■市内某所―――地下 夜■

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マテリアルデータを仮想領域に受信
基礎構築データにより表層形成完了
エネルギー核順応確認
Es type-1 スタートします。

音もなく―――光玉が、割れる。
いや、割れるというよりも蓮の花が開くように―――…
その中から、まるで「ビーナス誕生」のように一人の女性のシルエットが現れた。
見えてはいけないところはちゃんと隠している。

「ふぅっ。漸く受肉出来ました〜」

見た目に反した、少々間の抜けた口調。
ゆっくりと素足のまま光の蓮から脚を下ろす。
脚の先には…無骨な石床ではなく、いつの間にかゴージャスな
絨毯が敷き詰められていた。
そこに降り立ち、しげしげと自分の体を見渡す。
10代後半から20代前半のような体つきと顔つき。
ボンキュッボーンな、出るところはしっかり出て締まるところは
綺麗に締まっている、理想的な体型。そして透き通るような白い肌。
顔そのものはちょっとキツめの美人、といったところか。
さらに、肌より透き通るような―――金とも銀ともつかない長髪が
腰より下まで降りている。

「うーん、さすがに裸のまま出歩くのは抵抗ありますよねえ」

誰かがいるわけではないが、誰かに語りかけるような口調。
まぁ、この口調は癖のようなものだ。
ぺたぺたと―――、自分の体を掌で確かめるように撫でまわす。
特にその豊満な胸の辺りは念入りに―――

「んぁう」

変な声だが色っぽい吐息がこぼれる。
で、――はっと我にかえる。

「あぁ、いけないいけない、つい…夢中になるところでした」

既に夢中になっていたのだが―――、それは置いといて、
スッと直立してポーズを決める。
気が付けば、その前には鏡があった。
そして―――

「変身!」

どこかで見たことあるような、そんなポーズ。
全身が光り輝いたかと思うと、なんかこう、ピッチピチのムチムチな
感じのボディスーツをまとっていた。

「これは…ちょっと…無いですよねぇ。ありえない。エロいけどなぁ…。
  むしろ上半身を裸に…いや、それはやっぱりストレートすぎるし…
  見えそうで見えない、ってのがいいんですよね〜。」

チラリズムへのこだわりかなのだろうか。
それから数十分。
様々な衣装を着けては首を横に振ってやり直し…、漸く、

「あ、これ、これにしようかな。
  こう、セクシーさと斬新さが合わさってるようなないような、いい感じ。」

―――と、衣装が決まった。

「ネコミミは…どうしようかなぁ」

どうでもいいことでまた暫く黙り込んでいたが、諦めたように一つ頷いた。
とりあえず衣装はこれで完成らしい。
一言で形容しがたいその格好は…もはやコスプレの域に達している。
上半身は殆ど水着だ。
豊満な胸の谷間を強調するようなビキニ。
下半身はミニスカにニーソだけど、ロングスカートをはいているような…
良く分からない格好。
後頭部には大きなリボンをつけている。
腰の左右は甲冑のような金属質なもので覆われ、その横に、
鍔のない二本の日本刀。駄洒落だ。

「んふ、んふふっ」

嬉しそうに、満足げに笑いながら自分の胸を揉む。
どうやらマシュマロ的感覚が気に入ったようだ。

「よーし、それじゃ、ちょっと―――」

バサッ、と背中の辺りから光翼が六枚開く。
質量を伴わない、疑似翼。背中から直接生えているわけではないが、
自らの思念で動かせるようだ。ついでに頭上に光輪が閃く。
恐らく―――光翼も後輪もただの趣味だろう。

「遊びに行ってみましょうかねー」

歌うように呟くと、
頭上の岩盤を突き破って――――物語のラスボスは街中に飛び出した。

■市内某所―――屋上■
「―――なに!?」

夜の屋上が多分好きなのであろう少女―――霧夜永姫は、
目の前を真一文字に飛んで行く<モノ>を見た。
恐ろしく強大な<氣>。

「―――ッ!!こっちに、来る!?」
「こんばんはー」

―――…一瞬だった。
霧夜永姫が「こちらに来る」と認識した瞬間。
<それ>は距離なんて関係ないもんねといわんばかりに、
まさに唐突に現れた。
月光を背に屋上の鉄柵の上に立っている。

(これは、まずい―――わ)

一瞬にして彼我の差を認識する霧夜。
これも天津甕星の恩恵によるものなのだが―――、
既に、<蛇に睨まれた蛙>状態。金縛りのようになって動けない。

「ん―――?あらら、ごめんなさい。この躯、まだ慣れてなくて、
  どうやって使えばいいのか分からないんですよね」

強烈な氣の波動がぴたりと止む。

「―――っ、っ、は、ぁっ…!」

冷や汗が―――背筋どころか全身から流れるのが分かる。
既に天津甕星は臨戦態勢にある。―――が、攻撃に移る事が出来ない。
目の前の頭のおかしな女は隙だらけなのに、手が、足が、動かない。

「んんー、始めまして、ですよね〜。霧夜永姫さん」
「な、―――なぜ、私の名を」

やっとのことで吐き出す言葉。緊張で喉がカラカラだ。

「知ってますよ。私は何でも。高校生なのに中学生に見られる、とか
  結構胸小さいとか、貴女が―――水姫さんLoveとか
  沙姫さんを殺したいほど憎い、とか」
「―――ッッ!!」

動いた。
右手が、顕現した天津甕星の剛剣が女を一文字に切り裂く。
肉体は萎縮しているのに精神がそれを凌駕して動かしたとかそういう感じだ。
―――が。

「――私と手を組みませんか?」
「―――ッッ!?」

背後に、立っていた。
耳元に息を吹きかけながら、そう言葉を紡ぐ。

「私が世界征服したら、世界の半分は貴女に差し上げましょう」

くっくっく、と笑おうとしていたのだが、途中でこらえきれなくなって
ぶふー!と噴出した。

「―――ふざけ、ないでよッッ!!!」

―――霧夜はキレたようだ。
回転の遠心力を加えた一撃を振り下ろす。

「あははっ、冗談、冗談ですよ。
  ほら、よく悪役っていうじゃないですか、こういう面白い台詞。
  世界の半分、って言ったって、どこからどう半分なのかが
  気になるところですよねえ。」

特に気にならない。
霧夜の斬撃を軽やかにバックステップでかわし―――、
女は腰にある二本の日本刀に手をかけ…

「あれ?これはどうやって抜いたらいいのかな?」

などと間抜けなことを言いだした。
両方を一度に抜こうとしたら、長すぎてどちらも抜けないのだ。
デザインを先行したからこういう結果になっている。
そんな隙だらけの所に、霧夜の容赦ない斬撃が閃く。

「ちょ、ちょと待っ」
「おおおッ!!!」
「わ」

物凄い真剣な雄叫びと、物凄く間抜けな声が交錯する。
ガオン!と衝撃音が響き渡った。
ビルの屋上の床に、大きな亀裂が入った。
その源には、霧夜の大剣が突き刺さっている。
霧夜の視線は―――中空に静止している女に向けられていた。

「―――ま、まぁ…今日はご挨拶程度に伺ったので、
  この続きはまた今度ということでひとつ」

なんとものんびりとした口調で、腰にぶら下がった二本の日本刀を
未だに両方同時に抜こうと努力しながら、女が言葉を紡ぐ。

「―――私を、舐めないで!!」

多少上空に逃れたところで―――、霧夜にとっては無意味だ。
天津甕星に収束した<氣>が、はちきれんばかりに渦巻く。
ミドルレンジ用の技。
凝縮されていく<氣>を見て、ぶんぶんと手を振り―――、

「そんなに怒らないで〜。それじゃっ」

そんな言葉を残し、女は文字通り光速で上空に消えていった。

完全に女の<氣>が消えうせた。
同じように―――天津甕星に渦巻いていた<氣>も霧散し、
天津甕星自体も消える。

「…っ、今になって…手が震えてくるなんて」

言動と発する<氣>が出鱈目な夜の訪問者に…霧夜は改めて恐怖を抱いた。


■市街地―――夜■
カツ、と音を立てて、変質者のような奇抜な格好の女が
舞い降りたのは―――遊歩道。
夜10時くらいを回ったところだが、人通りは結構多い。

「うーん、まぁ確かに人は多いですけど…
  別に言うほどのことはないですねえ。ここってそれほど都会じゃないのかなぁ」

きょときょとと周りを見回しながら―――歩く。
言うまでもなく、通行人の視線の的だ。
上半身はビキニで下半身はミニスカートという異様ないでたち。
注目しないほうがおかしい。
ついでに羽とかが付いているものだから、好奇の…いや、むしろ
<イタいヤツ>という視線がたくさん。
そんなことはお構いなく歩みを進める。
―――そんな中、数人が、携帯のカメラ機能を駆使して女を
写真に収めようとしてた。

「―――あ、写真はお断りですよ。プライベートなので」

ぼとり。

にっこりと微笑んでいる変態天使の右手には、刀が一本握られ―――
その足元には、携帯を持った腕が転がっている。

「うぁあああああああああああ!!」

人だかりのあちこちから噴出す血飛沫。
写真を撮ろうとしていた者すべての腕が、落ちている。
すべての者達に斬りつけたようだ。
一瞬にしてあたりはパニックに陥った。
腕を押さえて叫ぶ人。
我先に逃げようとする人。
阿鼻叫喚とはまさにこのこと。パニック映画も真っ青のパニックさだ。
津波のような悲鳴と怒号がより一層の恐怖を引き起こす。

「超究極大銀河爆誕陣!<スーパービックバンアタッーーク。>」

―――転瞬。辺り一帯が灰燼と化した。
死屍累々。

「あははははははっ!!すごいっ!適当に名前決めたのに
  こんな破壊力がある技になるなんて!」

炎の中で高笑いをしながら―――刀をしまう。
そのまま上空に飛び上がり、
そして――、マジシャンのように出したカードを裏返して、

「リバース」

なんとなく、日本人がネイティブ発音を真似するような感じで、英語を呟く。
瞬間、何事も無かったように、全てが元通りに戻った。
先ほどの遊歩道にも通行人たちが普通に歩いている。
まるで、悪夢を見ていたかのごとく。
その夢から目覚めたかのごとく。
いや、その悪夢すら、見ていないが如く。
事実を捻じ曲げ、捏造し、それこそが本当の歴史と認識させた。

「―――私、凄い。…もとい、私ってばさいきょーね!!」

満足げな表情を浮かべて、あはははーと高笑いしながら
夜の闇の中へと飛んでいった。

■上空―――夜■
桜舞市と蒼華市の境目に―――小高い山がある。
その中腹に、中世ヨーロッパを想起させる城があった。いや、いつの間にか、
出来ていた。
ゆっくりとその城門前に降り立つ女。
城門の側に控えていたメイドがうやうやしく一礼する。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
「うふふっ、これこれ。これですよねー」

轟音とともに重厚な城門が開く。
そこから城まで一直線に赤い絨毯が敷き詰められ
その脇を固めるように―――文字通り色とりどりなメイドが立っていた。
執事は居ない。なぜなら、この女は女が好きだからだ。
ロングからミニまで、色んな衣装のメイドが居る。これも趣味だ。
ロングスカートの清楚さと、ミニスカートの色っぽさが
たまらないとかどうとか――――

「うわー、なんかすごいですねえ。
  テレビドラマとかアニメとかでしか見たこと無いですよ、こんなの」

そういいながら歩みを進める。
エントランスに入ると―――格が上のようなメイドが一人、歩み出る。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
「…えーと、メイド長?」
「はい、お嬢様」

清楚だが、どこか切れ味のあるメイド。スカートの長さは、長い。

「ふーん…」

しげしげとそのメイド長を眺め―――おもむろに人差し指で
そのメイド長の胸をつついた。

「―――な、何を…?」

メイド長の端正な顔が、羞恥に染まる。

「その胸、ってパッドとか入ってるのですか?」
「い、いえ…」
「そうですか。 あ、別に残念とかそういうのじゃ
  ないですよ。私巨乳好きですから。」

特に意味の無い会話である。
顔の火照りがまだ取れていない様子のメイド長だったが、
こほん、と一つ咳払いをし、姿勢を正した。

「お嬢様、お部屋の準備が出来ております。
  ―――それから、お風呂も準備できておりますので」
「お風呂、かぁ〜。んじゃお風呂いこっかなぁ」
「かしこまりました。こちらへ」

自分で作った城にも関わらず、メイド長に案内されている最中、
ずーっときょろきょろとあたりを見回している。
―――そう、この城はこの女がこの世界の居住場所として
作り出したのだ。メイドたちも自ら選定して召喚している。

「お嬢様、こちらです」

うやうやしくゴージャスな扉を開くと、
10m四方はあろうかという風呂が眼前に広がっていた。

「これは…もう、泳げますねえ。」

―――瞬間、女の身に付けていたものが消えた。
そして、傅くメイドの差し出す手の上に、
それらがたたまれた状態で落ちる。凄く便利だ。
そして、バスタオルを巻いただけのメイドたち数人と供に、
その奥へ―――。
あとはこう、ウフフキャハハな展開が風呂場の中で
繰り広げられたのだが、それはまた別のお話。

数十分後、ぐったりしたメイドたちを風呂場に残し、
バスローブを着た女が出てきた。胸の谷間を強調するような着こなしで
どこか色っぽくみえる。だが、その瞳は怜悧なまま。
言動と見た目のギャップは未だ埋まってない。

「お嬢様、テラスにお飲み物をご用意しております」

少々頬を赤く染めたままのメイド長が恭しくテラスのほうを示す。
勧められるままにテラスに向かい、白いソファーに腰をかけた。
が、ソファーが柔らかすぎたせいか、ごろーんと後ろに転がる女。

「大丈夫ですか!?」
「あははっ、これすっごいふかふかですねえ。
  まるで、綿埃に包まれてるようやー」

埃、はいらない表現だと思われる。
綿に包まれている、というのもおかしな表現だが。
漸く―――、綺麗に座る事の出来るポージングを見つけ、
ちょっと格好をつけて、足を組む。
バスローブ一枚でソファーの上で暴れるから、もう色々丸見えだ。
メイドの一人が頬を朱に染めながら―――ワイングラスに
ワインを注ぎいれた。
血のような真っ赤なワインが、白いテーブルに影を落としている。
それを手にとり、くるりと回す。

「私の誕生と―――世界の終焉に、乾杯。」

ワインが注がれたグラスを月に傾け、一口飲む。
――――。
ちょっとシブい表情になった。渋い、ではなく、…ちょっと苦い表情。

「…私、ワインあんまり飲めないんでした…」

せっかくのテラスとか白いテーブルとかソファーとか、
台無しの一言を呟く。
そして――

「すみませーん、コーラ持ってきてー。
  あ、あとポテトチップスとかあったらそれも。
  私好きなんですよね、この組合せ。」

凄く安上がりな乾杯だった。