■御剣神社―――裏手の祠■
御剣神社社殿の裏側にもうひとつ、小さな社があった。
厳重に封印された(と言っても、錠前で施錠されているだけだが)
扉を開き、内部に入る。
木造作りの建物の中央に、地下へと繋がる階段が一つ。
その中に歩みを進める―――。
紫苑、焔護、そして沙姫が続く。
ちなみに、星になったマスターはその変態的な宇宙遊泳機能を駆使し、
宇宙空間から帰還してきたのだが、
紫苑の凄い目つきに恐れをなしてすごすごと帰っていった。

「これは…」
「所有者が決まっていない神具だからな。一応こうやって隔離して保存しているんだ。
  沙姫、足元には注意しておけよ。見難いからな」

地下特有のひんやりとした空気が密度を高めていく。
木作りの壁も途中からは岩が剥き出しになっている。
階段を降りきったところは―――既に人工物はなかった。
岩で出来た地下空間、といった感じの小さな部屋。部屋というには
自然すぎるが。

「あれが御剣神社の御神体だ。」

焔護の指し示す方…眼前に、小さな神棚のようなものが三つあった。
そこで紫苑が振り返る。

「見てのとおりだが―――ここに私たちの神具<天照>と<月読>があったんだ。
  そして、残り一つが、<素戔嗚>。」

焔護がその神棚に納められていた刀を取り出す。
取り出してから怪訝な表情を見せた。

「兄上…?どうかしたのか?」
「焔護?」

紫苑と沙姫の言葉にも、眉間に皺を寄せたままの表情を
元に戻さない。
そのまま無言で、紫苑に刀を手渡す。

「一体何が…?」

それを受け取った紫苑も、腑に落ちないような表情になる。

「分かるか、紫苑。」

「ああ―――、これは…。」

「どうしたんだ、2人とも…。ひょっとしてそれ、神具じゃない、とか…か?」
「―――いや、確かにこの強烈な<武氣>、神具に間違いない」
「だが…刀の<意思>といいうか…そういうものが全く感じられない」

紫苑、焔護の2人が持つ神具、それぞれが互いの
神具に触れると、何か良く分からないが
語りかけてくるような、そういう感覚を覚える。
だが、この<素戔嗚>からは何も感じられない。
かといって神具ではない、と言い切れないほどの強大な力を感じる。

「…まぁ、俺達も互いの神具しか知らない訳だし、
  どこが神具たる特性か分らんからな…」

腑に落ちないが、これこそ神具だ、と言うように―――沙姫に渡す。
受け取った瞬間―――

「…!」

自身の力が―――刀身に吸い込まれていくような感覚に陥る沙姫。
氷に触れているような、体温を奪われていくような感じ。
ただ、徐々に吸われていくのではなく、一気に。
ごっそりと<氣>が持っていかれる。

「―――こ、れは」
「沙姫っ!」

瞬間、沙姫の視界が白く弾けた。



■御剣神社―――鳥居前■

「人語が解せるならばそこで止まりなさい」

いつもの柔らかい優しさが微塵もない口調。
言の葉がまるで冷たい刃のように降り注ぐ。
御剣神社の留守番巫女、咲が境内で仁王立ちになっている。
手には箒―――。
凛々しい口調が台無しになるその装備は、咲には標準のものにして最強。
それを真一文字に持ったまま、眼前を見据える。いや、睥睨する。


そこに、獣のような黒い異形のモノ達が居た。
赤眼を光らせた―――犬の…いや、狼のようなフォルム。無数の赤が爛々と闇に輝く。
そして、低く唸り声を上げ―――咲を威嚇している。

「シング、ハカイ―――」
「―――ッ!?」

獣が喋った。いや、そこに驚愕したわけではない。
まぁ、なんにせよ…相手が目的をちゃんと言ってくれるとはありがたい。
恐らく、ちゃんとした教育を受けているのだろう。

「神具の破壊…ですか。わざわざ目的を告げてくださるとは
  丁寧なのか、それとも―――。
  ですが、ここを通すわけにはいきませんね」

ざぁっ、と箒を振る。
持ち手部分、右手左手を少し離す。まるで、槍の構えだ。
切先に当たる部分に、箒の掃く部分が来ている以外、
凄く格好いい構えになった。切先がとても残念だ。小中学生が
掃除の時間に遊んでいるようにも見える。

咲が構えるのと同時に―――黒い獣たちが飛び掛った。

■御剣神社―――封印の祠内部■

「神具の接続に入った―――のか…」

ぐったりと横たわる沙姫をお姫様抱っこで抱き上げる焔護。
沙姫の意識がはっきりしていたら恥ずかしさの余り、
確実にじたばたしていただろう。
だが、ぐたー、となったまま身動ぎ一つしない。
盛り上がる双胸に悪戯をしてやろうかと――
とてもナイスなアイデアを思いついた時、
タイミングよくか悪くか、

《焔護さま、紫苑さん―――》

脳裏に直接響く声が。
咲の念話だ。
この便利な機能は御剣神社結界内であれば大体通じる。
逆に言えば御剣神社でしか使えないというあまり便利でない機能だ。
…便利か便利でないかよく分からない。

「咲か、どうした?」
《御剣神社境内に異形のモノが侵入、現在迎撃しております。
  そのモノが神具を破壊すると口走っております。ご注意を》
「親切な異形のモノだな」
《同感です》
「バカなのか?」
《おそらく》
「兄上、私も出る。沙姫を社務所内に頼む。咲さんの言葉どおりなら―――
  狙われるのは沙姫だ」

咲やら沙姫やらややこしい。漢字でならば違いが表わせるが、
言葉に発するとどっちがどっちだか判断が付かないだろう。

「まぁそれはそうだな。こちらの護りは任せろ。お前も気を付けてな。
  相手が何者か分からない以上―――」
「心配無用だ」

焔護の心配を一蹴するように、紫苑はクールに微笑んだ。
あえて―――説明を入れると、紫苑は焔護より強い。
攻めに限定した場合だが。
御剣神社に相伝される破邪破聖の剣技<封神流剣術>略して
封神剣の継承者は焔護地聖…御剣久遠ではなく、御剣紫苑なのだ。

■御剣神社―――境内■

「我らが結界内というのに…この動き、ただの妖<あやかし>とは
  違うようですね」

咲の言葉どおり、黒い獣達は―――四本足で境内を駆け巡っている。
御剣神社には破魔の結界が展開されているにも関わらず、これだけ
動けるということは賞賛に値する。
いや―――「破魔結界」が効いていない、つまり―――
「魔」…陰に属する存在ではないのかもしれない。
そしてその獣達は、奥へと進もうとせずに咲の周囲を取り囲むように
ぐるぐると動き回っている。
まずは目の前の咲を、と言う事だろうか。
だが、御剣神社内においての咲は、街中の咲とは戦闘能力が違う。
神社に括られている霊的存在であるが故に、神社から遠ざかるごとに
戦闘能力が反比例して下がっていくのだ。
街中では普通のお姉さん。額の印も離れていくごとに薄まる。
今は逆。
戦闘能力MAX。ただの箒ですら凶悪な武器になる。
飛び掛る獣を紙一重で交わしながら、脇腹目掛けて箒の柄を突きの型で叩き込む。
叩き込んだ部分から霊気を収束発射。零距離射程からの
強烈な霊波動照射に、呻き声一つ上げることも出来ず、黒い獣が消滅する。

「意外と脆いですね」

というよりむしろ咲の放出エネルギーが大きすぎるのだ。
もう、可哀想。
――が、相手の数が尋常でない。
次から次へと湧き出すように―――鳥居を潜ってやってくる。

「久しぶりの運動になります」

軽口を叩きながら屠り続ける。もう、今の咲はギンギンだ。
ギンギン状態だ。
額の「印」もギンギンに色鮮やかに光っている。
気分が高揚し、頬が紅に染まっている。
御剣神社に括られている為、咲が全力を出せる場面など、殆どない。
それが今、こうして全力を出せている。実際、咲は少なからず
興奮してたりしていた。
その姿は―――凛々しいというよりむしろ、色っぽい。
箒を持って舞い踊っているようなそんな―――微妙な絵面。
ある意味バカっぽい。
―――と、後方から巨大な<氣>が沸き立つのを感じた。
人の持つ霊的なエネルギーではない。

「―――これは…っ」

周囲の黒い獣達が一斉にガチガチと牙を鳴らす。
―――神具だ。
沙姫をお姫様抱っこで抱えた焔護が、暢気に封印の祠から出てきたのだ。
そもそも封印の祠、と言うくらいなのだから、
内部の<氣>は外に漏れないようなつくりになっている。
そこから出てきたということは、この強襲者に<ここですよー>と
教えるようなものなのだ。

《焔護さま!!》

当然の事ながら、神具の破壊が目的の黒い獣達が―――
一斉にそちらへと雪崩れ込む。

「あー、すまん、咲」

これまた暢気な焔護の言葉に反応するまもなく―――
雪崩れ込んだ黒い獣達が、光の一閃にぶっ飛ばされた。
直線状に雪崩れ込んだものだから、避けるスペースが無い。
レーザービームのような一閃の餌食だ。
ばしゅーと音を立てて消滅する。
焔護は沙姫を抱えている為、両手が塞がっている。
つまり、こんな酷い一撃を繰り出したのは―――

「こいつらは一体何なんだ…?」

やっぱり紫苑だった。
その左手には月読が抜き身でしっかりと握られている。
相手を確認せず凶悪な一撃を繰り出すところを見ると、
やはり焔護と兄妹なのだな、と改めて実感させられる咲だった。

「紫苑、どうやら相手は神具の波動も感知できるようだな。
  俺は一旦アクエリアスゲートに戻る」
「…成る程、そちらなら神具の波動も漏れないというわけか」
「沙姫を送ったらすぐに戻る」
「了解した」

短い言葉のやり取りが終る前に、二方向に分かれた。
元々、アクエリアスゲートは御剣神社から数度時空間がずれた
次元領域に存在する。故に、ちょっと隣のお宅に行って帰ってくる、
という感じでアクエリアスゲートに戻れるのだ。
普通の人間では次元跳躍は出来ないが、ここには次元接続の通路、
<無限回廊>が存在している。

「コードXXXXX パスXXXXX 無限回廊アクセス」

入力コード・パスワード入力。無限回廊接続開始。
アクエリアスゲート座標点検出・・・接続完了。
完了と共に、空間が歪む。無限回廊の入り口だ。
常時設置型の無限回廊であれば、<どこでもドア>のように、
ドアをくぐることになるが、御剣神社での無限回廊使用は頻度が低い為、
その都度接続することになり―――このようにむき出しの次元通路になる。
ぐったりとした沙姫を―――お姫様抱っこのまま無限回廊に足を踏み入れた。
瞬時に、回廊入り口が消えた。

■御剣神社―――境内■

「兄上は行ったようだな」
「ええ、紫苑さん。これで心置きなく戦えるというものです」

背中合わせで―――月読を構えた紫苑と箒を構えた咲が言葉を交わす。
箒を構える、というのは、やはりなかなか想像し難いが。
兎に角、周囲には―――既に百体近くの黒い獣が取り囲んでいた。
それほど御剣神社の境内は広くないのでぎゅうぎゅう詰めだ。
後先考えず乗り込んできたのだろう。
獣の頭脳だから仕方ないといえば仕方がない。
いや、それ以前に目的をわざわざ口走ってくれる程の
おバカさんたちだから―――仕方ない。
境内はまさに芋を洗うような状態。
正月に参拝客がこれくらい来てくれたら…御賽銭とか凄いでしょうね、
と思う咲。

「こうやって肩を並べて戦うのは―――久しぶりですね、紫苑さん」
「そうだな、咲さん。普段は稽古を付けてもらうだけだからな…
  たまには良いのかもしれないが…」

氣を使用しない「剣道」の練習を咲に付き合ってもらっているのだ。
まるで日常会話のように話をしながら、黒い獣達を撃破していく。
さすがに相手が悪いとしか言いようがない。
時折こうやって咲と紫苑は共闘していたのだが、
基本的に外出先での戦闘となっていたため、咲の能力は低かった。
MAX状態の咲と共に闘うのは今まで無かったかもしれない―――。
そんなMAX咲と紫苑相手では、やはり獣には相手が悪かったようだ。
一撃の下に滅せられている様子を見ると、可哀想になってくるくらいだ。
剣舞の如き太刀筋が閃くたびに、一体どころか、複数体が消滅している惨劇。
この黒い獣達は実体を持っていないせいか、斬り付けられても
鮮血が飛び散ったりしない。
咲は「掃除しなくて助かります」とか思っていたりする。

■アクエリアスゲート■

「水姫!澪!」

無限回廊を直結させてアクエリアスゲートに戻った焔護。
沙姫を抱きかかえたまま―――沙姫の部屋へ行き、ベッドに寝かせる。
ちょうど…眠っている沙姫に悪戯できないくらいのタイミングで、
水姫と澪がやってきた。横たわる沙姫を見るなり、
狼狽えながら駆け寄る水姫。

「―――ちょっ、お姉ちゃんッ!!焔護さん!?」
「心配するな、水姫。沙姫は眠っているだけだ。それより―――」

今にも泣き出しそうな水姫を優しく撫ぜて落ち着かせ、
持っていた刀を澪に手渡す。

「沙姫はこの<神具>と契約を交わした。
  …いや、交わしている最中といった方が的確かもしれんが――」
「それは―――、一体どういうことでしょうか…?」

控え目に質問する澪。
確かに、いきなりそのような事実を告げられても、反応の仕様が無い。
簡潔に、要件だけをまとめて説明する焔護。国語の成績は良かったに違いない。
澪は勿論のこと、水姫もある程度の経緯を知ることが出来た。

「で、今現在、御剣神社がケダモノに襲われている。
  ちょっと行ってくるから―――、澪、沙姫の様子を見ていてくれ。
  水姫は、ゲートに何かあったらすぐに俺に連絡を」
「ん、分かったよっ!」
「―――はいっ」

結構真剣な表情で指示をする焔護に対して、
「ケダモノて」
とツッこめなかった水姫であった。

■御剣神社―――境内■

行ったり来たりで大変な状態だが、急いで御剣神社に戻る焔護。
その眼前には、刀と箒を構えている紫苑と咲の姿があった。
黒い獣達は既にまばらな状態だ。

「―――兄上…」
「あら、焔護さま」

よく見ると、戦っているのは紫苑のみで、咲は箒で地を掃いていた。
それが正しい箒の使い方なのだが―――

「どうやら<神具>の波動を捕捉し損ねて――撤退に入っているようです」
そういいながら、抉られた地面を箒で均<なら>している咲。
そして、戦っている紫苑もー――、残党を一掃して刀を鞘に収めた。

「兄上の出番は無かったな」
「…いや、そのほうがいいとは思うが…」

辺りを探るように視線を動かす焔護。
それを見て紫苑が首を振る。

「無駄だ、兄上。始めに感じたあの<視線>…、途中で消えた」

黒い獣達を嗾<けしか>けた者がいる。
だがそれは既に、紫苑たちの領域から離脱していた。

「―――兄上があちらに戻ってからすぐに、だ」
「…つまり、ゲートを知っているということか…」

アクエリアスゲートはなんだかんだ言いながら鉄壁の防禦を誇る
次元領域だ。本来<中央世界>に降りてくる<陰気>を遮断するくらいの
防禦壁(次元)。管理者である焔護はともかくとして、
通常の人間では――特別な場所以外では出入りすら出来ない。
焔護がアクエリアスゲートに入ったのを確認し、
それ以上の追跡(神具破壊)を諦めた、と言う事になる。

「霧夜永姫―――の<氣>ではなかったな、あれは」
「…この混沌を引き起こしている元凶は―――、一体何なんだ…?」

それがわかっていれば苦労はしない。
それも分かっていて言っているが。
ふぅ、と一つ溜め息をついた。

「ま、とりあえずこちらの方はひと段落と言ったところだが…
  この先どうなるか分からん。何かあればすぐに連絡してくれ、紫苑」
「ああ―――」