■幽門月譚■

唐突だが。
焔護地聖の妹、御剣紫苑は桐生刹那と共に、アクエリアスゲートに
やって来た。その目的は勿論、アクエリアスゲートに
溜まる<陰氣>を祓う事―――ではなく、兄、久遠に会うためである。
いや、名目上は、上記の通り<陰氣>を祓う事なのだが――。

何故紫苑たちがアクエリアスゲートにやってきたのか。
遡ること―――数ヶ月前…




正月を無事迎えられたアクエリアスゲートの面々は、
―――日が出てから初詣に行くことにした。
少しくらいの時間ならアクエリアスゲートを空にしても
残存霊気でゲートの起動状態を維持できる。

とゆー訳で、皆で御剣神社にやってきた。
やってきた、といっても次元座標的にはお隣さんなのだが。

■御剣神社―――境内■

社務所の一角―――倉庫にも似た建物から焔護たちが
出てきた。何もない空間から出てくる為、「普通の人」が
見たら驚く。それを避ける為、建物の一つを移動座標にして
外から見えないようにしたのだ。

「まぁ、そう言う訳で正月といえば、初詣だな。」
「一体どう言う訳かはよく分からんが―――確かにそのとおりだな」
「すぐ近くに神社があるかららくちんだねっ」
「そうですね、水姫さん」



建物から出てきた4人―――言うまでもなく焔護、水姫、澪、沙姫は
周りを見回しながらその建物から出てきた。
境内には結構な数の参拝者が訪れている。神道系かどうかは言いがたいちゃんとした
神社か良くわからないこの神社にも―――
さすが正月といったところで参拝に来ているようだ。
おそらく、ただ神社、というだけで来ているのであろう。

「しかし…凄い人だな。この神社はあまり大きくないが…
 それでもこんなに沢山の参拝者が来るとは…」
「そうですね。―――あ、紫苑さんが」

澪が指し示したほうには忙しそうに動き回る紫苑の姿があった。
いつも通り白と朱の巫女衣装で、その上に千早を着ている。
焔護たちに気づいたようで、駆け寄ってきた。

「兄上、それに皆。来てくれたのか。明けましておめでとう」
「おえでとっ、紫苑ちゃんっ!さっすが巫女姿似あってるねっ!」
「明けましておめでとう、紫苑」
「明けましておめでとうございます、紫苑さん。
 今年もよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。今年もよろしくな」

飛び交う正月の挨拶に、少々苦笑しながら焔護が辺りを見回した。
大勢の参拝客が本堂に向かって列を成している。
その殆どが賽銭を入れて、鈴を鳴らして、という一般的なものだけなので
あまり紫苑の手を煩わさないのだが―――雑事に追われているようだ。

「今年も忙しそうだな、紫苑」
「刹那にも手伝ってもらっているが―――」

指差すほうにはこちらも巫女衣装の刹那がいた。
忙しそうなのだがなんとなく楽しそうに見えるのはなぜだろう。
刹那の周りには、その手伝いをしている胴着姿の屈強な男たちがいた。
桐生道場門下生。
刹那の祖父、そして白峰の師である桐生幻冬斎が師範を務めている
桐生道場の弟子たち。付き合いのある御剣神社の祭事には
こうやって時折借り出されるのだ。修行の一環とか何とか言って。
刹那も焔護たちに気づいて大きく手を振った。
忙しすぎるせいか、焔護たちのほうにはこない。

「祭事が出来るのは咲さんと私だけだからな。
 …兄上が居ないから大変だ」

じと目で焔護を見る紫苑。これには焔護も苦笑するしかない。

「―――睨むな。…しかし、そうだな…。ふむ―――。
 水姫、沙姫、澪。俺は少し神社の祭事を手伝ってくる。
 たまには兄らしいことをしないとな」
「いいのか?兄上…」
【焔護】ああ、そうそう長居は出来ないがな。
    その間にお前たちは参拝なりなんなりしてろ。沙姫、二人を頼むぞ。

頼むぞ、というのは言うまでもなく、護ってくれ、という意味だが―――。

「それは分かったが―――…いや、焔護、私たちも何か手伝える事が
 あったら手伝うぞ」
「そーだよっ、水っぽいなぁ」
「それを言うなら水臭い、だ、水姫」
「―――いいのか、お前たち…」
「はい、勿論です。あまりたいしたことは出来ませんが…
 それで宜しければお使いください」

頼りになる…のかならないのか分からないのが若干名いるが――
と失礼なことを考えながら三人を見る。
まぁそれでも、その気持ちが嬉しい。

「そうか、お前たちの気持ち、ありがたく貰うとしよう」
「そんな―――いいのか?」
「もっちろんだよっ、紫苑ちゃんっ。それにボク、巫女衣装って
 結構好きなんだよね。昔着たことあるんだけどさ」
「そ、そういえばそうでしたね…。あの時は水姫さんがお神酒を飲まれて
 大変だった覚えがありますが―――」
「そんなことがあったのか?ま、まぁ…焔護が用意した衣装を
 着たのだろう?多分普通ではなかったと思うが…」
「え、ええ、まぁ…」

困惑したように返答する澪。確かにあの時は胸元を大きく開けたような
巫女衣装を着せて遊んだな、と思いながら焔護は紫苑に振り返った。

「まぁ、昔の話はおいといて―――、まずは衣装だな」
「ああ、では3人ともこちらに。兄上は自分のは持っているな?
 着替えたら兄上は咲さんのところに行ってくれ。
 別に祭事の説明云々はいらないだろう?」
「いらんな。というかやっていた事だしな」

巫女衣装。


■御剣神社――社殿内 夜■

夜になり―――祈祷関連も全て終わり、境内はいつもの静けさを
取り戻しつつあった。
神社自体を閉めてしまっている訳ではないので
ちらほらと参拝者がやって来てはいるが、紫苑たちの出番は
ひとまず終了していた。
焔護はアクエリアスゲート維持の為、一旦戻り、それから数時間後に
再び御剣神社に戻ってきていた。

「ご苦労様でした、皆様」
「ううんっ、楽しかったよっ!!こういうのって初めてだからさ、すっごい楽しかったっ」
「そうだな」
「――はい。あまり経験できる事ではありませんから…」

微笑を浮かべる三人を見て、紫苑も漸く笑みを見せた。

「そういってもらえると助かるな。
 ―――助けてもらったままでは私も申し訳ないし…
  兄上、私に何か出来る事があったら言ってくれ」
「なかなか殊勝な心がけだな。…丁度頼みたい事もあったしな―――」


―――とまあ、そういう理由で水姫たちの手伝いのお礼として
アクエリアスゲートの手伝いにいくことになった。