「―――ッ。」
「わあッ。耳がキーン…って…」

CTスキャンをされているのが自覚できるような感覚。
「あちら」と「こちら」が完全に違う空間だ。

「次元断層間を移動したからな。中央世界からアクエリアスゲートに来る時も
 こんな感じがしただろ?―――それより、分るか?」

紫苑と刹那が無言で頷く。分るも何も、先ほどと全然違う。
―――瘴気が濃い。
ぬめりつくようなべっとりとした<陰の氣>が充満している。
アクエリアスゲートで感じた神社にも似た清らかな雰囲気など微塵も感じさせない
陰気に汚染された空間。自分たちがいる世界でも―――
ここまで強烈に陰気汚染された地域など無い。こんな濃度の陰気が充満していたら
<これ>に触発されて雑霊までもが活性化してしまうだろう。

「…なるほどな。これが―――兄上が私たちを呼んだ理由か」
「うわー、これゲンナリするね」

異口同音に不快感を示す。焔護に対してではない。
眼前の光景―――ひしめき合う異形のモノの群れを見て、だ。

「このようにー。」

と、どこぞのバスガイドか案内役のお姉さんのように―――
異形のモノの群れを背に向けて、掌で示しながら笑う焔護。

「アクエリアスゲートで弾き…防ぎきれなかった<陰気>がここに収束して、
 具現化しているというわけだ。
 で、これを片っ端から祓う。いつもは沙姫と一緒にやってるんだけどな。
 今日は沙姫の都合が悪くてお前たちに頼んだと言う訳だ」
「ギャシャーー!!!」

焔護の言葉尻を捕らえたかのように、一匹の異形のモノが変な雄叫びを
上げながら焔護に襲い掛かる。
それを回し蹴りの要領で蹴り飛ばして、何事も無かったかのように
紫苑と刹那のほうを向いた。蹴り飛ばされた<ソレ>は床で数回バウンドしながら
キリモミ状態でもみくちゃになりながら地に激突して霧散した。
紫苑も柄に手をかけ、刹那も腰を落として既に
臨戦体勢だったが、とりあえずそれを解いて、焔護と向かい合う。

「…ふッ…水臭いな、兄上。今回と言わず―――いつでも呼べばいい。
 いい修行にもなるしな」

ニヒルに目を瞑って笑う紫苑。いい修行になるとか言うのは完全に建前で、
―――これならいつでもアクエリアスゲートに来ることが出来る、来る口実が
出来る、と思ったのだが。その願いと計算はあっさりと覆された。

「まー、そうもいかんのだ。これは一定周期でしか具現化しない仕組みになってる。
 なんでかっていう理由はとりあえず置いといて、お前たちの力、見せてくれ」

再び、無言で頷く紫苑と刹那。
別に戦闘狂ではないが―――、二人とも口の端をあげた。
これだけの数を相手に、自分が何処まで出来るかを試してみたい、そんな気持ちだ。

「今回はいつもより数が多いが…とりあえずお前たち二人で
 やってみてくれ。やばかったら加勢する」
「おっけーッ!!」
「兄上の出番は無いな」

言葉を発するのと同時に、二人は並んで駆け出した。
紫苑の長く蒼い髪と刹那の一房に束ねた髪が揺れる。
一瞬にして異形の群れの中に飛び込んでいった。
神刀<月読>を抜き放つと清冽な<氣>が迸る。刹那もぐっ、と拳に
力を込めると―――その周囲に霊気が渦巻いた。
それを遠くで眺める焔護。

「―――やはり一週間サボったら…全体的に陰気が凝縮しているな…」

今回のこの大祓いは、いつも相手にしている異形のモノより手ごわい。
本来であれば月読の<氣>の波動だけで消滅する程度のものが
混ざるのだが。
今回は――少しの間―――祓うのを放って置いた。
具体的には一週間に一度祓う所を、二週間溜め込んだのだ。その分陰気の凝縮率が
高くなり、異形のモノの強さも上がっている。
定期的に掃除しないと大変な事になるだろう。
しかし、今回は――実験と言えば実験だ。
本来は沙姫と共に行う予定だったが、前述した通り沙姫の都合がつかずに
紫苑達を呼んだのだが―――。どれほどまでに陰気が収束しているか。
それを多角的に見極めなければならない。
正直な所、沙姫1人に任せて観戦する―――というのは無理があった。
そこまで沙姫は強くない。修行による成長曲線は目を見張るものがあるが、
それでも―――恐らくこの異形の群れには…善戦はするだろうが、
片付けられないだろう。
ちなみに、紫苑はもちろんの事、刹那も沙姫より数段強い。
沙姫が弱いわけではなく、この二人の強さが尋常でないだけだ。
神具を持つ紫苑はもちろんの事、刹那も<鬼>の血族。
ついでに、桐生家には紫苑や焔護の持つ刀と同じ神具、<火之迦具土>がある。
刹那自身まだ神具と契約<リンク>していないので使えないが―――、
完全同調すれば紫苑にも劣らない能力を発揮する。

「はッ!!!」
「―――やあッ!!」
二人の掛け声と、異形のモノの雄叫び、断末魔、そして轟音が響き渡る。
スタッ、と着地して、周囲を見回す刹那。
既に数体の異形の群れを消滅させている。消滅しかかった残骸を見て、呟く。

「なんか結構強いね。」
「―――そうだな。一体一体が強力だ。」

改めて互いに背中合わせになりながら剣と拳を構える。
少し―――息が上がっている。
普通ならここまで敵の数が多い事は無いし、こんなに強い訳ではない。
だが、眼前の敵は確実に強い。
否応なくレベルアップするようなそんな感じ。だが、気を抜くと―――
一気にヤバくなる。

「それでも結構がんばっているな、あいつら。」

思わず感嘆のため息を漏らす焔護。単純計算して、いつも相手している
敵の―――物量2.5倍、能力2.5倍だ。大雑把な計算だが。
苦戦しながらも確実に屠っている。

「お、これは」

強烈な<氣>の奔流が二人を包み込みながらうず高く巻き上がっていく。
低い天井―――それでも2〜30mはある無機質な天蓋にまで届きそうな勢いだ。
それが絡み合い―――暴れ狂う。

「――刹那ッ!」
「うんッ、紫苑!」

互いの<氣>の共鳴により相生相克を引き起こして放つ合体奥義。

「「必殺!―――臥龍月翔穿!!!」」

紫苑が神刀・月読を唐竹型に振り下ろす。それと同時に刹那も正拳突の
要領で拳を繰り出した。
爆音とともに、吹き飛ぶ異形のモノ。その威力は一直線上にいた
敵を跡形もなく消滅させた。

「絶好調ッ!」
「そうだな」

二分された残存する異形のモノに向かって駆け出す。
残軍を殲滅し、焔護のところに戻ってくる二人。さすがに疲労の色は
隠せないが―――、それでもしっかりとした足つきだ。

「ご苦労さん。どうだった、感想は」

手渡されたスポーツタオルを受け取って―――、額に滲んだ汗をふき取る紫苑。
刹那も手渡されたスポーツ飲料を受け取って礼を言いながら
一気に飲み干した。

「兄上…いつもあんなことをやっているのか?」
「いつも…ではないがな。たまに戦わないと腕がなまってしまうしな」
「だけどいつもあんなに強い相手と戦ってるの?すっごいなあ。
 正直、ボクやばかったよッ。あっははッ。」

本当にやばかったのか、と疑わせるくらい溌剌とした元気な声をあげる刹那。
そんな刹那の頭をぽんぽんと軽くなぜる。

「いやいや、お前たちもたいしたものだ。とりあえず、今回のお前たちの
 仕事はこれで終わりだ。アクエリアスゲートには温泉があるから
 ゆっくり疲れを癒して来い。」
「へえ、温泉あるの!?いいねッ。いこ、紫苑ッ!!」
「だ、だが―――着替えが…」
「衣装の事は心配するな。ちゃんと用意してあるから。
 脱いだ服は籠に入れといてくれれば澪が洗濯してくれる。」

なんで用意してあるんだ?と疑問に思いながら…それでも頷く紫苑。
刹那は全然疑問に思っていないようだが。