第一話 発端

■アクエリアスゲート―――朝■




【焔護】水姫、澪、起きてるか?

焔護が管理室から二人を呼んだ。


管理室――アクエリアスゲートのコントロールをすべて集約している焔護の仕事場だ。
仕事といっても、外部からの侵入を防ぐ防護壁を展開するぐらいで、
特にこれと言ってすることは無い。
ただ、その防護壁展開起動の為に膨大な霊力<精神エネルギー>を必要とし、
その為に焔護がいる。
とは言うものの、起動時に霊力を注入するだけで、
あとはゲート機能をアクティブにしておけば、やっぱり他にすることは無い。

時々面倒な作業があるが、焔護にしてみれば文字通り朝飯前のことだ。



程なくしていつもどおりの軽装の水姫とメイド服の澪が管理室にやってきた。

【水姫】おっはよーっ!
【澪】おはようございます、焔護さん。
【焔護】ああ。ふたりともおはよう。

焔護は二人を背にし、コントロールパネルを叩いた。
アクエリアスゲートのコントロールをオートドライブに設定する。


【澪】あれ…。いつもと違う設定ですか?

澪が画面を見つめながらふと気づいた。

【焔護】よく気づいたな。
【澪】い、いえ、なんとなくですけど…。
【水姫】へぇ〜。ってことは焔護さん、ひょっとしてお出かけ?

焔護はくるりと椅子を回して二人に向き合った。正直なところ、焔護は驚いた。
澪の観察眼と意外に洞察力のある水姫。
まぁ、水姫の場合は直感的なものが多いが、そう的外れでない。
水姫は気まぐれなところがあるのでゲート管理用の簡単な操作も任せられないが…。
そもそも、ゲート管理を一般人にさせるという事は
小学生にジェット機を運転させるようなものだから任せる任せないの話ではないのだが。

【焔護】――――よく分かったな、二人とも。
【澪】設定がいつもと違ってましたし…。
【水姫】そーだね。ってことは何かあるのかな〜って思ってさ。

ああ…と呟きながら焔護が椅子から立ち上がった。

【焔護】明日なんだけどな、
    ちょっと<中央世界>まで出張するんだが…―――
【澪】中央世界、ですか…。
【水姫】何しに行くの?
【焔護】うーん、説明すると面倒なんだがな…。

腕を組んで考えるそぶりをする焔護に水姫が抱きつく。

【水姫】えーっ!!知りたい知りたいーー!!教えてっ!秘密なことなのっ?
    ボクたちには内緒の事なのっ?駄目なの?
    しりたーいっ!しりたいしりたいっ!
【焔護】こら、ワシの腕にぶら下がるな!ぐるぐる回るなっ!踊るな!
    …まったく、子供かお前は。
【水姫】ちがうもーん、おとなだもーん。
【焔護】どこがだ。
【水姫】どこ…って言われても…うーん、こことか。

がばーっと服をめくりあげる。

【澪】////////////
   (そっ、サービス精神旺盛過ぎです…っ)

形のいい胸がぽろりとこぼれる。水姫が動くたびにぷるるんっ、と揺れた。

【水姫】ほら、十分おと――――
【焔護】こらーーーっ!!簡単に見せるんじゃないっ!!

慌てて焔護が水姫の服をずり下げた。
まぁ、誰が見ているわけでもないが。

【水姫】だってさぁ〜
【焔護】だって、じゃないっ!しかもお前下着はどうしたっ!
【水姫】きついんだよね、最近。またおっきくなっちゃったのかなー?

服の上から自分の胸を持ち上げて水姫が呟く。

【澪】あううっ/////
【焔護】あーもう、わかったから。カタログ渡すから好きなやつにチェックしておけ。
【水姫】ホントッ!?やぁったー!!澪ちゃんもいいかなっ?

やれやれ、とった表情で焔護が頷く。
アクエリアスゲートにあるものはほとんど焔護が作り出している。
物質の構成が分かれば、アクエリアスゲート内にいる限り大体のものは作り出せるのだ。
水姫と澪はいわばカタログショッピングのような要領で物欲を満たしている。
ただ、食べ物などは作り出しても味の保証ができない。
なので、澪が食事を作ることになっている。

【水姫】よかったねっ、澪ちゃんっ。

暫く呆然と二人の会話を聞いていた…というか、完全に傍観者になっていた
澪がようやく口を開いた。

【澪】あ、ありがとうございます…。

そしてうつむき加減になり、上目遣いで焔護を見た。

【澪】あ、あの、ですが…お話が本来の趣旨からずれてきているように思えるのですが…。
【水姫】あ、ホントだ。
【焔護】ふう…、やれやれ、だな。
     水姫、どこでもそんなことするんじゃないぞ。
【水姫】わかってるよっ。やるのは焔護さんの前だけだもーんっ。
     ―――ねっ。

ウインクする水姫を横目に、
焔護は、ひとつ咳払いをして改めて口を開いた。

【焔護】そもそも、このアクエリアスゲートは<中央世界>に侵入する異物を
     防ぐためにある、という話はしたな。
【水姫】うん、玉ねぎ状に…えっと、何だっけ?
【澪】中心部分(中央世界)を守る為に玉ねぎの皮のように十二重の防護壁が
   覆っている、ということでしたが…。

わあ、よく覚えてるねっ、という仕草で水姫が澪を見る。

【焔護】そう、ゲートとは中心部分の世界を守る為の存在だ。
     まーいわゆる空間結界だな。    
     その各ゲート管理者が一堂に集まって会議をする、
     というのが今回の出張の理由だ。      
     ひょっとすると数日かかるかもしれないし数時間で終わるかもしれない。

今回の召集の内容が、以前起こった事件<黒姫抄>によって
ゲート管理者の半数が殺害されゲート自体も半数機能しなくなった。
そのことによる影響について、今後の対応策を練るための会議である事は伏せた。
なぜなら、水姫も澪も間接的であれ、関っている事だったからだ。
水姫も澪も、各ゲートを襲撃した<次元移動組織プレアデス>の構成員だったのだ。
尤も、謂わば<操作されていた>ような状態であった為、記憶も何も
残っては居ないのだが―――。

【焔護】まぁ、そんな理由でちょっとゲートを留守にする。
     留守番をよろしく頼むぞ。

焔護がいうと、水姫と澪の表情が曇った。

【水姫】えー…やだよ、一緒に行きたいよっ。
【澪】私も…。
【焔護】こらこら、遊びじゃないんだぞ?
【水姫】分かってるよっ。でも、一緒に行きたいんだ。
    テレビで見るばっかりでよく知らないから中央世界ってどんなところか見てみたいしねっ。
【澪】私も水姫さんと同じ意見です…。お願いします、連れて行ってください…っ。
【焔護】(もともと二人とも中央世界に居たのだがな…)
     (記憶をなくして再びもとの世界に足を踏み入れることになろうとは…皮肉なものだ。)

ちなみに、中央世界とは次元的に隔絶したアクエリアスゲートでの
テレビの電波受信には<霊子>の共鳴作用を利用したゼロポイントフィールドが
どーたらこーたらの原理で、見れるのだ。詳しくは、突っ込まない。
つっこまないのだ。

―――やれやれ、といった表情で、二人の嘆願を聞き入れることになった。
お願いされると弱い。

【焔護】問題は、<対存在>…か。ここまで変質が進めば最早問題は無いとは思うが…。
     同一を果たせばそれはそれでいいのかも知れんな。

焔護は一人ごちた。