■街中―――夜■


神具・天照、そして同じく神具の月読を持つ焔護と紫苑の兄妹は
夜の闇を駆けていた。
多分車とか追い抜くほどのスピードだ。最早人外の力。
<氣>を全身に巡らせる事によって肉体の限界稼動を突破している。

「兄上ッ!結界だ!」

結界。
紫苑のさす<結界>とは陰気の結界。陰なる氣、<陰気>で現世<うつしよ>から
隔離された空間。
その実態は次元域がほんの少しだけずれた隔離空間だ。
故に、展開されたその領域内は現世とさほど変わらないものの、
内部でいくら破壊活動をしても次元域が異なる為、現世にはほぼ影響がない。
だが、その隔離空間が固着すると現世と同次元域に重なって存在する。
次元域が融合し、それが現世の次元となってしまう。
つまるところ、放っておけばまずいことになる、ということだ。
超常的能力を持つものはその波動を察知し、内部へと侵入することができる。
紫苑たちが異形のモノと戦闘をする、ということは―――
敵の領域内に飛び込んで発生源を撃破する、ということに他ならない。

「まったく、こんな時に…!」

ぼやきながらも、先に陰気の結界内に飛び込んでいった紫苑の後を追う。
ちなみに、陰気の結界を張ることができる異形のモノは基本的に妖力が
上位クラスだ。そんな上位クラスのバケモノが、そこにはわんさかいた。

「やれやれ…だな」
「まったくだ」

急いでいる時に限って大体こういうことが起きる。分かってるけど
改めてこうやって目の前で展開されるとため息の一つや二つ、三つくらい
つきたくなるというものだ。

「遊んでやる暇は無い。紫苑、あれをやるぞ」
「―――了解した」

まさに阿吽の呼吸とはこのこと。
焔護の言葉に、即座に反応し、月読を構えて<氣>を高める。
焔護・紫苑の二人から螺旋状に渦巻き立ち上がる<氣>の奔流。
<氣>が同調する。
同調した<氣>は音叉のごとく増幅し―――、そして

「「陰陽一対・降魔滅殺陣!」」

なんとも物騒なネーミングの技が炸裂した。
眼前に立ちふさがる異形のモノどころか、陰気の結界自体を
ふっとばす威力。内部から弾けるように―――、二人が飛び出す。
外から見ていれば、いきなり人が二人現れたように見えただろう。
そのまま何事も無かったように、二人が誰かの家の屋根にふわりと着地し、
そのまま夜空を駆ける。

「――兄上、気付いたか?」
「当たり前だ。これだけ異様な<氣>が発生したら阿呆でも分かる」

――だが、焔護達の目的は<それ>ではない。
<それ>―――屍人が蘇り生者を襲うという事件。
その事件の解決も重要なのだが、焔護がマスターから受けた命は
奪われた神具の奪取。
相手が神具ということで何が起きてもおかしくない。
神具にはそれぞれ固有の能力が備わっているからだ。
それゆえに―――天照の対になる月読を持つ紫苑に同行してもらっているのだ。

「しかし―――この発生スピードは異常だな。原因が分からん以上
  根本を抑えることも出来ない」
「兄上、私はなにか―――厭な予感がするのだが」
「…奇遇だな、俺もだ。それにこの地脈の胎動…何者かが
  意図的に行っているとしか思えん。――屍人と関係あるかはわからんがな」

そういいながら空を見上げていた焔護だったが、急に紫苑へ視線を向けた。
紫苑もいつも以上に怖い顔をしている。

「―――紫苑」
「ああ、兄上!この<氣>の波動は…!」

普通の能力者と違う、焔護と紫苑だからこそ、その
超知覚領域に捉えることが出来たのだろう。
沙姫と―――もう一つ、大きな<氣>を感じる。
どちらかというと、自分たちに似たような―――神具の波動。

「―――行くぞ!」

紫苑の返事を待たず、焔護は疾風の如き速さで暗い宙を駆けた。


■路地裏―――夜■


沙姫と霧夜永姫の戦いの勝負は既についていた。
いや、勝負にすらなっていない。一方的に―――沙姫の敗北。
沙姫にはもう剣を握る力さえ残っていない。
そしてその刀ですら、既に刀としての意味をなさなくなっているほどに
刃毀れをおこしている。
沙姫は地に臥し―――、霧夜永姫に刃を突きつけられていた。

「―――さぁ、もう十分でしょう?あなたはまがいものの体で、作られた心で、
そして汚された魂で出来ている。傀儡<にんぎょう>には十分すぎる幸せを
味わってるわよね。これ以上水姫の側にいるなんて過ぎた贅沢だわ」

華奢で小柄な霧夜の冷徹な瞳が、沙姫を射抜く。

「お、まえ―――は…」

ぎり、と歯軋りをし、震える手で体を支えながら立ち上がろうとするが、
そんな沙姫を、霧夜が無表情のまま蹴り飛ばした。

「―――ぐふっ!」

2、3度転がり、止まる。
苦しむ沙姫を見下ろして―――不気味に笑う霧夜。
その瞳が冷たく輝く。

「…へぇ、まだそんな目が出来るの。でもまだ立場がわかっていないようね。
相応しくないのよ、あなたは。ほら。こんなにも弱じゃない。」

どす。

「うあああああああああッ!!!!」

手を貫通し、骨を砕き、巨大な刃がつきたてられる。響く沙姫の絶叫。
突き刺す、というよりはその剣の巨大さ故、刃先を手の甲に押し込んだ、と
言ったほうが的確かもしれない。
アスファルトに―――昆虫採集の標本のように、磔られる。

「その程度ではこれから先―――、水姫を守ることなど出来るわけがない。
私の居場所を奪った貴女が」

足で沙姫の腕を踏みつけ、突き刺した剣を引き抜いて、
大きく上段に―――振りかざす霧夜。
動けない。まるで金縛りにあったかのように沙姫の体は硬直して動かない。
いや、動けなかった。
霧夜の瞳が赤く輝き―――大きく見開かれる。

「死になさい―――人形」

袈裟懸けに振り下ろされる刀。
瞬間――――空気を振動させる衝撃が走った。