アクエリアスゲートなバレンタイン。

■アクエリアスゲート■

【水姫】ねえねえ、澪ちゃん。

中央世界換算2月13日―――夕飯の支度中の澪に水姫が声をかけた。
ちなみに…水姫が料理をする事は余り無い。

【澪】あ、はい、なんでしょうか?

料理の手を止め、手を拭きながら澪が振り返る。

【水姫】ん、ゴメンね、お料理作ってる途中に呼び止めちゃって。
【澪】いえ、そんな―――。
    どうされたのですか、水姫さん。

申し訳なさそうに言う水姫に、にっこりと微笑で答える澪。

【水姫】えっとね、実は―――ボクすっかり忘れてたんだけど、
     明日ってバレンタインだよね。
【澪】あ、―――そういえば―――…。
【水姫】アクエリアスゲートにいると時間の感覚が変になって
     すっかり忘れちゃってたんだ。

てへへ…と恥かしそうに頭を掻く。
澪もちょっとうろたえたような仕草を見せた。

【澪】わ、私もすっかり―――。
    アクエリアスゲートの時間の流れは普通と違うようですし
    ―――それに、日付にあまり意味無いですものね…。
【水姫】そうだよねえ。
     …今からでもチョコ作り間に合うかな?
【澪】ええ、大丈夫です、水姫さん!作りましょう!
【水姫】うはっ、さすが澪ちゃん!頼りになるなあ。
【澪】ふふっ。では――、夕食が終わってからどうするか考えましょう。
【水姫】うんっ、分かったよっ。
     実はね―――材料は既にゲットしてあるんだ!
【澪】材料…ですか?
【水姫】じゃっじゃーん!

水姫が出した掌の上に、小粒で茶色のモノが乗っていた。困惑する澪。

【澪】えっと、それは―――
【水姫】カカオの豆!!これでカカオを育てて沢山増やして使おうっ!
【澪】―――時間かかりすぎです、水姫さん!!
【水姫】うっ、じょ、冗談だよ、澪ちゃん。
     これはほんのお遊びだよ。ホントはこれ!

どこから取り出したのか分からないが―――
(いや、或いは胸の谷間から取り出したのかもしれないが)
今度は巨大な茶色の塊を出した。

【澪】――これは―――!
【水姫】業務用のチョコレートの塊っ!
     これならいくら失敗しても、チョコレートが謎の失踪事件を
     おこしても大丈夫でしょ!

チョコレート失踪事件―――それは、以前バレンタインの準備中に
チョコレートが消えると言う不可思議な現象がおきていた。
まぁ、それは結局の所、甘い物が好きな水姫の胃の中で
消滅していたのだが―――。

【水姫】これだけあればボクもおなかいーっぱいだっ。
【澪】…水姫さん…自供してますよ…?
【水姫】ん?
【澪】あ、いえ、なんでも―――。
    それにしてもそんな大きなものをどうやって―――。

怪訝な表情で首をかしげる澪。
確かに水姫が大きなチョコレートの塊を所持している事、
入手すること事態不可解だ。

【水姫】ふっふっふー。
     これはね、焔護さんにお願いしたんだ。
【澪】ええっ!?
【水姫】ボクにチョコレートの塊を下さい、って。

まるで神様の作った龍にお願いするような感じで
焔護にねだったのだ。
それで業務用のチョコレートをあげる焔護も焔護だが―――。

【澪】焔護さんに…?でもそれじゃ、焔護さんは
    このチョコレートを水姫さんが持ってるとご存知なのですか?
    バレンタインチョコ用だということに、ばれちゃったんじゃ…。
【水姫】ん、それは大丈夫。
     その時はボク自身がバレンタインの事すっかり忘れてたし、
     全部食べた事になってるから。
【澪】こ、この塊を―――?
【水姫】実はね、これを三日くらい前に貰って、
     貯蔵庫の奥にしまって置いたんだ。
     で、澪ちゃんと一緒に何かチョコレートのお菓子を
     作って食べよ―かなーと、引っ張り出したときに思い出したんだ。
     ―――バレンタインのことを!
【澪】そ、そういう経緯があったのですか。

なんか、色々な所で驚く澪。
さすがにツッコミどころが多すぎて閉口できない。

【水姫】ま、そー言うわけだからさ。作ろうよ、チョコ!
【澪】はい、水姫さん。

――と言う分けで、澪はツッコミどころを全て
「水姫さんだから」と言う理由でなかったことにして、
一緒にチョコレートを作る事にした。寛大な心と包容力を持っている。
かくして――焔護に貰ったチョコレートの塊で焔護にプレゼントする
チョコレート菓子を作るという良く分からない図式が完成した。
アクエリアスゲート―――夕食後■

夕食も終わり―――澪は後片付けの為にキッチンに立っていた。
水姫もそれを手伝う為にそばにいる。
料理は出来なくても皿洗いとかは出来る。…多分。
そのために犠牲になった皿は…いや、やめておこう。
「今まで食べたパンの数」くらい覚えてないものだ。
意味が分からない場合はスルーで。

【水姫】んじゃ、澪ちゃん…
     後片付け終わったら作ろっか。
【澪】はい―――。
    焔護さんはこの時間以降はキッチンに来られる事は
    まずありませんし―――、お飲み物などをご要望される時は
    内線で呼ばれますから大丈夫です。
【水姫】うんっ、それじゃ、バレンタイン大作戦、開始!



まぁ、そんなにたいそうな作戦ではないが―――。
そんなこんなでバレンタインに贈るチョコレートが完成した。
結局、いろんな、想像だにしなかった出来事がおこりまくって、
―――たとえば、焔護が急に現れたりとか
(まだ取り掛かる前だったから気付かれずにすんだ)
―――たとえば、生クリームが水姫の効果で緑色になったりとか、
(さすがにこれは廃棄処分)
―――たとえば、溶かしたチョコレートに水姫の入れた何かが
作用して膨張していったりとか、
(とりあえず逃げた)
―――たとえば、澪が目を離した隙に水姫が入れた何かの作用で
チョコレートが動き出したりとか
(水姫が食べて成敗した)
―――作り上げたチョコレートが限界を超えた超精密なロボット風で
ファンネル打ち出したりとか
(水姫と澪の合体技で斃した)
そんなこんなで午後九時くらいから始まったチョコレート作成が
終了したのは、…もとい、バレンタイン大作戦が終了したのは
日をまたいで翌日―――当日の早朝、朝五時だった。
3kgくらいあった業務用のチョコレートも既にその存在自体
無くなっている―――。

【水姫】ん。
【澪】完成、ですね―――。
【水姫】うん。ばっちりだね。思ったより小さくなっちゃったけど
     愛がこもっているから大丈夫だねっ。

可愛らしく飾り付けられた小さな箱をいとおしそうに抱きしめる水姫。
―――大きさは、10cm×10cmくらいの箱だ。

【澪】ふふっ。

澪の手元にも同じくらいの大きさの箱があった。
こちらも綺麗に飾り付けられている。

【水姫】えっと、それからね―――。
【澪】…?

いつの間に作っていたのだろう、
どこからかもう一つ小さな箱を取り出した。
こちらの大きさは5cm×5cmくらいの大きさだ。

【水姫】はい、澪ちゃん。
     ちょっと早いけど、澪ちゃんに―――。
     いつもお世話になっているからねっ。
【澪】―――水姫さん…。

嬉しそうに微笑みながらそれを受け取り、ぎゅ、と抱きしめる澪。
その姿を見て、水姫も嬉しそうに笑った。

【澪】ありがとうございます―――。
【水姫】えへへっ。
【澪】実は私も―――。
【水姫】え?
【澪】ふふっ、考える事は同じですね―――。
    私も水姫さんに―――。
【水姫】わ、わっ!ありがとっ!!澪ちゃん大好きーっ!
【澪】私もです、水姫さん…。

お互いにチョコレートをプレゼントし合う二人。
―――だが。

【水姫】―――でもちょっと…今は食べられないね。
【澪】そ、―――そうですね…。

そう、やっぱり例の如く、当然と言えば当然の事だが、
そして更に予想通りの展開だが―――
プレゼント用以外の残ったチョコレートは、製作中或いは製作前製作後に
水姫と澪の胃の中に消えていたのであった。


■バレンタイン当日―――早朝■

【水姫の声】おっはよーっ、焔護さんっ!
【澪の声】焔護さん、おはようございます―――。

まどろみの中にいた焔護を現実へと引き戻す声が響いた。
ゆっくりとドアが開かれて水姫と澪が部屋に入ってくる。
―――鍵などはない。

【焔護】――ああ、おはよう二人とも。
     どうしたんだ、朝から二人でワシの部屋に来るとは…。
【水姫】えへへ―――はいっ、バレンタインチョコ!
     ボクの愛情注ぎ込んだよ!溢れんばかりの愛を…
     ううん、溢れてトロトロになるくらいの愛を込めて作ったんだっ!
【澪】良かったら―――受け取ってください。
ニコニコしながら差し出す水姫と、
頬に朱を走らせながらおずおずと差し出す澪。
対照的なその二人を―――、焔護はプレゼントごと抱きしめた。

【水姫】―――わっ。
【澪】―――あ…

くしゃ、と二人の頭を撫ぜる。
それは力強くもあり―――また優しく二人を包み込んだ。

【焔護】ありがとう、二人とも。
【水姫】えへへ…
【澪】ふふっ。

幸せそうに微笑む水姫と澪。

【焔護】それじゃ―――折角だし、皆で食べようか。

その言葉に、ぴたっ、と二人の動きが止まった。

【水姫】あ、ちょ、ちょと、それはもーすこし後にしない?
     多分そっちのほうが、お、美味しいと思うよ?
【澪】そ、そうです、まだ朝ですし、きっとチョコレートも
    後のほうがいいと思います。
【水姫】そーそー、まだチョコレートも起きてないよ、きっと。
     寝かせた方が熟成が進んで味が濃厚になったりするんだ。
     よく聞くでしょ?チョコレート三年もの、とか10年もの、とか!
【焔護】ふぅ…ん?
     まぁ、お前たちがそう言うのならそうしよう。

訳のわからない理由で焔護を制する二人。
焔護は―――多少困惑しながらも、言葉に従った。

―――こうして慌しいアクエリアスゲートのバレンタインは
過ぎていくのであった―――。


―――ほぼ徹夜だった水姫と澪は
    昼寝をしまくったのは言うまでも無い―――。