■路地裏―――夜■

「…なンだったんだ、ありゃ…」

ほむらの呟きに同意するように―――沙姫も怪訝な表情を見せた。
一方の青瀬は何か真剣な面持ちだ。

「静姉、あれは一体なんなんだよッ?」
「―――さっきも説明したじゃろう。あれは魔器の顕現。
 地脈の乱れし時にそれを鎮める世界の理の一つ。
 < 雷の魔器 いかずちのまぎ >じゃ。」
ことわり 、とは?」

いきなり<世界の理>とか言われても良く分からない。
沙姫の疑問はもっともだ。

「世界の歪を是正する存在、のようなものじゃ。今回のような
 異常な地脈の流れを元に戻すような―――な。
 魔器は全部で5つ…炎・水・大地・風、そして、先ほどの雷」
「五つもあンのかよ!?」
「そうじゃ。そもそも我等が持つ<魂魄の加護>自体、
 マスターがこれらを模して作ったものじゃぞ。
 万象の粋<すい>を凝縮して出来た<陽>の氣の塊が<魂魄の加護>。
 それと―――まさに対になる存在、大地という世界が自ら作り出した
 理、<陰>の氣が凝縮して出来たのが魔器じゃ」

本来<陽>の氣が凝縮されて生まれるものは、精霊のようなもの―――
即ち朱雀・青龍・白虎・玄武そして黄龍の五つの幻獣である。
それをマスターが宝珠という特殊な容器に封じ、<魂魄の加護>として
適格者の魂魄に付与し<特殊能力>を使えるようにしたのだ。
故に魂魄開放状態になるとそれぞれの精霊幻獣の能力が
フルに開放されることになる。
ちなみに、ほむらの場合は精神力がまだ弱いため、<朱雀>に意識を奪われ
暴走状態になる。

「そう…か、だからあのスズナとかいう人(?)から妖気が…」
「陰の氣が凝縮されてるから、かよ?魔器って皆あんなやつなのか?
 妖気を放った妖怪みたいな感じの。」
「いや、魔器は全てスズナ様のように<顕現>するものではない。
 炎の魔器は同じように<火燐>が顕現するが、
 <水の魔器>や黄坂家の<大地の魔器>は内在型…魔器の力を自身に取り込む」

大地の魔器の特性は地脈の力を裡に取り込む。
それによって強大な力を振るうことが出来るのだ。
魂魄の加護<黄龍>も同じ特性を持ち、黄坂舞は地に足がついている状態で
あればほぼ無尽蔵にエネルギーを得ることが出来る。
尤も、大地のエネルギーが枯渇している<死んだ地>ではその効力は無い。

「黄坂家…!?黄坂家って、舞姉のことかよ!?
 舞姉が地のマギの継承者ってことかッ?」
「あやつは確かに黄坂家じゃが、継承しておらぬ。まぁ、元々<地>の属性が
 強い一族じゃから魂魄の加護<黄龍>が宿ったのは頷けるのう」

黄坂の一族で、黄坂舞ではなく、地のエネルギーを操るもの…
それらのピースを組み合わせて思い当たる人物が、一人。
沙姫は頷いた。

「黄坂…冥さん…」
「さっきマンションでもそんな名前出してたな。誰なんだよそりゃ。」
「舞さんの…妹だそうだ。恐らく、その冥…さんが、魔器の継承者…!
 御剣神社の咲さんがその人に助けられたと言う話を聞いたところだ」
「ふむ…。さすがに儂も現継承者のことまでは知らぬが…
 黄坂家ならばその可能性は高かろう。恐らく、スズナ様同様、
 気脈の乱れを察知してこの地に現れたのじゃろうて」

封穴することの出来る黄坂冥がこの状況下に居ても
別段不思議なことではないということだ。
いや、むしろ―――この異常状態を察して現れたのだろう。
だが―――それ以上のことは沙姫には分からない。
今、この地で一体何が起こっているのだろうか。

「なぁ、静姉。スズナ、ってのと魔器、ってのは
 分かったけどよ、さっきの坊主と嬢ちゃんは何モノなんだよ?
 スズナ、って奴に…なンか振り回されてたけどさ」
「…黄坂家同様、青瀬家も魔器の継承をしておる。気脈が乱れた時に
 顕現し、そして青瀬の家の者と契約し、行動を共にするんじゃ。
 儂は既に出奔して<家>とは関係ない存在じゃが…あの小僧は、儂の
 血脈を受け継いでおる」
「ってこたァ、静姉!子供いたのかよ!」
「儂に子供はおらぬわ。まぁ…儂の兄弟姉妹の子孫じゃろ」

ケロリとした表情のままの青瀬。
さして興味は無いようだ。

「じゃろ、って…知らねェのかよ」
「儂も舞と同じで出奔した口じゃからな。後の血脈のことは知らぬ。
 あの小僧には殆ど攻撃的な<氣>を感じられぬ。
 おそらくスズナ様の顕現により―――こちらの舞台に上げられた、という
 ことなのじゃろう」 

―――と、青瀬の懐から軽快な音が鳴り響いた。
携帯電話だ。
それを取り、耳に当てる。このタイミングで電話をかけてくるのは
言うまでも無く、黄坂舞。電話に出て数度頷く。

「うむ―――、うむ、分かった。封穴の一時処方の方法は既に
 分かっておるから大丈夫じゃ」

何言か黄坂とやり取りをした後、ほむらと沙姫に振り返った。

「舞の情報じゃと、この先に数箇所の氣穴があるそうじゃ。」
「近い場所にバラバラに、ってコトか。それだったら一旦
 バラけて、そこを確認してから再集合したほうがいいかもなッ」
「…まぁ…効率面から言えばそうじゃが―――」
「へっへ!沙姫!どっちが早く氣穴を封じるか競争だなッ!」
「少年か、お前は」

よく分からない沙姫のツッコミだが、沙姫の言葉どおり、
少年のような悪戯な表情で笑うほむら。
それとは逆に心配そうな表情を見せているのは青瀬だ。
その視線を察し―――、沙姫は頷く。

「封穴の仕方は分かりましたから私一人でも大丈夫です」
「いや、そうではない。この状況…何が起こるか分からんのじゃ。
 出来るだけ単独行動は…」
「大丈夫です、静奈さん。いざとなったら逃げます」

逃げることすら難しい状況になったらどうする…と思ったが、
沙姫の真剣な眼差しに――首肯するしかなかった。

■路地裏―――夜■
「こちらは―――はずれか…?」

青瀬、ほむらと別れ夜道をひた走る沙姫。こちらのほうには
異様な気配は感じられない。
氣を研ぎ澄まして大地の氣を見てみるが―――、特に変わった
箇所はない。

尚も走る沙姫の前に―――黒い人影が見えた。
その小さな人影は沙姫の行く手を阻むように立っている。

(誰…だ?)

ほむらでも、青瀬でも―――黒咲や白峰でもない。
<氣>が違う。
警戒しながら対峙するように足を止めた。<氣>は普通の人間のもの。
だが、どこか―――、警戒心をくすぐるものがある。
幽かに、くすくすと笑う声が聞こえた。

「漸く見つけたわ――― 紛い者 ・・・
「な―――んだと?」

いきなり口を開いた黒い人影。女。そして意味の分からない内容。
だが、それだけで終わらなかった。
異様な速さでの結界展開。沙姫が取った臨戦の<氣>が外に漏れることなく、
沙姫を飲み込んでいく。
陰の<氣>が発生させる結界ではない。

「水姫は…私の物よ!!!」
「―――!?」

叫ぶのと同時に、異様な<氣>を持つ少女が襲い掛かってきた。
数10Mはあったはずの間合いを一足飛びに詰める。
右腕を振りかざして何かをブツブツと唱えると、腕の延長に、
恐ろしく奇怪な剣が現れ――、袈裟懸けに、沙姫に向かって振り下ろす。

「―――くッ!!」

咄嗟に受け流して、沙姫はその剣の様相を見てぎょっとした。
異様な大きさの―――というか、形の剣。まるで櫂のような幅の半透明の刃。
そしてさらに、軌道が読めない太刀筋。まるで剣技を習っていないような
素人同然の腕の癖に、あまりにも鋭角に襲い掛かる剣閃。
しかもその衝撃力は地面を切り裂くほどだ。剣の威力は完全に沙姫より上。
ついでに半透明だから視覚的に見難い。
それよりなにより―――

「あはははぁ!」

少女の笑い声が、表情が、普通のものでないような―――
狂気に満ちた<それ>が、沙姫の心を乱す。

「グッ!」

刀と剣が交錯するたびに、火花が飛び散って辺りを照らす。
果たして相手の持つ獲物が金属かどうかも分からないが、
火花が飛んでいる。
斬り結ぶたびに、沙姫の刀が削られていく。凄まじいほどの剛の剣。
衝撃によって、刀を握る握力がなくなっていくのが分かる。
間合いを取って―――というよりは、相手の剣を受けきれず後方に飛ばされた。
そのままバックステップの要領で着地する。

「―――ふふっ、その程度?その程度で水姫のそばにいるの?
 水姫の姉だと言っているの?」
「な――んだと…!?」

なぜ、水姫のことを知っている…!?

「くくっ、愚かしい、愚かしいわね!!」
「お、お前は…一体…!?」

驚きを隠せない沙姫を見て、―――少女は狂ったように笑った。

「あは、ははあっ!殺す、殺してあげるわ!―――沙姫!!」
「なぜ―――、水姫を、私の名を…ッ!」

片膝をつき、体を刀で支えて―――立ち上がりながら問うが、
その少女はまるで汚い物を見るような冷たい瞳で、沙姫を一瞥した。
その唇が蟲惑的な弧を描く。

「くくっ、あなたは醜い蛾ね、沙姫。水姫という光に群がる蛾。
 害虫は駆除しなくちゃ」

冷たい瞳が無邪気に歪む。
元がそれなりに美少女系なだけに余計に怖い。

「貴様…水姫を―――知っているのかっ!?」
「知っているのか、って?…虫唾が走るわね。私は誰よりも
 水姫のことを知っているわ」

言葉を放つのと同時に―――間合いを詰められた。
ガチン!と大きく刀と刀が交錯する。鍔迫り合いする間もなく――、
沙姫が再び吹き飛ばされた。まるで歯が立たない。
後方へ吹き飛ばされた勢いを何とかして殺し、刀を構える。
これまでの数度の打ち合いで既に右手の握力は無いに等しい状態だ。
そしてさらに、打ち合うごとに沙姫の持つ刀<月光>の刃がこぼれていく。
この<月光>、ただの刀ではない。
御剣神社の御神刀<天照>を模して作られたれっきとした霊刀なのだ。
それが、まるで棒きれのように―――削られる。

「さぁ―――あなたはもう死になさい。私こそ水姫の側にいるのに相応しい」
「ぐっ、―――く、…ッ、お前は、お前は一体…!
 一体何者だ…ッ!?」
「うふふっ、私こそ、水姫の姉―――本当の、本物の姉。
 私と水姫こそ本当の姉妹。あなたのような作られたものとは違う」
「な―――、に?」

思わず持っていた刀を落としそうになった。今、目の前の女はなんと言った?
本物の、姉、だと?
沙姫の頭の中でその言葉がぐるぐると回る。
私は―――、そう、確かに、水姫の、本当の、姉、ではない。
元来水姫の肉体に擬似的に植えつけられた精神体だった―――…
人の胎を介さず生まれた生命…。
しかし…なぜそのことを知っている…?

「あなたごときでは―――水姫を護ることなんて出来ないわ」
「…ッ、ッ…!?」

ドッ、と少女から辺りを覆いつくさんばかりの膨大な霊気が放出される。
人間の…ヒトの<氣>には間違いない。
だが、怒気にも似た、狂気を孕んだ<氣>。
こんなわけの分からない<氣>を感じたのは初めてだ。
戸惑いと驚愕に震え、まるで金縛りにあったように
その場に竦む沙姫を見下ろすようにして―――
少女の唇が言葉を紡ぐ。

「私の名は、 霧夜永姫 きりやえいき
 私こそ真の―――水姫の半身。陰の勾玉」