スズナと呼ばれた妖狐の―――銀の髪が宙を踊る。

「―――ほうほう、そうか、静奈の<魂魄の波動>が
普通では無いと思うたが、青龍の加護を受けておるのじゃな。
どうりで儂がお主<静奈>と気が付かぬわけじゃ。」

ふむふむ、と頷く少女。
先ほどまでの少女の攻撃的な<氣>が嘘のように萎んでいくのが分かる。
だがそれより―――
青瀬の<魂魄の加護>を看破する少女に、そして、
この二人が知り合いだったことに、驚きを隠せないほむら。

「―――なッ…!?お、おいッ、静ねえ!
いったい何モンなんだ、こいつはッ!?妖気放ってるやつと
知り合いなのかッ!?」

まるで放心状態のような表情をしたまま、少女を正面に
見つめ、視線をはずせない静奈。

「魔器の顕現―――」
「マギ?」

漸く視線をほむらに向け、ゆっくりと呟くように答える。

「そうじゃ。われらが<魂魄の加護>の対極に位置する森羅万象の
<氣>により創造されし魔器の化身…地脈の乱れし時に現れる…
そして―――我が…師」
「師…!?」

―――と、背後の闇から聞こえてきた足音が止まった。
ぜえぜえという男のものの息と、少女の息遣いが聞こえる。

「おい、スズナ!勝手に行くんじゃないっていってるだろ…
―――って人…?」
「あ、あの、失礼しました、だ、大丈夫でしたか…?この子がとんでもない
失礼をしませんでしたか?」

そう声をかけて来たのは見た目高校生くらいの少年と少女だった。
本当に心配そうな表情で、沙姫を見る少女。
今のやり取りを大丈夫でしたか、と済ます少女はちょっとずれているような
気がしないでもないが、沙姫はゆっくり頷いた。

「あ、ああ、私達は大丈夫だが―――これは一体どういうことなんだ?」
「ええと――私も良くわからないんですけど…
スズナちゃん…あ、えっと、あの着物の子が走り出して―――それで」

おとなしそうな少女がスズナと呼ばれた着物の少女を指差した。
指差されたほうのスズナは楽しそうに―――、側にいる少年に声をかけていた。

「これ、十夜。お主のご先祖がおるぞ」
「なにを言って―――…?」

十夜と呼ばれた少年が怪訝そうな表情で、スズナと呼ばれた小さな狐娘を見る。
スズナの言った事を理解しているのは青瀬だけだろう。
それを察したのか、スズナがえっへん、とばかりに説明を始めた。

「この娘はのう、儂が以前現世に現臨した時の<器>じゃ。
あの時はちょうどおぬし等と同じ年頃だったがのう――、
大きゅうなったのう、静奈」
「―――は、お久しゅうございます、スズナさま…
またこうしてお目にかかれる日が来ようとは…」

嬉しそうな表情のまま、ぽろぽろと大粒の涙を流す静奈。
それを見て―――ほむらと沙姫、特にほむらはぎょっとした。
こんな静奈を見るのは初めてだ。いつも凛とした強さと猛々しい<氣>を
持ち、老獪とも言うべき思慮深さを見せる姿とはまるで違う、
少女のような静奈。いや、まさに少女だ。

「かかか、お主はいつまでたっても泣き虫じゃのう」
(な、泣き虫!?あの静姉が泣き虫ってのかよッ。ビックリだぜ…
っていうか、恐ェえ!)

全身鳥肌が立つほむら。

「されど――本当に嬉しゅう思います…」
「うむ、儂も嬉しいぞ。
じゃが――儂が現臨したという意味、わかっておろうな」

その言葉に、青瀬の瞳がいつもの凛としたものに変わった。
ゆっくりと首肯し―――す、と目元を拭う。
「薄々は感じておりましたが――スズナ様の現臨で確証を得ました。
  やはり…現在のこの状況、ただ事ではないのですね?」
「うむ。では儂等がやらねばならぬことも、おぬし等がやらねばならぬことも
  わかっておろうな」
「―――無論。」
「そうじゃな。お主も永い時を経て今を生きておる。
  儂などが言うまでもないのう」

ふよーと宙を浮いたまま静奈のほうへと進み、小さな体で静奈を抱きしめた。

「よくぞ――耐え忍び生き抜いてきたのう。儂はお主を誇りに思うぞ。
  これより先、更なる試練が待っておろう。心してかかるがよい」
「はっ…」

静奈とスズナを遠巻きに見ているほむら達。
絵面的には着物の女性が小さい女の子に抱きつかれているように
しか見えない。
ついでに話もさっぱり見えてこない。
ぽかーん、だ。
ほむらが十夜と呼ばれた少年の耳元で囁く。

「ンでよ、ありゃ一体何なんだよ?半端じゃねェ妖気放ってるぜ?」

その十夜もよく分からない、といった風に首を振った。

「俺もよく分からないんだ。なにせ俺は普通の高校生だからな。
  家の蔵の中にアイツ――スズナが封印されてて、それをどうやら俺が
  解放してしまったらしいんだ。――で、このありさま」

やれやれ、といった感じで手を上げる。

「いまいち話しが見えねェなァ…」

ほむらの反応に、十夜は後ろに立っている少女に振り向いた。

「涼子は分かるんだろ?説明してやれよ。俺には無理だ」

涼子と呼ばれた少女が頷く。

「ええ、そうね―――。私も全てを把握している訳ではないのだけれど…。
  要約すると、スズナちゃんは龍脈が活性化したときに目覚めて、
  それを鎮める、みたいなことを言っていたわ」
「龍脈―――…龍脈とは地脈と同義語じゃなかったか、ほむら」
「あァ、そうだぜ。ってコトは…まぁ、目的はオレ達と同じってコトか」
「貴方達も?」

その言葉に、驚いたように声を上げる涼子。

「まァな。ここ数日の大地の<氣>の乱れは異常だ。
  ついでに、この異常は人為的なモノだ、って聞いたぜ」

<土氣>属性の黄坂舞による助言だ。土の<氣>を操る黄坂にとって――
いや、それ以前に黄坂家事態地脈を守護する一族、
大地の<氣>の流れを読むことは容易な事なのだ。 
一方のスズナ達――十夜、涼子も大地の<氣>の流れの異変を
スズナから聞き、その原因を突き止めようと動いていた。
十夜――青瀬十夜は殆ど巻き込まれ型なのだが、スズナと契約している為(成り行きで)
同行している。もう一人の少女、神崎涼子は十夜を放っておけない、という
理由と、スズナ監視のためについてきている。
監視といっても暴れたりするのを見張る訳ではなく、
十夜にちょっかいを出すのを見張る為だ。
ちょっかいというのはスズナが復活した折に
いろいろエネルギーを吸われてしまっていることに
起因している。その方法は…まぁ、ここでは関係のない話だ。

「十夜とか言ったっけ、アンちゃん。アンタは普通の人間っぽいけど
  そっちはちょっと違うみてェな匂いがするぜ?
  どっちかってェと、<こちら側>の人間だな?」
「―――ッ」

涼子が驚きの表情を見せる。

「ははッ、その反応を見りゃ十分だぜ。まァ、別に何者かは
  詮索しねェけどさ」

つまり、普通の人間が持ちえない能力を持っている、ということだ。
その言葉どおり、神崎涼子は法術と呼ばれる術を操る。
ほむら達が自らの<氣>を戦闘に使うが、涼子の場合は、自然のエネルギーを
借り、術を使う。使用するエネルギーの根幹が違うのだ。

「凄いな、ほむら…。私にはそこまで分からなかった」
「ンだよ、沙姫。その意外そうな表情<かお>は」

ちッ、失礼なヤツだぜ、と呟きながら―――青瀬とスズナのほうへ
視線を向けると、二人の話が終ったようで―――
スズナが宙に浮きながら沙姫の前にやってきた。

「ふむ、お主は魂魄の加護を受けし者ではないのう?」

自分より小さいのに見上げるような格好だ。
浮いているから仕方ない。

「ああ、そうだが―――…」
「魂魄の波動がヒトのそれと違うように見受けるが。
  いや、追求するつもりなぞない。
  ただ―――それ故にお主にしか出来ぬ事が必ず来よう。」
「…?」
「よいよい、無理に理解せずとも。
  ―――そうじゃ、おぬしに餞別をやろう。手を出すが良い」

言われるがままに掌を上に向けて差し出す沙姫。
その手の上にスズナの小さな手が乗る。その姿は完全に<お手>だ。
そのまま―――ぼぅ…とスズナが淡く光る。

「―――むぅ、そうか、お主も―――いや、
  おぬしはむしろ器の欠片…と呼んだほうがよいな。―――静奈」

右手を沙姫に置いたまま、青瀬に振り向く。
視線を向けられた青瀬がゆっくりと頷いた。
満足そうにそれをみると、低く小さな声で何かを呟く。
まるで読経のような<それ>は、とても心地よく聞こえる―――

「雷氣の操術――天雷<あまいかずち>」

そう―――、スズナが呟いた瞬間、沙姫は自身の中に
何かが押し寄せてくるのを感じた。
それを自然と受け入れる―――。

「うむ、物覚えがよいのう。後はその技を自在に操れるように
  自分で昇華する事じゃな。―――いずれ役に立つ時がこよう」
「あ、ああ―――ありがとう…」

技を覚えたという実感は全然ないが、何か貰った感覚はある。

「さて、十夜。儂等はそろそろ行こう。このあたりはこやつ等が
  おる事じゃし―――問題なかろう」
「よくわからんけどお前がそういうんなら大丈夫なんだろな。
  わかったよ、スズナ」

全体の話がいまいち分かっていないにも関わらずそれを受け入れている
十夜は器が広いのか、それとも馬鹿なのかは分からない。

「うむ。―――静奈。儂等以外にも魔器は覚醒して動いておる。
  彼奴等も儂と同じ目的じゃが―――、まぁ、気をつけることじゃ。
  中には物騒なやつがおるやも知れんしのう」

宙に浮かんで腕を組みながら―――、やっぱり偉そうに青瀬に
話しかけているスズナ。
だがその真摯な眼差しに、だれも口を挟むものは居ない。

「良いか、静奈。
  ―――終焉 が近づいておる。動くのであれば迅速に、じゃ。
  この時間帯なら…介入もないじゃろ。やつもあちら側で寝ておる。」
「――はっ。」
「うむうむ。これ十夜。お主も静奈のように素直に儂の言う事
  聞くのじゃぞ」
「はいはい、分かりましたよ」

半分以上投げやりに答える十夜。それでも満足そうに頷くスズナ。
沙姫はもとより、ほむらも訳が分からない。
交互に静奈とスズナを見比べる。

「静奈、近うよれ」
「―――はっ…?」

ばさ、と扇を開いて青瀬の耳元に口を寄せる。

「お主らの<魂魄の加護>、純なモノでは無いぞ。
  どういう経緯でそうなったかは知らぬが、注意することじゃ。」
「それは一体…た、確かに、今の<魂魄の加護>は二度目のものですが…
  その影響なのでしょうか、スズナさま」
「儂に分かるわけなかろう。兎に角――努々注意するコトじゃ。」
「…。」

神妙な面持ちのまま頷く青瀬。
そんな青瀬の頭をポンポンと撫ぜると、十夜達を振り返る。

「―――よし、では参ろうぞ」

そういうと、スズナは浮いたままふよーと走り(?)去る。
それを追いかけて十夜と涼子も一礼した後駆けて行った。