アクエリアスデート(罪名様より物語を頂きました。)
 
  街の中、一人の女性が誰かを待っていた。
  黒髪のショートヘアに切れ目のいい黒い瞳。
  おちついてて知的そうな雰囲気を漂わす美女だが、
  なんだか落ち着きが無かった。

「……あいつ、一体何をしてるんだ……」
  ハスキーボイスで呟きながらソワソワした様子で、
  女性は何度も腕時計を見たり離したりをしていた。
「お〜い」
  どこからか男の声が聞こえた。
振り向くとそこには手を振りながらこっちに歩いてくる赤銅色の髪の男性がいた。
「お。ちゃんと言われたとおりの服装だな、黒咲」
「え、焔護。お前というやつは……」
  黒咲は頬を赤く染め、気恥ずかしそうに焔護を睨んだ。
  焔護が楽しそうに見つめる黒咲は、水色のタンクトップに白色のミニ、
  それもマイクロミニだった。
  やや内股気味でもじもじしながら黒咲はかなり恥ずかしそうだった。
「は、恥ずかしい……」
  黒咲は呟く。黒咲は本来、肌を露出したりするのが苦手で、
  このような服装は自分からは滅多に着なかった。
「仕方ないだろ。お前がワシとの勝負に負けたんだから」
「くっ……」
  反論できなかった。それというのも、全ては一週間前に始まった。


「ほれ、チェックメイト」
「なっ!」
  駒をトンと置かれ、黒咲は言葉を失った。
  たったいま、焔護に敗北の知らせを受けてしまったからだった。
「そ、そんな……」
「ワシの勝ちだな」
「く……」
「それじゃ、約束どおりワシの言うことを聞いてもらうぞ」
「い、一体何を言うつもりだ」
  黒咲は不安になった。
  この男、焔護地聖だったら何を要求してくるか全くわからなかった。
  いや、ある程度予測できるだけに恐ろしかった。
「じゃあ……一週間後にワシとデートだ」
「……は?」
  突然言い渡されたことに黒咲は一瞬何を言われたのかわからなかった。
  だが、すぐにそれを理解した。
「な、なにぃ!?」
「それと、服装はワシが指定する。というか渡すものを着てこい」
「なんだと!?」
  そう言いながら焔護は一つの紙袋を黒咲に渡した。
  受け取った黒咲は中を見てすぐに焔護を睨んだ。
「焔護……貴様は……!」
「約束は約束だぞ」
「な……!」
  焔護の言葉で黒咲は言葉を失った。
  実はチェスを始める前、焔護と黒咲は一つの賭けをしていた。
  それは、負けた方が勝ったほうの言うことを聞くというものだ。
  黒咲はそれに負けてしまい、今こうして焔護に要求を言い渡されてるときだった。
「ちゃんと守るんだぞ」
  勝ち誇ったような笑顔を見せる焔護が、黒咲には憎たらしかった。
  だが律儀な面を持つ黒咲にとって、
  約束を破ると言うのもあまり好ましくなかった。
  結局黒咲は焔護の要求を呑んだ。

  焔護と一緒に街の中を歩き出す。だが黒咲は落ち着きが無かった。
それは明らかに自分の服装のせいだった。
  タンクトップと言っても、それは胸の谷間がしっかりと見えてる
かなり露出の高いものだった。
  スカートも、少し屈んでしまえば下着が見えてしまうのではないか
というほど短かった。
  ミュールのかかとでコツコツと地面を鳴らしながら、
黒咲はチラチラと目線だけで周りを見た。
自分の格好が気になり、周りの人達が見ているのではないかという気がしてならなかった。
「どうした黒咲?なんだか忙しないぞ」
「な、なんでもない……」
  黒咲はあえてそう答えた。
  もし恥ずかしがってることがこの焔護に知れたら、この男は喜ぶだけだからだ。
「それじゃ、どこに行こうか。とりあえずなにか食いに行くか」
「あ、あぁ……」
  その提案を黒咲は了承した。
  二人は早速近くにあったファミリーレストランへと入っていった。
「それじゃ、ワシはスパゲッティでも頼むかな。黒咲、お前は何を食べるんだ?」
「うん……私も同じものでいい」
「……ほぉ」
  焔護はニヤリと笑い出す。
「な、なんだ」
「ワシと同じものを頼むとはな……」
「な……!べ、別にいいだろ!」
  慌てて喋る黒咲は焔護は笑い出す。
  二人が待っていると注文した料理が届いた。
  二人がそれらを食べ終えると、コーヒーをそれぞれ頼んだ。
「ん……しかし」
「うん?」
  コーヒーを口に一口含み、焔護はチラリと黒咲を見やった。
「お前のそういう格好はなかなか見られないからなぁ……」
「そ、それはお前がこれを着てこいと!」
  顔を赤くして黒咲はテーブルを強く叩いた。
  その衝撃で焔護の側に置いてあったコップが倒れ中のコーヒーが
  焔護の服の上に落ちた。
「あ」
「す、すまない……」
  黒咲が申し訳なさそうな顔で持っていたバッグから白いハンカチを取り出し、
  焔護の前にしゃがみ服を拭き始めた。
「大丈夫か……」
「別にワシは平気、むしろ感謝だな」
「え?」
  焔護の言葉に黒咲は疑問符を浮かべる。
  スッと顔を見上げると、焔護は自分の何かを一点視していた。
「------?」

  その視線を追ってみた黒咲はそれがわかると同時に顔を赤くした。
「え、焔護!」
  焔護はジッと自分の胸元を見ていた。
  しゃがんでいたため、丁度よく見えるという状況になっていた。
「いいものを見せてもらった」
  再び焔護は笑い出した。
「な、このバカ!!」
  ファミレスを出て、街の中を歩き始めた。
「さて、次はどこにいこうか?」
「あ、あんまり人が多くないところを頼む……」
「どうしてだ?」
  黒咲の言葉の意味がわかっているが、あえてそこはわざと聞いてみた。
「わ、わかってるだろ!……恥ずかしいんだ」
  黒咲は視線を逸らす。
  その表情は明らかに恥ずかしそうにしてるのがわかった。
「う〜ん、そうだな」
  焔護は次に向かう場所を考えた。
「それじゃ……」
  焔護は考え出す。
「それじゃ公園にでも行ってみるか」
「ま、まぁいいだろう……」
  焔護の提案で近くにあった公園に行ってみることにした。
  公園に着くと、そこには既に多くの人がいた。黒咲の顔が軽く沈んだ。
「おい、人が多くないか……?」
「まぁ、公園だからな」
「お前、私で遊んでないか?」
「う〜ん、まぁ少し」
「…………」
  正直な焔護の回答に黒咲は言葉もなかった。
「それじゃアイスでも食うか?おごるぞ」
「……それじゃ私はバニラで」
「わかった。そこで待ってろ」
  焔護はその場から離れてアイスを買いに行った。
  その場に残された黒咲はとりあえず近くのベンチに腰を下ろすことにした。
「……しかし」
  黒咲はチラッと自分のスカート見た。
「本当に短いな……」
  改めて見てもそのスカートは短い。もし今脚を組んでしまえば、
  それだけでスカートの中が見えてしまう。黒咲は両脚を揃えたままにした。
トンッ
「ん?」
  地面から何か音がした。下を見るとそこには一個のボールが転がっていた。
  ベンチから降りてそれを持つと、正面から女の子がこちらに向かって走ってきてた。
「お前のか?」
  ボールを向けながら尋ねると女の子はうんと言いながら頷いた。
  黒咲は小さく笑ってボールを女の子に渡した。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「あやちゃ〜ん!」
「ん?」
  急に自分の名前を呼ばれて黒咲は頭に疑問符を浮かべた。
だがその疑問はすぐになくなった。
「は〜いお母さん!」
  "あや"というのはこの子の名前のようだ。
偶然自分と同じ名前の名前の女の子を見て黒咲は小さく微笑んだ。
(そうか、この子も"あや"という名前か)
  ボールを受け取った女の子は母親に呼ばれて放れようとしたが、
一旦足を止めて黒咲を振り返った。
「どうした?」
「お姉ちゃん、綺麗!」
「え」
  笑顔で女の子がそれを言い残して、そのまま走っていった。
「……私が、綺麗?」
「わかってる子はちゃんとわかってるってことだな」
「な、焔護!?」
  横から声を掛けられ慌ててそちらを振り向いた。
「お前、いつから……?」
「そうだなぁ、お前がボールを受け取った辺りかな」
「随分と前から見てたんだな……」
「そういうことだ。ほら」
  持っていたアイスを黒咲に渡した。真っ白なバニラアイスだった。
「あ、ありがと……」
  受け取った黒咲は一口だけ白いアイスを舐めた。
「甘いな……」
「そりゃアイスだからな」
「……それもそうだな」
  二人の間に幾らかの沈黙が流れた。黒咲は頬を赤く染め、
  焔護の方を見ないようにしていた。
「……なぁ、黒咲」
  沈黙の空気を破るかのように焔護が口を開いたそのときだった。
キシャアアッ!
「「ん!?」」
  その場に動物の声とも人の声とも取れぬ奇声が響いた。
「なんだアレは」
  公園の中に悲鳴などが鳴り響く。
  視線を向けるとそこには平和な公園には似つかわしくないような怪物がいた。
  形としては人型だが、異様に手が長く、頭も大きい。
「おそらく結界で止めれなかった異物だろう」
「さてと、どうするリーダーさん?」
  辺りが慌てふためく中、焔護が冷静な口調で尋ねる。
「勿論…………ん!?」
  持っていたアイスを捨て、黒咲が応えようとしたときその言葉は止まった。
「あの子は!?」
  黒咲の目に入ったのは、
  先ほどボールを渡した女の子、あやが怪物に捕まってる光景だった。
  長く大きな手に?まれ、少女は泣きながら助けを求めていた。
「その子を離せ!!」
  気付くと黒咲は飛び出していた。
  手には具現化した双剣、黒玄(こくげん)と黒武(こくぶ)を手に持ち、
  怪物の腕を斬り落とした。
「大丈夫か?」
  怪物から解放されたあやを抱えながら尋ねる。
  あやは怯えの余韻が残っているようで、体が震えていた。
「ささ、さっきのお姉ちゃん?」
  震える口調であやは黒咲を疑視する。
「怪我は無いか?」
「う、うん……。あ!お姉ちゃん!」
  急にあやが叫んだ。ハッとしながら後ろを向くと、
  いつの間にか斬られた手を再生させた怪物がこちらを狙っていた。
「しまった、この子に気をとられて!」
  回避するのが無理と判断した黒咲はあやを庇うため、
  自分の体で隠し怪物に背を向けた。
  怪物は黒咲を攻撃しようと手を振りかざした。
「くっ!」
  黒咲が覚悟を決めた。その瞬間にこちらにかける声があった。
「まったくなぁ……アイスを落としただろうが」
  呆れてるような男性の口調だった。気付くと攻撃がこなかった。
  その声の主、そして今の状況、黒咲は徐々に現状を理解していった。
「焔護、助かった」
  後ろを向くと、怪物の攻撃を止めている焔護がいた。
  腕を抑え、黒咲に攻撃が及ぶのを止めていた。
「隙を見せるなんてお前らしくないな」
「…………」
  黒咲は何も答えようとはしない。焔護は小さく笑みを浮かべると、
  怪物を押し出し遠くへとやった。
「とりあえず、化け物退治だな」
「そうだな」
  黒咲はあやを遠くへとやり、戦闘態勢をとった。
「その格好で大丈夫か?」
  そう、黒咲の服は焔護が指定したもののままだった。
  黒咲はうっすらと頬を染めて、苦い顔をしながら口を動かした。
「やや調子が出ないから、ここはお前に期待しよう」
「女性を守るのは男の務め、とは言わないが、そうしようか」
  不敵な笑みを浮かべ、焔護は片手を横の方に差し出した。
「ワシの"これ"は、本来は女専用だが、今回は特別仕様をお前にくれてやる」
  スッと、焔護は僅かに手を後ろへと持っていった。
「秘儀・身斬旋風(しんざんせんぷう)!」
  手を勢いよく振ると、焔護の正面に凄まじい突風が巻き起こり、
  その風が怪物の体を切り裂いていった。
  怪物が苦痛により悲鳴を上げていく。
「やるな」
  それを見ていた黒咲が感嘆の声をあげる。
「まぁ、これは本来女性の服を分解するものであって……」
「もういい」
  技の解説をしようとした焔護を一蹴し、怪物の方を見やった。
「さてと、私もいくか……!」
  黒咲の目つきが変わった。ただ一点、怪物だけを見つめ、双剣を構えた。
「…………っ!」
  黒咲は一瞬で怪物に近づき、双剣でもって相手を十文字に切り裂いた。
「黒玄武、十連字……」
  切り裂かれた微かな唸り声を上げながら霧状になって消えていった。
「相変わらず凄まじいな」
「フッ、おまえの剣には負けるがな」
  軽く言葉を交わしながら双剣を次元の中にしまい、先ほど助けたあやのもとへと近づいた。
「もう大丈夫だぞ」
「お姉ちゃんありがとう!」
「ワシも戦ったんだが、まぁいいか……」
  苦笑を浮かべながら焔護は呟く。
「お姉ちゃんって強くてカッコイイ!」
  あやはニコッと笑顔でそう言い、母親の元に走っていった。
  黒咲は女の子を安堵の表情で見つめた。
「さっきあの子が言ってたことなんだが……」
「な、なんだいきなり……」
  いきなり話しかけてきた焔護に、黒咲はどもった口調で返した。
「ワシも同じことを思うな」
「え?」
「綺麗だってことだ」
「……何を言ってる。私の何処に……」
  焔護に言われて黒咲は顔を背ける。
「お前だけみたいだな」
「なにがだ」
「他のやつは結構気付いてるんだよ。お前の魅力に」
「何を根拠にそんなこと」
「街の中の男でも、結構お前を見てる奴が多かったぞ」
「そ、それはお前がこんな格好を!」
  胸に手を当て、黒咲は焔護に言い放った。
「それは、お前の顔も体も綺麗だからだろ」
  サラッと、ある意味凄いことを焔護は言ってのけた。
  焔護の言ったことを即座に理解した黒咲は顔を赤くしながらも言葉を返せなかった。
「お前も女なんだから、少しは自信を持て。仕事ばかりじゃなくてな」
「……焔護」
「それじゃそろそろ帰るかな」
「あ、あぁ……」
  焔護は歩き出そうとしたとき、一旦黒咲のもとに近づき、耳元で囁いた。
「(それに、心も綺麗だな。子供を助けたりするとこなんか)」
  言われた黒咲は顔を赤くしてその場に立ち尽くしたが、すぐに我に戻ると焔護を追いかけた。
  最初に集まった場所に戻ってき。
「それじゃここでお別れだな」
「ああ。その、焔護」
「ん。どうした」
「お前に一つ言っておきたい事が……」
「その……今日は色々と、その……」
「その?」
「……あ、ありがとうな」
「え?」
「そ、それじゃ私は帰るからな!」
  逃げるような様子で黒咲はその場を後にした。
  黒咲が見えなくなってから、焔護はフッと小さく笑い出し、同じくその場を後にした。


余談:
「ねぇねぇ焔護さーん!」
「どうした水姫?」
  黒咲と出かけた後の日、水姫が一冊の本を持って焔護のもとに走ってきた。
「見て見て!ここに焔護さんが写ってるよ」
「なに!?」
  水姫の言葉を聞いて奪い取るような感じで本を取り、焔護はページを捲った。
「これは……」
  開かれたページを見て焔護は呆然となった。
  そこに写ってたのは、先日黒咲と一緒に出かけたときの写真だった。
  そして本には、「街中で見かけた美男美女カップル」と堂々と書かれていた。
「いつのまに……というかちゃんと許可をとれよな……」
  もはや呆れ気味の様子で焔護は呟いた。

  焔護が呆れてる同時刻。
「ねぇこれ見てぇ!」
  黄坂がなんだか楽しげに持っていた本を黒咲に見せた。
「なん……な、なっ、なああぁぁ!?」
  本を見た黒咲は絶叫しながら硬直した、理由は焔護と同じ理由だった。
「ななな、なんでこんな写真が!?」
「あれれぇ?もしかしてえんちゃんとデートぉ?」
「い、いや……っ。これは……!」
「綾お姉様……」
  白峰が疑いの眼差しを向けてくる。
「それは、その……あぁっ!焔護ーっ!!」
  どう説明していいかわからず黒咲は混乱し、焔護の名前を思いっきり叫んだ。