■路上―――夜■

「こうさか…めい、さん?あの黄坂家の―――…?」
黄坂家とは<その筋>では結構有名な家系なのだ。
その筋、とはヤの付く筋ではなく、―――退魔の筋、という意味だ。
一応その筋で有名どころである御剣家に仕える咲は、その辺のことも良く知っている。
「それじゃあね」
「ちょっ…」
黄坂冥と名乗った女性を引き止めようとして―――咲は息を飲んだ。
暗闇に流れる黄色い長髪が―――、見る見るうちに漆黒に変化していく。


圧倒的な威圧感が薄れ、普通の人間のような気配だ。
道理で気付かなかったはずだ。
今眼前にいるこの女性から発せられる<氣>は普通の人間そのもの。
まるで大地のエネルギーを吸い取って戦っていたような、
そんな変化の仕方だ。

「…まだ何かあるのかしら?」
先ほどまでと変わらない冷徹な双眸が咲を射抜く。
「い、いえ―――、その、ありがとうございました…」
「礼には及ばないわ」
それだけ言うと―――、黄坂冥は完全に漆黒に染まった髪を翻して――、
颯爽と暗闇に消えていった。

■アクエリアスゲート―――夜■
アクエリアスゲートを管理する部屋には巨大なモニターがある。
そこに、御剣神社の留守番巫女である咲が、私服姿で映っていた。
私服、といっても殆どを巫女衣装で過ごしているので実質どちらが私服か分からないが。
「―――と言う訳です、焔護さま」
「ふむ…」
何が――「という訳」なのか。
それは言うまでもなく、咲が体験した奇妙な出来事と、その窮地を救った
女性についての報告だ。
それを聞いて焔護は一つ頷いた。
「黄坂、か。街の怪異についてはさっぱり分らんが―――
  その黄坂冥という女は…多分…というより確実に黄坂…黄坂舞と
  関係あるだろうな」
名前がそのままだからそれ以外を疑えと言うほうが逆に難しい。
そもそも黄坂という苗字自体珍しい。
「黄坂家というのは確か…地脈を守護する家系ではありませんでしたか?
  その現当主の名前が黄坂冥、だったと記憶しています」
「そうだな」
黄坂家は咲の言う通り、霊的に地を守る一族だ。黄坂舞のように
ふらふらせず、地脈を守護する。
「ま、その辺は―――、また黄坂にでも聞いてみる。」
「はい、よろしくお願いします」
「しかし―――地脈を守護する黄坂家が出てきたと言う事は…
  地脈に何かしらの異変が起きたのかも知れんな。地脈の乱れで今回の
  異変が起きているのか…まぁ、とにかく街の氣穴に十分注意しておいてくれ」
氣穴とは地脈を流れる<氣>が地上に噴出す穴。地脈を龍脈と呼んだり
氣穴を龍穴と呼んだりするが、意味は同じだ。
そこには自然界の強大な<氣>が溜まり、噴き出す。
「…紫苑にも注意するように伝えておいてくれ」
「はい、かしこまりました」
小さくお辞儀をして、咲がモニターから消えた。
「黄坂、冥…―――か。」
名前の並びや音からして、確実に―――地脈の守護者「黄坂家」と
黄坂舞は関連があるのだろう。
そういえば―――、黄坂は昔のことをあまり話したがらなかった…
そんなことを思いながら、焔護はパネルを叩いた。
まだ調べなければならないことがある。正直なところ、その黄坂冥が
黄坂舞とどういう関係にあるのかなど、どうでもいいことだ。
それより今中央世界で―――桜舞市で起こっている異変について
調べなければならないだろう。
紫苑がいるから頼めばいいが―――とりあえずアクエリアスゲートを
無人でかなりの時間動かせるようになったし、自分自身が
中央世界に乗り込んでもいいかもしれない。
そんなことを思いながら――既に冷たくなっているコーヒーを
喉に流し込んだ。