■路地裏―――夜■
「推測が当たったようだな」
二刀を振りかざし、黒咲が背中にいる白峰に声をかける。
その白峰も既に――武具である大鎌を顕現させ、構えている。
漆黒の衣服に大鎌。そして冷たい双眸。その姿はまるで死神だ。
「そうですね、綾お姉さま。どうやらこの現象は―――
  陽の氣の噴出である氣穴に呼び寄せられた陰の氣が、
  現世の怨念のような陰気と混ざり凝り固まって<屍人>を
形成しているようですね」
白峰の推理にはいつも舌を巻く。
的確に事象を分析し、情報を構築する。
まったく小さいながらたいしたやつだ、と思いながら―――
眼前の敵―――屍人を見据えた。
「概ねそんな所だろうな。やつらからは陰氣しか感じられない。
  ―――行くぞ、殲滅する」
「了解しました」
瞬間、黒と白の影が宙を舞った。
十字交差気味に切り付けられた屍人が弾ける。
稲穂が刈り取られるように屍人の胴が断裂する。
無慈悲な一閃が…いや、一閃どころか二閃も三閃もが
夜の闇に駆け巡る。そしてその後には無残に弾け散った屍人の残骸が。
「white Lover's」
なぜか白峰だけが使っている英語の技名。
円形に振り回された大鎌から白い衝撃が迸り、まるで路上を
掃除するかのように、その残骸を清めていく。
止めを白峰に任せ、黒咲は内ポケットから携帯電話を取り出して、
数回ボタンをプッシュ。
程なくして間延びした黄色い声が聞こえてきた。
「――舞さん、予想通りでした。氣穴の付近に例の<屍人>が」
『んん〜、計らずとも推測が当たったってとこかしらねえ』
「まぁ、一つ目の氣穴で出くわしたので、これで確定、というには
  些か早計かもしれません。次に向かいたいのですが―――」
推測を確定するにはもっと多くのサンプルが必要、という訳だ。
『んー、わかったわ〜。そこから近い氣穴は…そのまま北へ
  500mほど行ったところに発生しているわ』
携帯を切り、白峰に向き直る。
「次は北へ500mだ。」
「了解」

■街中―――夜半■
黄坂から連絡を受けた場所に向かった青瀬とほむら、
そして沙姫だったが、指定ポイントに氣穴はなかった。
氣の噴出は一定ではなく、隆盛衰退を繰り返しているようだ。
(ということは…マンションから舞さんがみたという氣穴の消失現象は
  誰かが封穴を行った、というわけではないのか…)
「ふむ―――どうやらこの辺りに氣穴はないようじゃな。
  異質の波動も感じぬ」
「あァ、そうだな―――地中の霊絡も変わりねェ」
青瀬とほむらの言葉に、沙姫は頷いた。
霊的な乱れも特に感じることは出来ない。至って普通の―――路地。
が。
下ばかりに気を取られていたら上が疎かになる、というまさに
その通りのことが今展開されていた。
この場合は、正面―――、暗い路地の向こう側から<何か>が
凄いスピードで近づいてきている。
すぐ足元ばかりを気にしすぎて付近の気配を探っていなかった。
―――否。
相手の接近スピードが速い。
「―――静奈さん、ほむらっ!」
「む、妖気か…!」
「あっちからすげェ勢いで近づいて―――こいつはハンパじゃねェ妖気だッ!
  ―――早ェッ!!!」
周囲を包み込むように―――、相手が展開したであろう結界に
飲み込まれる。
「―――ッッ!!!!」
パシュン!
小さな音と共に―――、一瞬周囲が明るくなる。
放電現象だ。
それを視覚で確認した瞬間。
「――黒雷<くろいかずち>!!!」
「なんじゃと!?」
闇の中から幼い声が放った内容に驚く青瀬。それもそのはず、
黒雷は――青瀬静奈の技だ。
巨大な黒い稲光が轟音を轟かせアスファルトを破壊しながら沙姫たち
三人目掛けて地を駆けてくる。
まるでのた打ち回る黒い蛇のような動きの稲光。
「静姉、これって静姉の技じゃ―――!!」
「ほむら、沙姫!儂の後ろに下がれ!」
「―――っ!?」
沙姫が口を開くまもなく―――ぐい、と青瀬に腕をつかまれて
後ろに押しやられた。自分も木氣――雷撃ならば自分と同じ属性だから
なんとか出来ると思っていたが―――、青瀬のあまりの言葉勢いに流され、従う。
「臥雷<ふしいかずち>!!」
青瀬は二人を自分の後ろにやり、いつの間にか抜き放っていた刀を上段に構え
それを唐竹型に振り下ろした。放電現象が一気に大きくなり―――
振り下ろされた白刃から―――向かってくる稲光と同じように
雷撃が繰り出され、襲い掛かってきた雷撃の威を相殺する。
「―――むっ!?」
と、幼い声が暗闇の中から響く。そしてさらにその後方から
足音…走り寄る足音が二つ。
「おいこら!勝手に突っ走るんじゃないっ!」
「そうよ、スズナちゃん!もしそれが一般人だったらどうするのよ!」
「はっ、そんなもの相手の<氣>を探れば普通の人間でないことなぞ
  分かるじゃろ!それの証拠に儂の雷撃を防ぎおったわっ」
二つの声に、幼い声なのに年寄り言葉を発して抗議する小さな影。
たっ、と地を疾駆する音が闇の中から聞こえる。
聞こえたかと思った瞬間には既に三人の視覚的間合いに入り込んでいた。
「なんだァ!?ちっこいのがこっちに向かって飛んできやがるッ!」
「ぬうっ!」
その影―――小さな腕から繰り出される強靭な爪を―――、
青瀬が抜き放った刀でアッパースイングのように受け止める。
金属がはじけるような音と共に
衝撃波が放電と共にあたりに吹き荒れた。
強襲者ははじかれた反動を利用してくるくる…と小さく回転すると、
ふわりと宙に浮いた。
小さな影が雷光によって闇に浮かび上がる―――。
「―――はっ!?」
驚きの声を上げたのは青瀬だ。
眼前には銀色の長い髪を靡かせ、そこに獣のような耳を付け、
わさわさの金色の尾を持ち、青紫のような着物を着崩した
小さな少女(?)が浮いている。
「むっふっふ…雷撃ばかりか儂の爪を弾くとはなかなか
  手応えのある――うむ?」
そこまで言って―――、強襲者はきょと、と首を傾げた。その姿はなかなか
愛らしいものだが…ほむらはそれを見て沙姫の腕をつかんだ。
「お、おい沙姫…あれ…誰かにすっげェ似てねェか!?」
「いや…誰か…というか、そのままじゃないのか?」
そう、そのまま。
子供の姿をしているが、全体的に雰囲気が青瀬静奈にそっくりなのだ。
その青瀬も驚愕の表情を見せている。
―――ほむらや沙姫と同質の驚きではない。
「ス、スズナ…さま―――」


青瀬の震える唇が、言葉を紡いだ。明らかに眼前の変な少女に
向けられているもの。
スズナと呼ばれたその少女も、懐かしいものを見るような表情で目を細めた。


「おう、誰かと思えばお主か。随分と大きくなって――― 驚いたぞ、しずな。」