
     創るように―――マスターに言うから。
 【沙姫】…そのディスクが何になるのかは分らないが…可能なのか?
 【焔護】さあな。とりあえず―――徹夜でも作らせる。
     その間は三人ともここに居ろ。構わんな、紫苑。
 【紫苑】ああ。構わない。

 そういうと、焔護は携帯電話を持って部屋の外に出た。
 それから暫くして怒鳴り声や、変に優しい声が障子の向こう側から聞こえてくる。
 焔護がマスターを脅したり誉めたり色々な手段を使って<ディスク>精製を
 促しているようだ。
 部屋の中では水姫と澪、そして刹那が楽しそうにおしゃべりをしている。
 咲は無くなったお茶を淹れに台所に立っている。
 そして―――未だに納得していないような表情の紫苑の所に、
 沙姫がそっと寄った。

 【沙姫】すまない、迷惑をかける―――。
 【紫苑】気にすることはないさ。私も正直なところ―――…
     事態の把握をしかねているところだからな。
     いきなり世界の成り立ちがどうであるとか
     <門>がどうとか―――異形の生物の正体がなにであるとか
     いわれてもあまりピンとこないのが本当の所だな。
 【沙姫】ま、我々も良く分ってはいないがな。

 ふむ…と、紫苑が顎に手を当てて―――少し考える。
 そして、沙姫を改めて、見た。

 【紫苑】―――沙姫、お前は―――「刀」は扱えるか?
 【沙姫】一応刀剣類は大丈夫だが…
 【紫苑】そうか。少し待っていてくれ。
 【沙姫】…?

 そのまま紫苑は無言で立ち上がると襖の向こうに姿を消した。
 それと入れ替わるようにして焔護が再び部屋の中に入ってきた。

 【焔護】―――ん、紫苑は?
 【沙姫】席を外しているが…そっちはどうなったんだ、焔護。
 【焔護】まあ…何とかなるだろう。何だかんだ言ってもあいつはマスターだからな。
     事象改竄能力でも使って作ってくれるだろう。
 【刹那】へえ…マスターって言うヒト、すっごいんだねッ。
     一度会ってみたいなあ…
 【焔護】はは、刹那。実際に会ったらがっかりすると思うぞ。
 【刹那】へ?どゆことさ、えんごおにーさん。
 【焔護】まぁそれは―――

 焔護が口を開くのとほぼ同時くらいに、先ほど襖の奥に消えた紫苑が
 やってきた。手には紫色の長細い袋が握られている。

 【焔護】紫苑、それは―――

 紫の鞘から取り出したのは―――そこにあるだけで清冽な<氣>を放つ日本刀。
 <天照>や<月読>ほど強烈ではないが静かな波動を放っている。

 【紫苑】沙姫、これで―――この<月光>で兄上を護ってくれ。
     お前たちの中で…沙姫、お前が一番似合いそうだからな。
 【沙姫】い、いや、しかし―――…
 【焔護】もらえるものは貰っておけ、沙姫。どちらにしろ、
     お前にも戦ってもらわなければならない場面も出てくるし、
     それに―――お前のでかい剣はもう無いだろう?
     無手では正直きついかもしれない。
 【紫苑】それなら尚の事だ。
 【沙姫】…分った。ならばありがたく使わせてもらおう。

 刀を受け取ると―――、すらりと抜き放った。
 刃紋が美しく輝く。

 【焔護】こら、部屋の中で抜くな。
 【沙姫】あ、ああ、つい。


 ■数時間後――御剣神社■

 【マスター】ぜーはーぜーはーぜーはー!!!!
        ぜーはーぜーはーぜーはー!!!!
       ぜーはーぜーはーぜーはー!!!!
       ぜーーぜぜーはーはははーぜぜ。
 【紫苑】ぜーはーやかましいッ!!!
 【マスター】えぷらぽっ!

 焔護にせかされて<次元開闢のディスク>を創ったマスターは
 大急ぎで御剣神社にやってきて、そしてそのままの勢いで紫苑に
 いつもどおりぶっ飛ばされた。持っていた<次元開闢のディスク>は
 くるくると宙を舞い、焔護の手元に収まった。

 【水姫】うっわー、いたそう。
 【刹那】管理人サン、どしたのさ、そんなに急いで…こんなに夜遅く。
     しかもぶっ飛ばされて。一体に何しにきたのさー?

 地面を転がっているマスターを木の枝で突付きながら刹那が
 あきれたように尋ねる。…が、相手は虫の息に近い。返答が無い。

 【紫苑】私はお前を呼んだ覚えは無いぞ!?

 げし、と蹴りを入れてマスターを無理やり起こす紫苑。<管理人>マスター相手だと
 本当に、容赦ない。本当に。

 【マスター】いややわあ、そげな怖い顔して近づかんとってえなァ。

 何故か似非京都弁を使いがたがたと震えるマスターを庇うように、
 焔護がマスターを更に遠くへ蹴り飛ばした。
 きっと、紫苑から遠ざける、という意味合いが多分に含まれているのだろう。
 半分は、いい加減にしろ、というツッコミも含まれているとは思うが。

 【マスター】あひっ!
 【焔護】紫苑、お前たちが「管理人」と呼んでいるこいつは、
     俺たちの上司に当たる人間…?だ。
 【マスター】なんで「人間…?」ってゆー疑問形になるんでしょうかねえ!?
 【水姫】わっ、怒った!
 【マスター】たまにはねっ!!
 【紫苑】やかましいッ!!
 【マスター】ご、ごめんなさしいいい!!
 【水姫】今度は泣いたっ!
 【刹那】しかも、「ごめんなさし」って何だよッ。いつもながら意味不明な
      事ばっかり言ってるね、管理人サンは。
      でも―――そんなに偉い人だったとは知らなかったよッ。
 【紫苑】人間的にはどうかと思うがな。
 【焔護】同感だな。
 【マスター】おおうっ、酷い不協和音の協奏曲!
 【沙姫】…意味が分からんな。
 【澪】は、はい…。

 怯える澪を背に庇いながら、端的に感想を述べる沙姫。正鵠だが。
 水姫は「うわー」という表情で見ているし、紫苑は睨みつけているし、
 刹那は「かわいそー」という感じで見ている。
 そんな微妙な雰囲気を打破するように、焔護が本来話題にすべき台詞の一端を口にした。

 【焔護】―――で?ちゃんと出来たのか?
 【マスター】勿論だよ。キミがあんまりせかすから大変だったんだよ。
        どう大変だったかというと、そうだね、たとえば―――
 【焔護】そんな話はいらん。
 【マスター】おあっ、ばっさりカット!?

 自分で掌をチョキ型にしてその辺を練り歩く。
 そんな訳のわからない行動が目立つマスターを奇異の目で眺める水姫。

 【水姫】うわー、いつも大変だねえ、マスターさん。
 【マスター】ううっ、分かってくれる、水姫ちゃんっ!!
        だったらそのおっきい胸で泣かせてーーーー!!!!

 天高くジャンプして、その落下の勢いのまま、水姫の胸元に向かって
 飛び込んでくるマスター。

 【水姫】うわあっ!?
 【沙姫】水姫に触るな、寄るなッ!

 そのマスターの頭を掴んで、そのまま地面に叩きつける沙姫。

 【マスター】げぺっ!
 【紫苑】本当にお前はかける言葉が無いくらい訳の分からないやつだな…。
 【マスター】ううっ、皆してゴキブリを見るよーな目で見やがって…!
       ちくしょうっ!!
 【澪】そ、そんなことありませんよ、マスターさん…。ちょっとビックリしただけです…。
    それに、一生懸命…その、焔護さんの必要なものを作っていただきまして
    ありがとうございます。本当に感謝しています。
 【マスター】うう、ううううっ!澪ちゃん!澪ちゃんのその言葉で
        どれだけ救われることかぁっ!!澪ちゃーん!!!!
        その控えめだけどそれでいて存在感を醸し出している
        胸で眠らせてー!!
 【澪】―――きゃっ!?

 水姫に対して行ったようなジャンピングダイブを再び澪に対しても
 やろうとする―――マスターの眼前に、行為を阻むように
 二つの影が立ち塞がった。

 【沙姫】だから!
 【紫苑】それを!
 【沙姫・紫苑】止めろといっているッ!!!
 【マスター】こ、これは双月殲裂掌!?―――っぷあああっ!?

 壮絶な凄絶な清冽な<氣>の奔流が絡み合って二人の掌から放たれる。
 その巨大な気の塊を、まるで「いただきまーす」とばかりに
 全身に受けて、マスターは御剣神社から吹っ飛ばされて飛んで行って、
 お星様になった。

 【紫苑】勝手に名前をつけるな。
 【沙姫】全くだ。
 【刹那】うっわー、今日はじめて会ったというのに凄い息の合った
     コンビネーション技だね。ちょっと妬いちゃうぞ、紫苑。
 【水姫】そうだよ。妬いちゃうぞ、沙姫お姉ちゃん。
 【紫苑】あ、いや。
 【沙姫】た、たまたまだ。というより、マスターが悪いんだ。訳の分からない
     行動をして澪やお前を襲おうとしていたのが、な。
 【水姫】あ、そっか。おねーちゃんはボク達を護ってくれたんだねッ。
      ありがとうっ!
 【沙姫】あ、いや、それは…当然のことだ。
 【焔護】ははっ、沙姫、ありがとうな。

 言いながら沙姫の頭を優しく撫ぜる。
 美しい黒髪が柔らかく焔護の掌によって踊らされた。

 【沙姫】ばっ、馬鹿、そんな、子供を扱うように頭を撫ぜるな。
     わた、私は当然のことをしただけだ…。
 【紫苑】…ぁ…。

 それを見て―――ちょっと羨ましそうに紫苑が沙姫を見た。

 【焔護】それから、紫苑もな。
 【紫苑】わ、私も管理人に関しては色々あるから、と、当然のことを
      した…だけ…。

 沙姫にしたように、同じように頭を撫ぜてやると、
 紫苑は猫のような甘える仕草で目を瞑った。

 【刹那】うっわー、紫苑、嬉しそーだねー。
 【紫苑】べっ、別に嬉しくなんか無いぞ、刹那ッ!それは誤解だッ!
 【刹那】またまたー。一生懸命に真っ赤になって否定する紫苑も
      これはこれで可愛いよっ。
 【紫苑】か、可愛いなんていうなッ!
 【水姫】えー、ホントに可愛いよ、紫苑ちゃん。
      紫苑ちゃんも焔護さんのコト好きなんだねッ。
 【紫苑】な、何を馬鹿なことをッ。私と兄上は兄妹だぞ!?
 【刹那】あーあ、いまさらそんなコト言われてもねえ。
 【水姫】ねえ。
 【紫苑】お、お前たちこそ、何だそのコンビネーションはッ!
     一朝一夕で出来ることじゃないぞッ!!
 【澪】あ、あの…落ち着いてください、紫苑さん…。
 【紫苑】わ、私は落ち着いてなどいない!!
 【沙姫】ああ、そうだな。自分で認めているな。お前は面白いくらいに
      慌てているぞ。
 【焔護】この状態の紫苑を見ているのは面白いが…―――ま、それはおいておこう。
      まずは<次元開闢のディスク>だ。

 その言葉に、一同は元の平然さを取り戻した。
 焔護に続いて境内に出る。
 そして―――焔護がディスクを持って<氣>を流した。
 イメージ的にはCD-ROMを持っているようなものだが…、
 別に機械に入れるわけではない。
 その形容は確かに<ディスク>ではあるが、別にその形でなくても
 構わないのだ。
 兎に角、そこに<氣>を流して同調させ―――時空間に干渉する
 プログラム的なものを形成。
 ここで必要なのは、妄想力である。
 アクエリアスゲートを隅々まで妄想できる妄想家。焔護地聖をおいて
 他にいないだろう。

仮想コンソールオープン。
ディスク所有者のIDを入力。
>aquarius
パスワード入力
>**********
ID・パスワード確認中・・・OK
system aquarius 起動しました
all devise 起動しました
時空開闢スタートします
領域確保
仮想空間展開
空間制御システム正常に作動しています
擬似通路生成
移送空間システム正常に作動しています
当該次元域に虚数空間展開
内部気象適合化完了。
万象システムは正常に作動しています
物理システムは正常に作動しています



全工程が完了しました




 水姫、澪、沙姫。
 そして紫苑、刹那と咲が見守る中―――御剣神社の境内が淡い光に包まれた。

 【焔護】水姫、澪、沙姫。
 【水姫】ん!
 【澪】はい。
 【沙姫】ああ。

 次々に光の中に吸い込まれるように空間に解け消えていく。
 そして、最期に残った焔護が紫苑たちに振り向いた。

 【焔護】―――紫苑、刹那、またな。
      咲、毎度の事で済まないが、留守番を頼む。
 【咲】はい、わかりました。いってらっしゃいませ。

 ぺこりと頭を下げて見送る咲。その横で刹那が手を振っている。

 【紫苑】兄上…っ…。

 すう、と焔護の姿が光の中に消え―――、そしてまたもとの静寂が
 境内を支配した―――。

 【紫苑】兄上…。

 紫苑の呟く声があたりに木霊する。

 【紫苑】あにうえーーーーー!!!
 【焔護】うるさいな、紫苑!!
 【紫苑】―――え?

 ひょい、と焔護が空間から飛び出した。

 【刹那】あ、あれ?
 【焔護】さっきも言ったとは思うが、時空間は別領域だが座標はほぼ同じだ。
     本当に隣にいるようなものだからそんなに大きな声出したら
     丸聞こえだ。しかもお前は霊力が大きいからなおさらだ。

 【紫苑】え?ええ?
 【咲】ふふっ。
 【焔護】それじゃな。

 それだけいうと焔護は再び消えた時と同じように―――
 ぴょい、と空間に消えていった。

 【紫苑】…なんか―――逆に拍子抜けだな…。
 【刹那】ウーン、まあいいんじゃないの?紫苑。前みたいに
      紫苑の声が届かないところにいる訳じゃないしさッ。
 【紫苑】ま、まあ―――そう、だな―――。


 いまいち納得できていない紫苑を覆うように―――満天の星空が
 優しく煌いていた。






 ■(新)アクエリアスゲート―――夜■

 宵闇の中、静かに流れる川のせせらぎや、虫の音、そして
 遠くから聞こえる波の音―――。
 少し離れた所に見慣れた建物―――、ずっと一緒に過ごしてきた豪奢な建物が見える。

 【水姫】アクエリアスゲートだーーーっ!!!
 【澪】…なんだか…帰ってきた、って感じがしますね…。
 【沙姫】私はあまり長い時間居た訳ではないが―――、
      それでも澪の言う通り、だな。

 澪と沙姫の言葉に頷きながら、水姫はあたりを見回した。
 まるで変わっていないアクエリアスゲート内部。
 本当に一度なくなってしまったのかと思わせるほどに、変わっていない。

 【水姫】ホントに―――、変わってないなぁ。
 【焔護】――と、言いたい所だがな、水姫。

 その三人の後ろから―――後からきた焔護が追いつく。

 【水姫】あっ、焔護さんっ。
 【沙姫】…何か問題でもあるのか?一見した所、今まであったアクエリアスゲートと
     何ら変わったところは無いようだが…。
 【澪】な、なにか変なところでも―――あるのでしょうか…?

 少し怯えたような表情を見せた澪の頭を優しく撫ぜると、
 焔護は苦笑いを浮かべた。

 【焔護】部屋がまだ無い。

 ―――意味が良く分らない、と言う言葉しか当てはまらない。
 とりあえず焔護の後に続いて、建物に入っていく。

 【水姫】あー…
 【澪】あ…
 【沙姫】成る程な。

 4人の眼前に―――、ただっぴろい空間があった。
 玄関空けたら何にも無い。
 としか言い様がない。

 【焔護】だからな、急いでディスク作らせたらこーなったんだ。
     また1から部屋を作らないといけない。
     まぁ、俺の想像力の欠損によるものでもあるがな。
 【水姫】…いいんじゃない?
 【焔護】―――ん?
 【澪】私も―――そう思います。
 【沙姫】そうだな。
 【焔護】何がだ?
 【水姫】皆一緒に。1からやろうよ。
      アクエリアスゲート、皆で作っていこうよっ!!
 【澪】私達も―――微力ながらお手伝い致します。
 【沙姫】―――ということだ。
     新たなアクエリアスゲートの出発だな。
 【焔護】そうか―――。そうだな、皆で作っていこうか。
 【水姫】―――うんっ!!
 【澪】はいっ。
 【沙姫】―――ああ。

 新たなアクエリアスゲートの構築―――それは始まったばかりだ。
 その過程で―――思いっきりファンシーな部屋が出来上がったりとか、
 どこぞのキッチンスタジアムみたいなキッチンが出来上がったりとか、
 すごいトレーニングルームができがったりとか―――、
 いろいろな物語があったりするかもしれないが、
 それはまた別のお話。



 【水姫】―――その前にさ。
 【沙姫】ああ、そうだな。
 【澪】―――はいっ。
 【焔護】…?

 たたたっ、と何も無い部屋へ三人が走り、くるりと焔護のほうを
 振り返った。



 【水姫・澪】―――お帰りなさい、ご主人様っ。
 【沙姫】おかえり、焔護。

 【焔護】―――ああ、―――ただいま。


                                              To Be Aquarius Gate