終幕――運命ハ廻ル歯車ノ如ク ■アクエリアスゲート――過去■ 「―――よし、準備はいいか?」 焔護の言葉に他の5人が頷いた。 「断界・封式解除」 複雑な印を切り、言霊を紡ぐと、夕霧沙姫を閉じ込めていた空間が割れた。 異次元に対象を封印する「断界」を解除したのだ。アクエリアスゲート内に夕霧が倒れこむ。 それを焔護が抱え込むように支えた。 「夕霧…」 そのまま水着の夕霧を抱きかかえ、台に乗せる。 まるで眠っているような夕霧。 だが。 台の上に寝かされた夕霧の体から、思い出したように黒い<氣>が立ち上った。 黒咲が焔護を制する。 「焔護、離れろ。意識が戻らないうちに呪印を封じるっ」 「――頼む」 焔護を除く五人の<氣>が膨れ上がった。五封式の祝詞を上げる。 「青龍司るは木氣」 「朱雀司るは火氣ッ!」 「黄龍司るは〜土氣〜」 「白虎司るは金氣」 「玄武司るは水氣」 「「「「「五氣相乗相克の理を以って破邪を顕現する。封式<月ノ印>」」」」」 五色の光が循環し、五芒星を描き―――光の中心に居る夕霧から<黒い氣>を分離させる。 と、夕霧から<黒い氣>が分離し、五人の眼前に浮かんだ。 「――こいつはッ…!コイツは呪いの本体じゃねェか!?」 「実体化するぞ!!」 黒い靄の様な中から徐々に異形の生物が形作られる。 四本足で立つ黒い獣のような姿が現れた。五人+焔護を睨みつけて唸る。 「クオオオオオオオオオオオッ!!!」 黒い獣のような異形の生物が吼えた。空気を振るわせる。 牙を剥き、よだれをぼたぼた落としている。 真紅の瞳が爛々と怪しく輝く。 「でかッ。5mくらいあンじゃねェの?」 「犬かしら?」 「呪いの根源…凶暴性そのものの象徴というところだな」 「床汚しやがって…誰が掃除すると思っているんだ」 「ぐるるるるるるる・・・・」 赤毛の少女と着物の女性がその異形の生物の前に立ちふさがった。 牙をむき出しにし、威嚇する異形の生物。 「へッ、畜生風情が」 「焔護、こいつは儂等に任せよ。呪いを抜いた後の夕霧<そやつ>を見ておれ。 どちらにせよこの呪いの根源を浄化せぬと次へは進めぬ。」 「ああ、頼む」 「――ぅおらぁッ!!!」 焔護の言葉が終らないうちに、赤毛の少女が飛び掛った。異形の生物も飛び掛る。 空中で炎をまとった右手で殴り飛ばす。 悲鳴を上げ、それでも回転し綺麗に着地する、異形の生物。 着地と共に口を開く。 その口から巨大な黒い<氣弾>を放つ。 「うおッ!!アブねェ―――せやァッ!!!」 掌から放つ発剄でそれらを相殺する。 「――はっ!」 飛んでくる<氣>の塊を着物の女性が<剣氣>を飛ばして破砕する。 (若雷<わかいかずち>) 「ふっ。――犬の分際で器用なものじゃ」 「全くだぜッ」 「ガオオオオオオッ!!!」 犬…異形の生物が吼えた。その衝撃波があたりを襲う。 波のような衝撃が夕霧の居るところまで届く―――が、掻き消えた。 焔護の作った結界だ。 「こら!二人とも!!!さっさとしろ!」 焔護の檄が飛ぶ。 「うるせェなッ!!分かってるって!!!」 「ふっ…仕方あるまいて」 着物の女性が刀を抜いた。刀身からバチバチ…と放電現象が見られる。 <雷氣>に変換された氣をまとっているのだ。 正眼に刀を構える。 「いくぞ」 「――ああッ」 瞬間、二人の姿が消えた。 次に、異形の生物が真っ二つに両断される。両断面から電撃が走った。 再生を赦さない<雷氣>をまとった斬撃――大雷<おおいかずち>だ。 キン、と着物の女性が刀を鞘に納めた。 そして上空に飛んでいた赤毛の少女から巨大な炎をまとった<発剄>が放たれる。 「くらえッ、―――爆炎破 !!!!」 爆音と共に爆風が吹き荒れる。―――異形の生物は浄化され消滅した。 「ま、こんなもんじゃろうて」 「見せ場終了ーッと。おーい、師匠!こっち終ったぜーーーッ!」 「ああ、夕霧にも解呪の変化が見られる―――」 焔護が夕霧に目を落とす。 暴走の根源である部分を浄化することによって <感情限界による変質リミッター>が取り除かれることになった。 残るは別人格<夕霧沙姫>の定着化だった。 定着化の為に、一時的に<夕霧沙姫>の人格を凍結し、プログラムの矯正化を しなければならない。 異変はその時に起こった。異変というよりは、意外な事実。 人格凍結が完了すると、夕霧の頭髪の色が徐々に変わりだした。 夕霧沙姫の人格を植えつける前の、本来の人格が現れたのだ。 ここまでは順当だった。だが――― 「元の人格が顕現したようじゃ」 「―――なっ!?」 突然驚きの声を上げたのは焔護だった。 「どうしたんだよッ、焔護?」 夕霧の黒髪が完全に茶髪に変色した。 「みずき…っ!?」 「はァ?」 「コイツは朝霧水姫…俺が中央世界に居た時の、教え子だ」 「教え子〜?焔ちゃんってば先生だったの〜?」 「そう言えば…」 白峰が思い出したように呟いた。 「焔護お兄様が中央世界の学園に潜入捜査されていた時に見たことあります」 「潜入捜査?なんだそれは?」 事情を知らない黒咲が尋ねる。 焔護はアクエリアスゲートの管理者になる前、中央世界での任務で とある学校の保健医として潜入捜査をしていた。 その学校の生徒が水姫だったのだ。<アクエリアスデイズ> 「まだアクエリアスゲートの管理者をする前の話だが… 蒼華学園に保健医として潜入捜査していた。だが何故!?何故水姫が…」 「どうするんじゃ?水姫とやらの人格を消滅させて 夕霧沙姫の人格を残して定着化させる、それで良いのか?」 「だめだめ!それはだめだ!」 「ンじゃどーすんだよッ!?このままほっとく訳にもいかねェぞッッ!」 「…。術式変更だ。コイツの魂魄を分けて片方に<水姫の人格>、 もう片方に<夕霧の人格>を宿らせる」 「ちょっと待て、焔護!口で言うのは容易いが…それだと魂魄に負担がかかり過ぎる!」 「要領不足じゃな。ついでにどちらの人格が表層に顕現するか分からぬ」 「それでは確実に生体活動が出来る保障がありません」 「肉体が死んじまうコトもありえるんだぜッ。大丈夫かよッ!?」 多くの言葉に少し考えた後、焔護が口を開いた。 「とりあえず、魂魄プログラムを開く。それをみて…魂魄分離出来るか判断する」 「…様子を見るということか…。よかろう」 焔護を除く五人が夕霧沙姫(水姫)の周りに立つ。 <月ノ印>によって形成された五芒に輝く煌きによって 夕霧沙姫(水姫)の魂魄プログラムが半透明のスクリーン上に映し出された。 「お、おい、焔護…これを見てみろ…っ。これは一体何だ…?」 眼前に広がった半透明のスクリーンに難解な言語で作成された プログラムがあった。 「この娘…魂魄に<陰>が無い…ようじゃな」 着物の女性が驚いたように声を上げた。 本来、魂魄は陰陽のバランスが取れた状態にあるが、水姫の場合、 <陽>のみしかなかった。 「特異霊質か…」 焔護が呟きながら水姫をみる。 またまたイレギュラーな事実に、やれやれ…と焔護が頭を掻いた。 その時―――突然むくり、と水姫が上半身だけ体を起こした! 「バカなっ!?なぜ意識が…」 虚ろな目で辺りを見回す水姫。 「…ごはんー。」 一言言うと、再びぱたっ、と倒れた。 「…」 「…??」 「すまん、こういうやつなんだ、コイツは」 一同腕を組んで溜息をついた。 ・ ・ ・ 「それはおいといて…実際問題どうなってンだ、コイツの魂魄はッ?」 「わからん。とにかくこいつは明るかった。まさに陽気だったな… 今思えば、陽の<氣>しかないから、当然といえば当然か…」 「駄洒落ですか?お兄様」 白峰のツッコミにしかめっ面を作って反応する焔護。 「で、どうするんじゃ?」 「…これで魂魄を分離する必要はなくなった訳だ。陰の部分をプログラムして書き込む。 そこに夕霧の人格を移す」 「また無茶言いやがるなッ。そんなことできンのかよッ」 「やるしかない。お前達は封印式に万全の準備をしてくれればいい」 「アンタとかかわるとろくな事がねェぜ…」 赤毛の少女が毒ついた。 「じゃが…既にいわばこの肉体は<陽>の魂魄のみで動いている状態じゃ。 <陰>の魂魄を無理やり詰め込んだらどうなるか…わからぬぞ」 「もとより承知の上だ。」 ・ ・ ・ ・ 数時間後。 再び、水姫の魂魄情報が書かれたプログラムが表示される。 そこに焔護が独自に組み立てたプログラムを書き込む。 「よし…これで…どうだ」 「ああ、今の所は順調…―――?」 かたかたかた…と水姫の体が小刻みに揺れだす。 余談だが水姫の胸もぷるぷる上下に揺れる。 その体の揺れが大きくなって、激しくなりだした。 「いかんっ痙攣しておる…!やはり無理じゃッ!魂魄が負荷に耐え切れず砕け散るぞ!!」 「―――師匠ッ!?ヤバくねェかッ!?」 放出される<氣>が加速的に膨張していく。 手をかざす様にサポートしていた白峰が思わず叫ぶ。 「くうううっ!!お兄様!!!お、押さえ切れませんっ!!」 「やべェッ!弾ける―――ッ!!」 「このままだと肉体ももたぬ!」 「―――くっ、術式を切り替える!!強制分離、<陰>を破棄するっ!」 「えんちゃんっ、それじゃあ…ッ!!沙姫ちゃん、――消えちゃうわっ!」 「問答している暇は無い、黄坂っ!!やむ終えん!」 「わ、わかったわっ、術式切り替えます!」 十重二十重の球形立体魔方陣が水姫(夕霧)の体を包み込んだ。 「駄目です、お兄様!魂魄の癒着が進行しすぎて…完全に分離しませんっ!」 激しい光が水姫を包み込み、・・・―――弾けた。 「うああッ!!」 徐々に水姫の発光が止む。 「くっ…お、落ち着いた…か?」 黒咲の問い掛けに誰も答えない。 水姫の体が鼓動のように脈動する。だが、徐々にその脈動も収まり…終にとまった。 「く…そッ、一体どうなりやがったッ!?大丈夫なのかよ…ッ」 「血圧が低下していきます!!」 「駄目だっ!このままでは…!!!」 ピーーー…という電子音が響いた。 「心電図、フラットです…」 白峰は呟いて脈を取った。耳を顔の近づけ、呼吸を確認する。 だがすぐに首を横に振った。 「息が…ありません…ご臨終です」 「くそっ!!!俺の判断ミスかっ!!!!!」 焔護が地面を叩いた。ぎりぎりっ!と歯軋りをする。 そっと黒咲が焔護の肩に手を置いた。 「―――お前のせいじゃない」 「…」 「夕霧の人格がある陰の魂魄が消滅したか…或いは両とも消えたか… いずれにせよ今の段階では原因は分からぬな」 着物の女性が水姫の顔を覗き込む。と、その時―――― 「ぷはあっ!!新記録だーっ!」 突然水姫が起き上がった。息を吸い込みながら。 そして思いっきり着物の女性に顔をぶつける。 「あべっ!?」 カエルの叫び声のような水姫の悲鳴と、 「くああっ!?」 着物の女性の叫び声が同時に響いた。 「先代っ!」 額を押さえてよろける所を黒咲が慌てて体を支えた。 一方水姫はやはり虚ろな目で辺りを見回す。 「―――何ィッ!?」 「いっ!?生き返っただとっ!?完全に心拍停止状態だったぞっ!?」 「ど、どうなってるのかしら…、えんちゃん…」 「わ、わからん。下手に触る訳にもいかんし…」 水姫は焔護を見つけると、満面の笑みになった。 「あっ!!!よかったー」 で、また、ぱたっ、と倒れた。複雑な表情になる一同。疑問符が全員の頭上に浮かんだ。 その横で心電図が再び計測されている。一定の周期で波形が現れる。 …非常識な形で水姫は生き返った。 「と、とりあえず、も一度魂魄プログラムを起動させよう…」 黒咲が動揺を隠せないまま呟く。 再び術式を展開し、水姫の倒れている上に半透明のディスプレイが表示された。 「こ、これは…なんとも言えぬ結果になったようじゃな」 「一応陰陽一対の魂魄になっているわね〜。でもとっても不安定な感じがするわ…。 このままじゃ消滅するか、主人格に影響がでるかも…」 「既に影響が出ているような気が…」 白峰の言葉に、水姫が変なのはもともとだ…と言いかけて焔護は言葉を飲んだ。 「仕方ない、夕霧の人格がある<陰>の魂魄を、月齢十五、強制コマンドをつけて封印する」 「主人格は…茶髪のほうか。黒い方は完全に封印しちまわねェのか?」 「…人格が死んだ訳ではない。眠らせておくのは可哀想だしな…」 「らしくねェコト言うねェ。」 「…いずれまた、何とかしてやるさ、水姫も、夕霧も―――」 焔護は腕を組んで虚空を見上げ、深い溜息をついた。 ■アクエリアスゲート現代――深夜■ 一通り話し終えた焔護はそばにあった椅子に腰掛けた。 「という事だ。分かったか?」 「ええと、その…」 困惑する澪。突然よく分からない単語を羅列する説明文を聞いても、 正直な所よく分からなかった。そもそも、理解するには突然すぎた。 フォローするように沙姫が口を開く。 「ま、分かりやすく説明すると、私は朝霧水姫のもう一つの人格という事だ。 ただ、水姫自身が作り出した人格ではなく、第三者によって 埋め込まれた人格。それが、私―――夕霧沙姫だ」 「現在の形に落ち着くまで紆余曲折があった訳だが、実際の所何も解決していない。 沙姫の人格が出てくるのは15日ごとの夜のみだしな」 「はぁ…」 まだよく分からない、といった感じで沙姫、焔護を交互に見る。 「その…水姫さんは沙姫さんのコト、知らないですよね?」 「私が起きている時は水姫は寝ているし、記憶はない。逆もまた然りだ」 つまり、お互いの事は知覚出来ない。 夕霧は間接的に水姫を知っているに過ぎないのだ。 「さて―――」 焔護が口を開いた。 「ワシと沙姫はこれから用があるから、お前はもう休んでいろ」 「ご用、ですか」 「ああ。まぁ、正直な所、術の失敗が原因なんだけどな」 「・・・?」 「魂魄分離が上手くいかなかったお蔭で魂魄固着が不安定らしい。 それを補う為に焔護が私に<氣>を流し込むんだ」 ちょっと遠くを見ながら顔を赤くして沙姫が答えた。 らしくなくもじもじしている。 「何かの儀式ですか?」 「ま、そー言う事だ」 「は、はぁ。」 ぽかーんとした表情の澪を優しく撫ぜると、焔護は自室に向かった。 「また明日な」 「は、はい、お休みなさい。沙姫さんも…」 「ああ、またいずれ会おう。また――――いずれ、な」 沙姫は誰に言うでもなく呟いた。 異聞黒姫抄―――終幕 |