第二話 彷徨

焔護、水姫、澪の三人はアクエリアスゲートの無限回廊の前にいた。
無限回廊とはアクエリアスゲートとは違う<次元>に渡る為の通路だ。
行き先の座標を入力設定する。

【水姫】中央世界なんて初めてだから楽しみだねっ。
【澪】そうですね、水姫さん。

焔護は複雑な気分だ。

【焔護】何度もいうが遊びに行くんじゃないんだぞ?分かってるのか?
【水姫】分かってるよっ。でも、ボクたちは焔護さんが会議してるところには
    居れないんでしょ? その間にちょっと街を見学してくるよ。

やれやれ、といった仕草を見せ、無限回廊を起動させる。
眼前の扉が開き、虚数空間に物質界法則に従って通路が形成される。

【焔護】行くぞ。はぐれずについて来いよ。
     次元の狭間に落ちたら大変なことになってしまうからな。
     永遠に暗闇の中で時を過ござなければならないかも知れない。
【水姫】はーいっ。気をつけまーすっ。
【澪】はい。

無限回廊…と大層な名前が付いているが、普通の通り道だ。
焔護に続いて、水姫が闇の中に足を踏み入れる。

【水姫】―――っ!?
【澪】水姫さん、どうし―――んっ。
【焔護】少し耳鳴りがしただろう?大丈夫か?
【水姫】う、うん、もう大丈夫だよっ。でも、なんで耳鳴りするの?
【焔護】違う<次元>に入ったからだな。
     ここはすでにアクエリアスゲートではない。ま、中央世界でもないがな。
     ちょうど次元の狭間…にある通路みたいなものだ。
     さっき言ったとおり、この<通路>からはぐれてしまうと―――
【水姫】分かってるよっ。ちゃんと澪ちゃんと手をつないでいるからダイジョブ!
【澪】は、はい…。
     (水姫さんの手、柔らかい…。)


通路を進んでいくと、出口があった。逆光で出口の先は全く見えない。
その、<光の出口>をくぐる。

【水姫】うわっ、眩し――――

目が慣れてくると、無限回廊から出た場所がこじんまりした無機質な部屋だった。
きょろきょろと水姫が辺りを見回す。

【水姫】ねえねえ、焔護さん、ここが中央世界?
【焔護】そうだ。無限回廊を通って中央世界に着いた。
    まぁ、アクエリアスゲートと何が違うかというとあまり違いが無いんだけどな。

いいながら、向かい側にあるドアを開ける。
実際、物理法則もさほど変わらない。
強いて言うなら焔護が「管理者マジック!!」とかいってむちゃくちゃなことが
出来ないくらいだ。…まぁ、中央世界の「管理者」でないから当然なのだが…。

【澪】み、水姫さん、見てください…。

水姫が振り返ると、無限回廊があったと思われる場所は、
扉の大きさをした黒い闇だった。全く光が無い。

【水姫】うわー、ボクたちこんな真っ暗なところ通ってきたんだっ。
【澪】そうですね…。
【焔護】ま、暗いのには変わりは無いが…時空間が異なるから
    その見た目どおり、という訳ではないぞ。
【澪】表面に見えているものが無限回廊そのものではないということですか…。
【水姫】ふーん、この黒い空間の向こうは全然違う場所なんだね。
     なんだか壁に黒い紙を貼り付けているだけに見えるね。

暗闇に手を伸ばすと、ぺた、と付く。壁に手を付けた様な感じだ。

【水姫】あ、あれ?手が入らないよ?
    これじゃあもう無限回廊に入れないんじゃないの?
【焔護】無限回廊を閉じたんだ。
    ちゃんと帰りには接続して帰れるようにするから心配要らない。
    ―――さぁ、行くぞ。

無機質な部屋から出ると、ビルの中だった。出てきた部屋を見ると、
ドアがなくなっている。壁だ。
「ドア」を開けて部屋から出てきたのに、「ドア」がない。

【澪】これは…?
【焔護】空間を直結する為の部屋だからな。部外者…特に
    普通の人間に見つかるとまずいだろ?大量の偽装空間データを
    利用してバレにくくしているんだ。
【水姫】ほえぇ?
【焔護】分からなかったらいい―――。いくぞ。
【水姫】うんっ。

ビルを出て歩道を歩く。5分くらい歩いて、別のビルの前についた。
10階建てほどある、ビルだ。
近くにあるビルに比べて、ずいぶんとこじんまりしている。
というより、ひっそりと、その存在を隠すように立っていた。

【水姫】このビル?
【焔護】ああ。
【水姫】なんか思ったよりちっさいよーな気がするなあ…。
【焔護】それじゃあ、ワシは会議に出るから、その辺をぶらついてくるといい。
    そうだな…とりあえず、会議が終わらなくても
    1時間くらいで出てくるからそれまでには戻ってくるように。
【水姫】わかったよっ。
【澪】はい、焔護さん。
【焔護】知らない人がお菓子を買ってあげるから、っていってもついていくなよ?
【水姫】わかってるってば。
【焔護】―――ああ、これ渡しておこう。
    気に入ったものが合ったら買えばいい。まぁ、一応無駄遣いするなよ?

札が入った財布を澪に渡す。

【澪】はい、確かにお預かりしました。
【水姫】あっ、ボクにもっ!
【焔護】二人でひとつ!
【水姫】ちぇー。
【焔護】ちぇー、じゃない。そもそも、その財布にも結構入ってるんだぞ?
     澪、ちゃんと管理しているんだぞ。変なもの買わないようにな。
【澪】はい。

にっこり微笑む澪。それを確認してから、

【焔護】―――では、またあとでな。

焔護はビルの中に消えていった。

【水姫】んも〜、焔護さんったらボクのこと子ども扱いしてさっ。
【澪】ふふっ。それだけ水姫さんのことが大事なんですよ。
【水姫】もうっ、澪ちゃんもだよっ!
    ――さって、遊びに行こうよ、澪ちゃんっ!!
【澪】そうですね。

二人でビル群を抜け、大通りに出ると多くの人たちが行きかっている。
まさに都会の喧騒、というやつだ。

【水姫】へぇ〜、中央世界って賑やかだねっ、澪ちゃん!!
【澪】ええ…凄いです。

水姫は辺りを見回しながらはしゃいだ。
アクエリアスゲートには無い高層ビル群や、人ごみ、車など
初めて目の当たりにする雑多なものに目移りしていた。澪にしても同じだ。
色々な情報からこういったものがあることを知ってはいたが、実物をみるのは初めてだ。
そもそも、アクエリアスゲートに雑多な音はない。
自然の流す音―――風のざわめき、小川のせせらぎ、波の音―――
そういったアルファ波バリバリの最高な環境なのだ。
人工的な音と言えば、三人が立てる音くらいのものだ。だから、排気ガスでもすっごく新鮮。

【澪】…あれ…?

歩道橋をわたっている時――――澪が呟いた。

【水姫】どしたの、澪ちゃん?
【澪】いえ、…あの、あれなんでしょうか?

澪が空を指差した。

【水姫】―――?
     え?なに?空がどしたの?
【澪】え…水姫さん、あれ…見えないんですか…?

澪には天空から伸び降りる細い赤い糸のようなものが見えている。
ビルとビルの間にある一本だけではない。
よくよく全体をみると太いのやら細いのやら―――
赤い糸状に天から地へ何かが垂れ下がっているように見えた。

【澪】何かが…降ってる…?

何か奇妙な感覚。空から伸びる一本の赤い線。アクエリアスゲートでは見た事がない。
ただそれだけでなく―――なにか、不安にさせるような赤い線だ。

【水姫】ねえねえ、そんなことよりさ、あれなんだろっ?
     うわー、おっきいよ!うはっ!!光った!すごいっ!!
  おおっ、絵が、絵が変わったよ!あれって電光掲示板…だっけ?
      あれってお昼の番組だよっ!ねぇ、あれみたことあるよねっ!
     ちょっといってみようよっ!うはー!

そんな不安を抱えた澪とは対照的にいろいろ見てはしゃぐ水姫。
だだだーっと歩道橋を駆け下りていく。

【澪】ちょっ、水姫さん、待ってくださ―――きゃっ!!

押し寄せる人の波。波。波。

【澪】…み、水姫さんっ!?

必死に水姫を追いかける澪。
だが、水姫と澪はスクランブル交差点の人ごみで、―――はぐれた。