■路地裏―――夜半■

「―――これでいいわ。これでここの気脈は正常に保たれる」

漆黒の長髪を風に靡かせながら、黄坂冥は立ち上がった。
気脈―――大地のエネルギーが流れる通路、その循環を正常に直したのだ。

「それにしても、やはりこれは…人為的な仕業と見るべきじゃな」

小さな妖怪スズナが腕を組みながら宙に浮いている。
当然その後ろに青瀬十夜・神崎涼子もいた。
結局<魔器>グループは行動を共にしたようだ。
全員が十夜の家で寝泊りをしているというまさにエロゲ的展開。

「なぁ、…ここ数日の気脈の乱れ、ペースが早くなってきてないか?」
「お、そこに気がついたか、十夜。
  なかなかちゃんと見ておるではないか。感心感心」

ちびっ子狐娘スズナが宙に浮かんだままふよふよと十夜に
近寄り、頭をよしよし、と撫ぜる。

「なにニヤニヤしてるよの、十夜君」
「少年はロリコンなの?」
「ちげえよ!」

にべも無い黄坂冥の問いに真っ赤になって否定する十夜。
それを見てきょときょとと顔を傾げるスズナ。

「ろりこん、ってなんじゃ?」
「幼女趣味、みたいなものかしら。  大人の女性では興奮できないとか、そんな感じね」

えらく極論を言う黄坂冥。

「ほう、成る程な。
  そう言えば…十夜は儂の体を愛撫しておった時に
  妙に興奮しておったな。やはり十夜はロリコンじゃな」
「んなぁっ!?」
「…それは…本当なの、十夜君」
「それは、ほら、こいつが契約しないとダメだとか言うから…! 仕方なかったんだよ!」
「仕方なく、じゃと?儂は仕方なくお主に抱かれたというのか? 酷いヤツじゃ、よよよ…」
「いや、そうじゃなくてだな!」
「そうじゃなくて…どうだというの?」
「いや、えーと、その、だな」
「くくっ、かかかっ」

カラカラと笑うスズナ、うろたえる十夜、そして
鬼のような形相に変化していく涼子。
それを傍で面白そうに観察している冥。

「―――ってか、そんな事言ってる場合じゃねえだろ!」

ロリコン疑惑を否定しないまま、
話を元に戻す十夜。もう、なんていうか針のむしろ状態を
早く打破したいようだ。
とりあえず、確かにそんな話題をしている場合ではない。
冥は一つ頷いた。

「―――まぁ、その通りね。
  何か他に気がついたことはあるのかしら、少年」
「…昨日も言ったけどさ、エネルギーの流れ、ってヤツ、
  なんか…法則があるんじゃないのか?」
「それがわかれば苦労はしないんだけど…。十夜君は何か気がついたの?」

そうだなぁ、と腕を組む。

「お前らの話を聞いてるとさ、エネルギーが流れてどこかに集まる、
  みたいに、<流れていること>前提にしてるだろ?」
「うむ。過去の事例では一箇所に龍脈の<氣>が流れ込んで
  膨大な力を蓄えておった。」
「私もそう聞いている。それから考察して…
  今回は地表に現れる<氣>の量こそ多いけれど、流れが緩やかね」
「うーん、俺にはさ、なんだかこう…温泉みたいに湧き出しているような
  イメージがあるんだけどさ、ほら。」

十夜が指差す所、その場所にも氣が溢れ出している。それが緩やかに
流れ出している訳だが―――、先ほど封穴したものとは
違う方向に流れ出している。

「これって…流れてるというよりは、溢れてる…んじゃないのか?」
「待ちなさい、少年。あなたの推測を鵜呑みにするわけじゃないけど、
  そうなれば―――」

珍しくスズナが青褪めた表情を見せた。
元々青い着物を着ているので光の反射で青っぽく見えることも無いが。
涼子が口を開く。

「―――既に膨大な氣が集約されている、ということなの…!?」
「い、いや、そりゃわかんないけど…」
「―――不規則に噴出する<氣>…、つまり、
  この土地自体が終着地…。そして、溢れるくらいの<氣>が、
  既に、溜まっている―――という事じゃな」
「規模を読み違えていたかもしれないわね。
  せいぜい10m程度と思っていたけど、集約規模は――
  この市街地くらいあるのかもしれないわ」
「そうすると―――、この異変は――ここ1・2ヶ月での話じゃ
  無いってことなんじゃ…」

■市内某所―――地下■
十夜の驚異的推察力で看破したとおり、龍脈のエネルギーは地下に
集約されていた。
地下に集まった大地のエネルギーは、そこから
「紙縒り<こより>」のように凝縮されさらに地中へと流れていた。
市街地に流出していた<氣>は、ほんの一部に過ぎなかったのだ。
で、
その地下最深部のようなところ。

「―――もう間もなく…現臨する…」

男の眼前には―――まるで溢れるような蒼い光の本流が、
一点に向かって凝縮していっている。
まるで、砂時計のような光景だ。中央の収束部分で終わっているが。
一点に凝縮された部分は1m程度の光玉になっている。
膨大な光の奔流がすべて、その中に凝縮されているのだ。
光源が強すぎて―――男の表情は読み取れないが、静謐な地下空間内に
その男の笑い声がくつくつと響き渡る。

「邪魔者は排除した…。もう間もなく―――もうすぐ、私は…!」

光玉が、まるで鼓動のように光を放っていた―――。

 

■中央世界―――翌日・病院の一室■


「なぁ、嘘だろ、静ねえ…!!なぁッ!!答えてくれよ、静ねえ!!」

縋りつくような悲壮な声で静奈を呼ぶほむら。
黒咲達、他の三人もそこに居た。

「お静さん…」
「―――ちッっくしょおおッ!!!」

声にならないほむらの絶叫と、ドン!という衝撃音が病室内に響く。
ドン、というか、ドーン!だ。病棟全体が地震のように揺れる。
病棟が離れているので手術等には影響がないと思われるが――。

「ほむら…落ち着け。お前が暴れたからといって
  現状が変わるわけではない…」
「け、けどよう、綾姉…ッ!」

ボロボロと涙をこぼすほむら。その眼前には―――
まるで魂が抜けてしまったように、瞳の虹彩が全く無い
青瀬がベッドの上に横たわっている。
額には包帯がぐるぐる巻きに巻かれ、右腕がギプスで固定され、
肌が露出している部分には点滴が打たれていた。
痛々しいまでの青瀬。

「ねぇ、本当に…?」

ショックのあまり倒れこみそうな白峰を後ろから抱きしめたまま―――
黄坂が神妙な面持ちでマスターに問いかける。
手練である青瀬がこれほどまでのダメージを受けたとは、
いまだに信じ難い。そして―――

「うん、脳死状態…だって」
「そんな…先代さま…ッ!」

いつかは誰かがこうなってもおかしくない、と
頭で理解していても、それでも―――。

「直らない…のか?マスター、貴方の力でも、なんともならないのか?」

悲痛な表情で黒咲が尋ねる―――が、マスターは
静かに首を横に振った。

「私も調べてみたのだけど、肉体の損傷は問題ないんだよ、
  治癒も効いているしね。もうしばらくすれば包帯もギプスも外せる。
  だけど―――静奈さんの精神に干渉できないんだ。
  こんなことは…本来ありえないのに」
「くそォッッ!!静姉をこんなんにしたやつ…、許せねェ!
  見つけ出してぶっ殺してやるッッ!!」
「あ、あかお姉さま!」

勢いよく病室を飛び出していくほむら。それを追おうとした
白峰の肩を掴んで静止させる黒咲。

「今は…あいつの好きにさせておいてやれ。なんだかんだ言って
  先代のことを慕っていたからな」

■アクエリアスゲート■
沙姫が神具との接続に入って、既に3日が経過している。
接続――沙姫が神具に触れ気を失ってから3日。
御剣神社襲撃からも同じ日数を数えているが、
アクエリアスゲートでの時間の流れは<中央世界>と違う。
実時間(中央世界での換算)で1日。
御剣神社から戻った焔護は、アクエリアスゲートの日常業務を
こなしつつ、運用エネルギーの注入を行っていた。
アクエリアスゲート自体が焔護の<氣>のエネルギーを 使用しているからだ。
ひと段落ついて、澪が入れたコーヒーを喉に流し込んだ。
澪はキッチンで食事の準備やなど、
楚々とした手つきで見事に色々な家事をこなしている。
水姫は沙姫の部屋で眠りつづける沙姫を見ている。
眼前のモニターを切り替えると―――、その水姫が映った。
水姫は沙姫のベッドに寄りかかるようにして眠っている。
その光景をモニターで見ながら、ため息をつく 。

「…水姫はまた大きくなっているような気がするな。
  また確かめてやらんといかん」

何処を見ている。
ちなみに焔護は時々こうやってそれぞれの部屋を覗いている。
変態だ。
確認するまでも無い。

―――と、モニター画面にCALLと表示された。
中央世界からの連絡―――TV電話のようなものだ。
向こう側の時刻は…夜半過ぎ。こんな時間に連絡をしてくるとは…
怪訝に思いながら、電話に出る。

「焔護」
「―――どうした、黒咲。何かあったのか?」

呼出は<緊急>。黒咲も平静を保っているように見えるが、
動揺している様子を隠しきれていない。

「―――先代が…静奈さんが、やられた」
「なに?」

焔護は耳を疑った。
青瀬静奈という人物をよく知っているからだ。
普段の青瀬も、戦闘時の青瀬も。
剛の剣を使うが、引き際を悟るし、深追いはしない。
老獪にも似た知慧を以って戦闘に当たる―――(実際老獪だが)
プロフェッショナルと言っても過言ではない。
黒咲や黄坂も戦闘のプロと言えばプロだが、積み重ねてきた
経験に裏打ちされたその実力は、能力的なもの以外の面で
焔護達を凌駕している。

「マスターが発見した時には既に意識は無く―――
  肉体の損傷が酷かったそうだ。
  治癒術の効果もあって体の方はなんとか回復している。
  だが…意識が…」
「意識が戻らない…のか?」
「…違う、目は覚めている…いや、…脳死状態…だ、って…」

耐え切れなかったのか、声の震えとと共に涙が一筋零れ落ちた。
それをぐい、と袖でぬぐう。
一瞬だけ唇を噛み締めて、俯き、そして勢いよく顔を上げた。

「…っ、…すまない、…相手の霊痕すら残っていない状態だそうだ。
  マスターの本部機能でもトレースも出来ていない。
  どんなヤツか分からないが―――…焔護も気を付けてくれ」
「あぁ…黒咲もな」

気丈に振舞う黒咲を思いやりつつ、焔護はモニターを切った。
そして考える。
青瀬静奈ほどの手錬が、何の手がかりも無くやられること自体 腑に落ちない。
残したくても残せない―――、残すことの出来ないほどの相手、 ということか…。
<神具>を持つもの―――霧夜永姫、の仕業…?
今、中央世界で勃発している異変。
それに関係しているのか?
どうにも乱立する事象に対して―――腑に落ちない点が多い。
霧夜永姫の行動理由、沙姫に固執しているように見える。
その事柄と青瀬静奈を襲撃する関連性は…余り見出せない。
中央の異変と霧夜を結びつけるもの―――、
青瀬静奈襲撃と異変との関連性―――、
事象が同時系列で起こっている―――?
それぞれが、別の事件?
それともそれぞれが絡み合う一つの事象…?
わからない。

考え込んだ焔護の部屋の―――静寂を破るように、
扉がノックされた。

「――あの、焔護さん、よろしいですか?」
「澪か、どうした?」
「失礼します―――」

小さな音を立てて扉が開き、澪が入ってくる。
焔護の顔を見て、少し表情を曇らせて―――心配そうに駆け寄ってきた。
表情があまり良くないだけで心配して駆け寄ってくるあたりが澪らしい。
そっと、寄添うように腕に触れ、眉を顰めて見上げる。

「どうか…されたのですか…?焔護さん」
「いや、なんでもないが―――それより、澪の方こそ
  何かあったのか?」

なでなで、と澪の頭とついでにお尻を撫でながら尋ねる。 やはり変態だ。
小さく「きゃっ」と飛びながら、ちょっと膨れっ面を見せて、
すぐに表情を元に戻す澪。
焔護より人間が出来ている。

「あ、いえ、何か、というか―――お客様がお越しになられたので。
  応接室の方にお通ししています」
「客?」

中央世界とアクエリアスゲートの間をつないでいる<無限回廊>には
反応は無かったはずだ。
一体誰が来ているというのだろうか。
通常であればこの次元(アクエリアスゲート)に来た時点で
焔護自身が知覚できるはずなのだ。

「…誰だ?」
「あれ?私はてっきり焔護さんがお招きになられたのかと…
  ―――青瀬さんがお越しです」
「―――なに?」