■路地裏―――夜■

「ほう、お主が今代の継承者か」
「私は補欠よ。…雷の魔器がこんなに幼いとは意外ね。
  私が聞いているのは成体の妖魔だったけど」
「かかか、妖魔の見た目に大人も子供もなかろう。」

薄暗い路地の一角に4つの影があった。
口調から察する通り―――、一つは<雷の魔器>の
顕現であるスズナ。
もう一つは―――先日、咲の窮地を救った黄坂冥。
魔器の波動は引き合う。
いや、魔器同士波動が分かるのだ。
<目的>が同じ故、共闘する事もあるようだ。
<雷の魔器>との契約者である青瀬十夜とその
保護者(?)の神崎涼子は2人を見守っている。
見守る、というかどうしていいのかよく分からない。

「補欠…とはなんじゃ?」
「私より相応しい人間が居た、と言うことよ。そんなことより―――」

漆黒の髪を風に靡かせて、冥が周りを見回す。
その仕草に、スズナも一つ頷いた。

「うむ。此度の気脈の乱れ――少々キナ臭いのう。自然のものではない」

本来、地脈の乱れというものは、その隆盛により自然に生じるものである。
その乱れが歪を生み、強力な異形のモノを生み出す。
紫苑や刹那、そして黒咲たちが屠っている異形のモノとは
質の違うものが生まれる。
それらを駆逐するために魔器は顕現するのだが―――

「貴女は知っているのね?今回のこの異変の本質を」
「うむ…。推測でしかないがな。既にある者には伝えてはおるが…
  儂の見立てでは―――アレが再び創生に向けて動き出しておる」
「<あれ>…?あれ、ってなんだよ、スズナ」
「―――世界の、理じゃ」
「ことわり…?」

その反応に、明らかに「めーんどくさぁーいーのぅー」という素振りを見せる
スズナだったが、瞬時にして表情が変わった。
同様に、冥の目つきも変わっている。

「――お喋りはここまでのようじゃ」
「来るわよ」

二人の言葉が終るまもなく――、空間が紅く染まる。
陰気の結界が展開された。
アスファルトを突き破って異形の――屍人がゾンビよろしく
ゆらりと立ち上がる。それも複数。幽鬼のような
足取りで―――精気溢れる者の方へ…即ち、こちら側へと
歩みを進めてくる。

「いちいち後手にまわるのう。やれやれじゃ」
「なんだよ、もう!さっきからこんなんばっかりじゃないか!」

十夜が叫ぶ。その台詞どおり、家を出てから結構な回数、この陰気の結界に
閉じ込められているのだ。
閉じ込められては、人ならざる異形のモノや屍人との戦闘。
そんな日々が続いている。
普通の人間である十夜にはキツい。よく精神を保っているというものだ。
その十夜を護るように――涼子が立つ。

「いいから、十夜くんは下がってて」

独特の詠唱。周囲の<氣>がそれに呼応するように隆盛を
繰り返しながら収束する。
密教の真言にも似た、聞いてもよくわからないような呪文。

「スズナ殿、その子達は…」
「うむ、儂の宿主と水の魔器の継承者じゃ。涼子はたまたま受け継いだに
  過ぎんがのう。まぁしかし、これがなかなかやりおってな」

元々法術の術式の習得をしている涼子にとっては、魔物と対峙するのは
ある意味日常茶飯事だ。依頼があれば怪異を祓ったりしている。
紫苑や刹那に似たような立場にある。
ただ、違うのはその戦闘方法。紫苑、刹那が自身の<氣>を直接相手に
叩き込むのとは違い、自身の<氣>を起爆剤に、周囲の自然エネルギーを
独特の掌印と詠唱によってコントロールし、技を放つという法術を駆使する。
ただ、自然の<氣>を利用するという事は
なかなか難易度が高いようで―――乱発は出来ないようだ。
詠唱やら何やらの儀式を行う為、前線には向いていない。
殆どが後方からの攻撃となる。
今回の場合、ショートからミドルレンジの技を使うスズナや、
黄坂冥がいるため立ち回りやすい。

―――程なくして数体現れた異形のモノは殲滅された。
ちなみに、十夜は何もしていない。
強いて言えば、応援…をしていた。

■市内―――路地裏・夜■
繁華街から少し離れた雑居ビルの隙間を、着物の女性が高速で
駆け抜けていた。風に舞う青い髪。
言うまでもなく、青瀬静奈だ。
着物で動きにくいはずなのに、物凄く早い。走る、というよりは
地を蹴り、飛んでいる。

(早い…!まさか―――、これほど早く気づかれるとは―――)

ビルの側面を駆け上がり、障害物を飛び越える。
着地の瞬間に地を蹴り、更に加速する。
既に人知を超えたその運動能力でも、
追跡者を振り切れないでいた。

「―――くッ!」

襲い掛かる不可視の衝撃を、刀の一閃で弾き返す。轟音と共に
廃ビルの一角が崩れ落ちた。その中に素早く滑り込む。
荒い息を整え、再び駆け出そうとした瞬間、静かな声が響く。

「鬼ごっこはこの辺でやめませんか、静奈さん」
「―――ッ!!(いつの間に…前に)」

地を蹴り、間合いを取る。
眼前にいる男を睨みつけながら―――刀を正眼に構えた。
これ以上の逃走は不可能。そう判断した。

「ふん、そう簡単に捕まるものかッ!」

魂魄開放青龍最大顕現。
轟音と共に紫電が廃ビル内部に走り、辺りを青白く照らす。
青瀬静奈の持つ力を最大限に解放。
つまり、対峙する相手はそれほどのもの、ということだ。
抜き放った刀からも―――まるで漏れ出るように紫電が迸り、
獲物を探すようにのた打ち回っている。

「おお、恐い恐い。TVで見た<電気を放つ機械>のようですね」

おそらく、銀色の球体から電気が迸るものを言っているのだろう。
そういいながら―――ゆるりと空間を撫でる。
まるでそこに壁があるように―――青瀬の放つ紫電が掻き消えた。
青瀬も、もとより<これ>で攻撃しているつもりはない。
だが、普通の相手(妖魔の類)であれば、<これ>に触れるだけでも
消滅してしまいそうなくらいの力があるのだが。

「はぁあッ!!!」
「―――鬼ごっこの次は対決ごっこですか」

―――黒雷<くろいかずち>!!!
地を走るように黒い雷撃が男に襲い掛かる。
それを追うように―――青瀬が宙を駆け―――上から唐竹に
雷光共々刀を振り下ろす。
―――焔雷<ほのいかずち>!!

「ふふっ、さすが静奈さんですね」

その二連撃を、右手、左手を翳して受け止めた。
受け止める―――といっても地を走る雷撃、<黒雷>は
既に霧散させられていた。
もう一方の焔雷も―――、雷光も炎も既に消滅し、
生身の刃先だけが、空中で見えない壁に阻まれているような状況。
ガチガチッと切先から火花を飛ばす。
瞬時に宙で後転し、再び間合いを取る青瀬。

(くっ…やはりこやつは出鱈目じゃな…)
「どうしました?それで終わりですか?」

ふぉうっ、と軽く手を振る男。それに合わせて鎌鼬のような
真空の刃が青瀬を襲う。
一閃ではない、複数の見えない刃が乱舞する。

「―――くッ!」
「ダメですよ、そんな簡単に後ろに飛んでは」
「なッ!」

バックステップで下がった瞬間、
まるで瞬間移動をしたように男が、ぬっ、と横から現れた。
真空の刃が周囲の石柱に激突し、轟音と共に砂煙を巻き起こす。

「が…ッ!!」
「まだまだですねえ」

右手で首を掴まれ、持ち上げられる青瀬。足が地面に付いてない。
今だかつて、ここまで圧倒的に押されることなど―――青瀬には無かった。
だが、驚愕はない。
<分かっていた>ことだからだ。
対峙した瞬間、青瀬は既に敗北を悟っていた。
相手に知られた時が、<最期>だと。
だが―――

「ぐっ、う、腕が――がら空き…じゃ」

斬り上げる一閃が、男の右腕を瞬時に切断した。
その男の胸元を蹴りつけ―――瞬間に後方一回転し、
少し離れてから今だ首を掴んでいる手を振り取る。
そのまま投げ捨て―――、瞬斬。
バラバラになりながら腕が燃え尽きる。

「ごほっ…」

確保した気道から空気を吸い込むが、押さえつけられていた
反動でか、上手く呼吸が出来ずに咽こむ。

「へぇ、凄いですね。やはり…さすが百戦錬磨の剣客です。
  あの状況から反撃するとは。」

そういいながら―――男が…先ほど青瀬が切り飛ばしたはずの
<右手>で髪を掻きあげる。

(―――ッ!!!
  やれやれ…本当に出鱈目じゃのう…)

生半可な攻撃では相手に傷一つ付けられない。
いや、<今の状況>では何をしても無駄なのかもしれない。
だが―――

「儂もただでやられるわけにはいかん…」

動きやすいように着物の裾を切り裂き、
鞘を顕現させ―――納刀。

(この格好は…昔を…思い出すのう)

普段――日に触れる事のない青瀬の白い太腿が露になった。
なんだか色っぽい。
青瀬はまだ少女だった頃、着物の裾を切りミニスカートの
ようにしていた。ふと懐かしくそれを思い出す。
少し腰を落とし、構える。

「はは、それ知ってますよ。
  あまかけるりゅうのなんとかと言うヤツですね?」
「―――生憎じゃが、儂はそんなことは知らん」

だが、その通り。
居合い。
しかも雷撃を加えた超高速の抜刀術。
青瀬静奈の最大奥義「天雷」。<あまいかずち>
微妙に技名が似ているような気がしないでもない。
空間全体が電質を帯びたようにパリパリと音を立てる――。

「私はいつでもいいですよ」

男は構えもしない。
ポケットに手を突っ込んだまま棒立ち。

「―――っ、舐められたものじゃな」

すぅ、と青瀬の瞳が細まり―――瞬間、
爆音と共に姿が消える。
地を蹴る足に<氣>を集中、そのまま相手に一足飛びで突進、
上半身をねじり、遠心力を加えながら抜刀!
最早常人には閃光すら目に映らないかの如き速さで白刃が走る。
超高速の抜刀術、さらに青瀬特有の雷撃が剣閃に付加され、
真一文字に対象を切断、さらに雷撃で爆散させる物騒な技だ。
仮に一閃を防いだとしても、雷撃に見舞われるという
まさに防禦も回避も不可能―――の技。

「知ってました?ハエとかって、人間の動きなんて物凄い
  スローに見えるそうですよ」

超高速で走る切っ先を―――、親指と人差し指の二本で掴んでいた。

「―――ッッ!!!!!」

振り切る青瀬の腕は止まらない。
キン、と小さな音を立てて―――刀が折れた。
切っ先は掴まれたまま。そこで刀が折れている。
流れ出た雷撃すら、男の衣服を焦がしていない。
突撃の勢いのまま―――男の後方に滑り込む青瀬。
―――驚きが隠せない。
もとより敵うはずはないと分かっていたが、ここまで
完璧に歯が立たないとは―――。
現在の青瀬の戦闘ランク―――魂魄開放青龍顕現でS+。
この力の差は5等級どころの話ではない。
出鱈目すぎる。幼稚園児が大人と本気の喧嘩をしているようなものだ。

「ちょっと痛い目に遭わないと―――分からないようですねえ」

ざっ、と瓦礫を踏みし、持っていた青瀬の刀の切っ先を捨た。
そして両手を開いて構える。

「一度やってみたかったんですよね、こういうの」

強大すぎる力の奔流が、男の両手に集まる。
それを青瀬に向けて放つ―――

「ギャラクシアン・エクスプレス!!!!」

星々を破壊するほどの勢いで走り抜ける夜汽車っぽい技が炸裂。
3ケタしかない被ダメ標示が999をたたき出す。
瞬時に廃ビルが崩壊した。
外から眺めていると、廃ビルを爆破解体したような風情だ。
瓦礫と化した元廃ビルの中から―――、よろけながら青瀬が立ち上がる。
瞬時に防禦結界を張ったお陰か、即死は免れたが―――、
両腕が麻痺している。防禦結界維持のために両腕で突っ張るように
防禦していたせいだろう。
流血しているにもかかわらず痛みを感じない。

(破壊力も舞以上…なんというバケモノ、じゃ)

青瀬が所属する守護天使たちの中で、一番の破壊力を
持っているのが黄坂舞だ。
膨大な<氣>のエネルギーを瞬時に収束して射出したり
叩きつけたりすることに長けている。現状で攻撃力が一番高い。
だが、先ほどの一撃はそれを遥かに上回っている。
足の力が入らず、その場に崩れ落ちる青瀬。
その頭上に―――男が浮いていた。埃のついた袖を、軽く振るいながら
にこやかな表情を浮かべている。

「さて。式神をあちこちに飛ばしていましたが…何処へ差し向けたか、
  喋っていただきましょうか」

対峙する男の双眸が冷たく細く光った。
顔は笑っているけど目は笑ってない。気持ち悪い。

「こ…これほど早くに気付かれるとはのう…流石というべきか」

ごふ、と血の塊を吐きながら―――青瀬が呟く。

「―――いや、初めから監視されていたということか…?」

頭部からの流血が目に入り、視界を紅く染め上げていく。
殆ど瀕死状態だ。意識すら朦朧としてきている。

「いえいえ、たまたま夜更かしをしていてね。監視下に妙な動きが
  あったので出向いたのですよ。気がついたのはたまたまですが―――
  そんなことより、大人しく白状しなさい。」
「そ…そう言われて―――答えると思うか…?」
「まぁ、そうでしょうね。貴女は武人だし、そう言うと思ってました。
  ――かまいませんよ。頭の中を覗かせていただきますから」
「…そう、じゃな。おぬしならその程度のこと、造作もあるまい。
  じゃが―――知っておるか?脳の情報伝達は電気信号じゃ」

種は既に撒いた。最早体は動かせぬが―――…!
覚悟を決めたように大きく瞳を開くと、
紫電に走る霊気が周囲を青白く染め上げていく―――。

「まだこんな力が―――?さすが、貴女は一筋縄ではいかないお方だ。」
「儂が…電気を操れることは重々承知しておろう?」
「何が言いたいのです?」
「さすがのお主でも、脳の接続が切れた者の記憶を読み取ることは出来まい」
「―――!?」
「お主の思惑通りにはいかせぬ」

男が驚く間もなく―――パチン、と小さな音を立てて、青瀬が力なく横たわった。

「…やりますね…。まさかそこまでするとは―――」