School uproar 

■アクエリアスゲート■

眼前のモニターに黄坂の顔が映っていた。
モニターを使った通信…所謂テレビ電話のような感じだ。
その黄坂が一つのプリント用紙を画面に映し出した。
「――でね、こう言うことだから協力して欲しいのよ〜。
 ちょっとだけならアクエリアスゲート離れてもダイジョブなんでしょ?」
「ふむ…なかなか面白そうだな。よし、乗った」


「起立」
白峰の凛とした声が教室に響く。
そう、ここは白峰の通う中学校の教室だ。冷静沈着な白峰はクラスでも
支持率が高く(?)、クラス委員長を務めている。
「礼―――着席」
白峰の号令に続いて生徒たちが先生に向かって一礼し、着席した。
教室全体がそわそわしている。
それもそのはず、今日はは父兄授業参観の日だ。
父兄と銘打ってはいるが、別に母親が来てもかまわないのだが。というより、
母親の比率のほうが高いようだ。
―――とにかく、それゆえに、生徒たちはそわそわいていた。
「えー、まぁ、そういうわけでだな、皆行儀よく…いつもどおりに授業を
 受けるようにな」
担任の先生が教科書を開き授業を始めた。
授業参観は2時間目から。
次の授業。
白峰は―――、一応の保護者である黄坂が満面の笑みで送り出して
くれたことを思い出していた。
…いや、授業参観のプリントはちゃんと処分したはずだ。
舞お姉さまのあの笑みはいつもの事―――。
なんて考えながら、とーってもやな予感がしていた白峰であった。
一時間目の授業が終わり、問題の二時間目が始まる前の休み時間。
ひとり、ふたり、と―――生徒の親であろう男性や女性が
教室の後ろに入って来るたびに、ざわめきが広がる。
「あれは誰の親なのか?」というのが殆どな訳だが―――、
そのざわめきがひときわ大きくなった。
いや、教室からではない。
廊下側から―――ざわめきが近づいてくる。

「…いやな、よかんがします…」
珍しく台詞が全部平仮名になっている白峰。
「どうしたの?白峰さん。なんか白峰さんらしくない…なんていうか、
 引きつった顔してるよ?」
「いえ―――、その…なんでも、ありません」
隣の席の少女が指摘したように、端正な白峰の顔は引きつっていた。
そんな引きつった白峰を他所に、
ざわめきが白峰の教室の前までやってきた。
「うお!なんかすげえ…!」
「大人の女って感じだな、あれ!」
「すげー」
「なんていうか、でけぇ…」
「俺生きててよかったー!」
男子生徒のささやきあう声が聞こえる。なんというか、ボキャブラリーが少ないが、
ざわめきの中心にいる人物を見ていっているようだ。
そして―――
「ねえねえ、あれってだれの―――?」
「かっこいー!」
「すっごい格好いいっていうか…なんかすごいわね!」
「赤い、なんていうか赤い!」
という黄色い声が、白峰の耳に入ってきた。その言葉に、首を傾げる。
「赤…?」
「ねえねえ、白峰さんも見て、あの人たち!
 すっごい綺麗な人と格好いい人が来てるわよ!!誰の親なんだろ!」
「…え?男の人といっしょ…?それじゃ舞お姉さまではありませんね…」
安堵のため息をつく白峰。
「――でも親にしては若すぎない?」
なんとなく吐き出した安堵の溜息を吸い戻した気分になった。
変な予感が頭の隅っこをよぎる。
「誰かの兄弟なのかしら」
そんな周りの声に押されて振り向いた白峰は―――
「―――ぶっ!!」
らしくなく、吹いた。普段は勿論そういうキャラでは全然無い。
冷静沈着、時折先生すらやり込めるタイプの白峰が壮絶に、
まるでギャグ漫画の住人のように吹いたので周りの同級生たちはかなり驚いた。
「ちょっ、ど、どうしたの白峰さん!」
「お前がそんな反応見せるのってあんまり見たこと無いなー」
「あ、い、いえ―――予想外の展開に、少々…取り乱してしまいました…」

ここまで引っ張って何なのだが、教室の後ろには
黄坂と焔護が立っていた。

「よう」
「霞ちゃーん、来たわよー!」
にぱーと笑いながら白峰に向かって手を振る黄坂と、その横で黄坂に腕を
組まれているスーツ姿の焔護が軽く手を上げている。
「し、白峰んとこの…!?」
「意外ッ!なんか意外だ!
 あいつのことだから恐ろしく厳しい家庭に育ったと思っていたのに…!」
「髭を生やした男爵とかな!」
「でも男の人の目つきはなんとなく似てるような気がする!
 あの目は見るだけで人を殺せる目だ!」
「あー、わかるぜ、それ。白峰もそんな目だもんな。親子は似るってか!」
「でも親にしては若くない?」
口々に言いたいことを言われまくる白峰。
そんな周囲の声を聞き流しながら、焔護と黄坂の前まで歩み寄る。
起こったような、どこか困惑したような、それでいてすこし嬉しそうな
よくわからない表情だ。
「…舞お姉さまはともかく、お兄様まで何をしているんですかっ!」
白峰の言葉に、大きな胸をさらに大きく張ってえっへん、とばかりに
満面の笑みを浮かべる黄坂。
「えっへっへー、私がお願いしたのよ〜。霞ちゃんの勉強している姿
 見てもらおうと思ってねっ」
「そーいうことだ。しっかり勉強するんだぞ、白峰。
 ばっちり見学させてもらう」
三人の会話を聞いて、さらに教室内が騒がしくなっていく。
「おい、やっぱり兄弟みたいだぜ」
「年離れてるわねー。でもあんなお兄さんとかお姉さん欲しー」
「けどさっきあの男の人、白峰、って呼んでたぞ」
「複雑な家庭環境!?」
そんな周りの言葉を聞いて、焔護が笑う。
「ははっ、なんか色々言われてるな、白峰。…いや、今は霞…霞ちゃん、と
 呼んだ方がいいのか?」
「お、お兄様!―――そもそも―――」
白峰が抗議の声を上げようとした時、タイミングよくチャイムが鳴った。
と同時に先生が教室に入ってきた。
その先生も教室の様子に戸惑いながら―――、教壇につく。
「ほらほら、霞ちゃん。授業始まっちゃうわよ〜」
「わっ、分かってますっ!」
「しっかりな」
「わ、分かってます…」
ぽふ、と頭を撫ぜられ、語気が弱まる白峰。少し頬を赤く染めながら
席に戻る白峰を、興味津々に見守る生徒たち。
「うおおっ、オレあんな白峰見るの初めてだぜ!」
「なんか意外性に萌えるわねー!」
「そうよねえ、霞ちゃんがあんなに声出したりするのってあんまり見たこと無いわよねえ!」
「すげー!なにもんだ、あの人たちー!」
「なぁなぁ、あれってお前の兄弟?親戚かっ?」
「かすみちゃんっ、どーなのー?」
先生が入ってきてもざわつく教室。ついでに保護者たちもざわついている。
保護者のざわつき…特にお母さんたちは焔護や黄坂を見てのざわつき、としておこう。
逆に焔護たちは大人しく教室を眺めている。
「―――静かに。授業が始まります」
ピシャリ!
その一言で、大人も子供も黙った。
静寂が教室を包み込む。さっきまでの喧騒が嘘のようだ。まるで冷気が教室を
覆ったかのごとく、静かになった。
その声に、雰囲気に―――漸く我に返った先生が、
授業開始の号令をかけたのだった。

その後の様子を端的に説明すると、妙にピリピリした教室内では
授業がいつも以上にスムーズに行われ、授業参観としては―――
先生としては、大成功に終わったのだが―――。

■休み時間―――屋上■

2時間目と3時間目の休み時間は通常の休み時間と違って少し長い。
時間で言うと、通常の休み時間が10分の所、20分休み時間がある。
それを利用して、白峰は二人を屋上の隅っこの引っ張っていった。
勿論、興味深々で色々質問してくる同級生たちを制して、だが。
さすがクラス委員長、といった貫禄を見せていた。

「おいおい、白峰、いつまで怒ってるんだ?」
「怒ってません」
「怒ってるだろ。なんか機嫌悪いぞ?」
「怒ってませんってば!そもそもどうしてお姉さまが―――
 いえ、お姉さまが今回の授業参観に登場するであろう可能性は
 数%単位ですが予測していました。ですがお兄様まで…」
むぅぅ、と眉を曲げて抗議する白峰。
「だってぇ〜。霞ちゃんったら授業参観のプリント私に見せないまま
 捨ててるんだもん」
「アレを見せることによって舞お姉さまが授業参観に出る可能性は
 97%にまで上昇しますから」
「…残り3%の内訳が気になるところだが―――、白峰。
 黄坂がお前の保護者として学校に来るのは恥ずかしいか?」
焔護の言葉に、一瞬驚きを見せる白峰。
そして小さく首を振る。
「そんなことはありません。お姉さまは、私の尊敬できるお姉さまです。
 勿論TPOにもよりますが何処へ出しても恥ずかしくありません」
「…嬉しいけどなんか引っかかるわね〜…」
「では何故だ?」
白峰の言葉に何となく保護者と保護される側の立場が逆だな、
と思いながら問いを続ける。
その焔護の問いに、しばしの逡巡を経て、白峰が口を開いた。
「その…色々詮索されかねないからです」
「――成る程な、家庭環境について、か」
小さく頷く白峰。
そんな白峰を―――黄坂がぎゅう、と抱きしめた。
「そんな事―――心配しないで、霞ちゃん。
 だって、私と貴方は家族でしょ?大切な家族。貴方は私の自慢の妹。
 勿論、えんちゃんだってそう思ってくれてるわ」
「当然だ」
「だから――家族として、貴方がどんな学校生活を送ってるか
 見てみたかったのよ」
「―――ッッ…!」
はっ、とした表情で黄坂を見上げる白峰。
「…ごめんね、突然来て驚かせちゃって」
黄坂の胸の中で小さく首を振る白峰。

―――そうだ、何も恥ずべきことなど無い。
   私にはこんなにも私のことを思ってくれている姉や兄がいる―――

「ごめんなさい…ありがとう、ございます…」
「ん?」
「ふふっ」
「ありがとうございます、舞お姉さま、そしてお兄様―――
 わざわざ来てくださって…私、本当は…とても嬉しかったです」
「いや―――、俺もお前の元気そうな姿を見て安心したぞ。
 結構頼りにされてるじゃないか」
「あ、いえ、あれはその―――」
しどろもどろになっている白峰。
焔護の言う通り――クラス委員長という事もあるが、一見クールな
この少女の周りには常にクラスメイトが集まっていた。
頼りにされている、とは白峰自身そこまで思っていなかったが、
改めて言われると、嬉しいようだ。
―――ふと、黄坂が巨大な柱時計を見ながら呟いた。
「ねえねえ、霞ちゃん。時間いいの?次の授業って間に合うのかしら」
「―――はっ!い、いけない、次は体育―――!
 すみません、お姉さま、お兄さま!私はこれで。ごゆっくりーー!」
たたたーとツインテールを揺らして屋上から去っていく白峰を見送りながら――、
焔護と黄坂は微笑んだ。
「上手くやっているみたいだな」
「そうね―――。あの子は学校のコトあまり話してくれないから 
 少し心配してたの。でも安心したわ」
「そうだな」
屋上から校庭を見下ろして呟く焔護。既に白峰のクラスメイトであろう
生徒たちがグランドに出て体育の授業の準備をしている。
「一つ気になることがある」
「なぁに?」
「さっき白峰は―――体育といったな?」
「ええ、言ったわよ?それがどうかしたの?」
「体操服はブルマか?」
「そう、だけど…」
「それは是非見学していくべきだな」
「…えんちゃん、変態度に磨きがかかってるわよ〜…。
 あんまりおおっぴらに見てたら通報されちゃうわよ〜?」
「保護者だ保護者!保護者特権だ!」
「そんな特権聞いた事無いわよ。
 もう、そんなにブルマ姿みたいなら私が着てあげるから〜」
「…その歳で着たら犯罪だぞ」
「なぁ〜んですってええええ!!!」

■アクエリアスゲート―――後日談■

「それで、どうだったのさ、霞ちゃんの授業参観っ」
ソファーに座った焔護にコーヒーを出しながら、水姫が興味深々に尋ねる。
澪も――それとなく気になるらしく、お茶請けのクッキーを用意しながら
側にやって来た。
「そうだな―――」
沙姫も何事か、とばかりに側に座った。

「白峰が一番発育がよかった」


おわり