第九幕 激震―後編―


<焔護の回想>
■アクエリアスゲート・ホール■

突如部屋全体に赤い妖気が充満し、それを吸い込むように夕霧の体に収束していく。
ゆらりと夕霧が立ち上がった。

「ゆ、夕霧…!?」
さすがの焔護もちょっとだけ声をかけるのを躊躇った。
それ程の凝縮された妖気が夕霧の体を覆っている。――夕霧の双眸が赤く揺らめいた。

(夕霧じゃない…!!)
「――っ!!!!」

気付き、防御をするが、間に合わないくらいの速さで夕霧の蹴りが焔護を襲った。
それでも、何とか左腕で蹴りを受ける。

ゴキッ!!!

「っくぁっ!!(…!!左腕…やられた!)」

だらりと下がる焔護の左手。

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

夕霧が吼えた。双眸が赤く輝く。

「何だってんだいきなりっ!!!???―――くそっ!!」
「ぎゃんっ!」

飛び掛る夕霧を蹴り飛ばす。だが夕霧は空で回転し、四つん這いになって着地、
そのまま再び焔護に飛び掛る。

「があああああああああああっっ!!!!」
「こらこらこらこらこらこら!!!獣かお前は!」

蹴り、拳の乱打を右手と両足で辛うじて防ぐ焔護。
その間に力の入らない左手指先で不可視擬似鍵板を叩きコマンドを入力、
アプリケーションを起動させる。

「次元介入・四肢縛鎖陣!」

三方の空間に亀裂が入り、そこから鎖が夕霧に向かって走る。

「ゲッツ!」

焔護が何処かで見たようなポーズを決めると、鎖はまるで生きているかのように
夕霧の手足を束縛した。束縛されたまま空中に浮く夕霧。

「ったく、手間かけさせやがって…。―――っ!!!」

夕霧が縛鎖を引きちぎった。
――このプログラムは不正な処理をした為強制終了しました――


「おいおいおい!!どないな力しとるんじゃっ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

夕霧の拳をぎりぎりでかわす焔護。外れた拳は壁に刺さり、半径1Mほどのクレーターを作った。
夕霧の拳から鮮血が滴り落ちる。

「くそうっ、ちょっとマジメにやらんとマズイな!!」

軽口を叩きながら焔護は考える。

―――どうやら、何かをきっかけにスイッチが入ってしまったようだ。
 …何か…。そういや、<次元移動組織プレアデス>だ。アレをオレに伝えた後、
 キレたような感じだ。恐らく、あの言葉がスイッチの入る禁句<タブー>…。
 <IFコード>か。裏切りは許さないという使役者の意図を感じる。
 まあなかなか良く出来た呪印<システムプログラム>だな。
 そして…。

考えながら夕霧の蹴りを避ける。風圧で頬に赤い線が走った。

――恐らく、体術の向上は体のリミットを開放しているのだろう。
 無意識に抑える力加減を全くセーブせずに全開って訳か。そのうち体壊すな。

「あ、やば!!」

考えているうちに劣勢になる。
焔護のガードが跳ね上げられ、腹部ががら空きになった。背中に突き抜ける衝撃が走る。

「か…はっ…」

壁に叩きつけられた焔護が血を吐いた。膝が崩れる。


「え…、焔護さんがやらちゃったの?」

水姫さんがびっくりして聞きました。
私もびっくりしました。焔護さんが負けるすがたなんて全然想像できませんでした。

「いや、別に負けたわけではないぞ」
「で、で、どうなったのっ?」
「…ワシが本気を出して夕霧を斃した、おしまい」
「えっ、ちょ、ちょっと?」
え、焔護さん?

くるりと焔護さんは私達に背を向けて歩き出しました。

「客が来たようだ。この話はこれで終わり」
「ええーーー!?」

<夕霧さんのお話>は突然終わってしまいました…