第三話 邂逅  水姫編――閃光

【水姫】ふあ〜、すっごい大勢の人だな〜。ねえ澪ちゃん?

水姫が振り返ると、澪の姿が無い。
きょろきょろ辺りを見回すが、どこにもいない。いない。

【水姫】あれれ?どこいっちゃったんだろ?
     おおーい澪ちゃーん!!

てくてく歩きながら探す。

【水姫】澪ちゃーんっ。

どんどん歩く。

【水姫】ううーん、澪ちゃん、迷子になったみたいだねっ。
    ボクがしっかりしてなきゃ。

迷子になったのは完全に水姫のほうだ。なんと都合のいい考え方か。
―――あたりが薄暗い。
都会の喧騒からも離れてしまっていた。
澪を探しながらどんどん歩き回っているうちに、
いつの間にか裏路地のほうに迷い込んでしまっていたのだ。

【水姫】あ、あれ?ここ、どこ?

辺りを見回すがもとより知った土地ではないのでさっぱりだ。
ついでに、方向感覚も怪しい。
いや、怪しいというより、水姫は方向音痴だ。
迷っている。
完全に迷っている。
暗い路地裏を進めば進むほどもといたところに戻れなくなっていく。
それでもとりあえず進んでいく水姫。
そういう性格だ。

と、気づけば、路地の行き止まりまで来ていた。
薄暗い。
変に…静かだ。
―――ふと、異様な匂いを感じた。
鉄のような…
ひょい、と物陰を覗くと――――

【水姫】――――っ!?

死体、があった。
いや、それがヒトのものであることに気が付くまで…数秒かかる程だ。
それは、もはや、ヒト、と呼べるものではなく。
手、足、臓器、大量の血、それらがぶちまけられた様に、散乱していた。

その中に、蠢くものが――――
赤い瞳の、ヒトとは形容しがたいその<モノ>が
水姫を視認した。

動けない。

ぐちゃぐちゃ…と、バラバラになった死体を貪っている。
人間…のようなものが、死体のようなものを喰っている――――。

動けない。

【水姫】た、食べ―――!?

ゆらりとその<モノ>が立ち上がる。
よく見ると、一人…(?)ではない。数人が幽鬼のごとく立ち上がった。
すべての瞳が虚ろに水姫を見る。
それは、すでに、水姫を。

【水姫】あ…ぁ…ぅ

声が出ない。

―――恐怖。

さすがに能天気な水姫もびびった。びびったどころの話ではない。

足が震えて動かない。

水姫はその得体の知れない<モノ>に恐怖した。
捕食されるものとするもの。
勿論この場合は言うまでも無く水姫が食べられるというコトで。


それはすでに水姫を――――食料としてみていた。


水姫は驚愕した。
徐々にその人間のようなものが変容していく。男の開いた口が、耳まで裂ける。
苦痛はまったくないようで、にたり…と笑った。
犬歯が異様に伸びた口が大きく開いた。ぼたぼた…と涎が落ちる。
気がつけば、水姫を取り囲んでいた全員が異形の姿に変わっていた。
耳が異様に伸びているもの、腕が地面に付くぐらいに長くなっているもの、
瞳孔が変な色になっているもの角が出てるもの皮膚が裂けて中からくろいえきたいが
したたりおちているものせなかにくろいはねがはえているものあかいひとみが―――
けもののような―――



【水姫】な、…あっ…
【異形のモノ】おんな…おんなだ…
【別の異形のモノ】…喰゛わせろ…
【別の異形のモノ】ゥウウゥウウウゥゥ…
【水姫】し――――喋ったっ!?

そっちに驚くのか?そんなリアクションを見せる水姫。

咆哮があたりを振動させる。
ほわほわした話から一気になんかぐちゃぐちゃ系の話になってきた。

【異形の男】ぐおおおおおおおおおおおお!!!!

叫び声の最後は獣のうなり声に変わった。
大口を開けて水姫に襲い掛かる。

【水姫】―――――っっ!!!

咄嗟にしゃがみこむと異形の男はビルの壁に激突した。
顔面がコンクリートにめり込む。

【水姫】うあ、痛そう…

大丈夫?と声をかけようとした時、(この辺が能天気)
コンクリートから顔を引き抜いた異形の男が血だらけの顔だけを水姫に向けた。
鼻は潰れ、口からは折れた歯が数本こぼれ落ちる。
だがその歯に変わって鋭い牙が瞬時に生え出る。

【水姫】うを…、ばいおはざーど?

言うまでも無くバイオハザードではない。
化学薬品工場や生物兵器を作っている実験施設もないし、
勿論アンブレ○もない。

【異形の男】ぐおおおお!!!!
 【水姫】うああっ!

―――瞬間。
風を切るような音が聞こえた。

―――異形のものが叫び声をあげた瞬間、小気味のいい音とともに
その異形の男の頭がはじけた。

【水姫】―――っ!?

よく見ると、金属の棒のようなものが刺さっていた。

――刀だ。

刀が刺さった異形の男はそのまま空中で霧散して体ごと消えた。
カッ、と地面に刺さる。

水姫にはこの刀に見覚えがあった。
アクエリアスゲートにあった刀とよく似ていた。そう、―――焔護の持つ「霊刀・天照」に。
ただ違うのは刀身が薄い蒼色に覆われている。
アクエリアスゲートにあったのは薄い紅色だ。

だが、似ている。
何が…とは形容しがたいが、醸し出す雰囲気が酷似しているのだ。

【水姫】この刀って…えん――――

【凛とした女の声】―――そこまでだ。

異形の者達が声のするほうを向いた。水姫もつられて見る。
青く長い髪がたなびく少女がいた。
凄惨な死の現場ににつかわない、美しい青い、長髪。整った体躯に制服を纏っている。
―――まぁ、水姫も場にそぐわないのだが。

【青い髪の少女】この街はやけに瘴気が濃いと思ったら―――。
          …人間を依り代にして具現化したのか。

少女の鋭い双眸が異形のモノたちを一瞥する。

【異形のモノ】くくくっ、お前も喰ってやろうか?

少女の言葉をあざ笑うかのように、一人の異形の男が答えた。
そんな嘲笑にも動じない青い髪の少女。

【青い髪の少女】雑魚が。
【異形のモノ】―――!!
【異形のモノ】グオオオオオオオオ!!!!!!

その言葉に激昂した一人が少女に飛び掛る。
だが、いつの間にかその手に戻っていた刀で瞬時にして斬り伏せられた。
一刀両断された断面から輝く粒子状に霧散する。

【青い髪の少女】この程度か。
          つまらんな。運動にもならん。

目を瞑り、首を横に振る。
それを見た残る異形の者達が一斉に少女に飛び掛るのと同時に
少女の怜悧な双眸が異形のモノを射抜く。

【異形の者達】SYAAAAAAAAA!!!
【青い髪の少女】ふッ…いい度胸だ―――封神の剣技、見せてやろう。

少女が跳んだ。
異形のモノたちの波状攻撃を舞うように避け、そして斬撃を放つ。
襲い掛かる爪を刀で受け流し、すれ違いざまに<氣>を孕んだ刀で斬りつける。
陽炎のように揺らめいたかと思うと、異形のものが一刀両断にされる。

【青い髪の少女】―――はぁッ!!

裂帛の気合と共に唐竹型に振り下ろされた刀の切先から凄烈な<氣>の塊が放たれる。
斬撃の衝撃波となった<氣>の波動が異形のモノを屠る。

【異形のモノたち】UGOOOOOO!!!!
【青い髪の少女】遅い。

少女の技の流閃に次々と屠られる異形のモノ。
頭が割れ、消滅する。腹を切り裂かれ、臓物が出る前に、消滅する。
腕が飛ぶ瞬間に、消滅する。

【水姫】うわー…。

目の前の光景に呆然となる水姫。
ものの数秒で、水姫を襲ってきた異形のものたちが消滅した。



―――キン、と刀を振り、鞘に収めると少女のものと思われる縦長のバッグに
刀をしまいこんだ。それを肩で担ぐと
青い髪の少女は水姫の身を案ずるように近づいてきた。
静謐なその顔は先程の激しい戦闘をまったく思わせない優雅な表情だ。

【青い髪の少女】―――大丈夫か?

へたり込んだ水姫に手を差し伸べる。
その手をとって立ち上がった。

【水姫】あ、…うん。ボクは大丈夫…。ありがとっ。
【青い髪の少女】ふッ、礼には及ばん。
【水姫】あ、あのさ、さっきの人たち、死んじゃったの?
     なんか変な形になる前、人間だったよ?
【青い髪の少女】そうだな…もともと陰の氣が人間を模して物質化したものだ。
          人そのものではない。     
【水姫】そ、そうなんだ。(難しくてよくわかんないや)
     で、でも、さっき…さっきの変な生き物に食べられちゃった人たちも…

凄惨な光景を思い出して水姫は少し身震いした。

【青い髪の少女】おそらく、それは共食いだな。
          具現化しそこなった陰気の塊を糧にしたのだろう。
【水姫】…じゃ、じゃあだれも死んでないの?
【青い髪の少女】ああ。君が心配する事はない。
          しかし…こんな人気の無い路地裏になぜいるんだ?危険だぞ?
          これだけ瘴気が漂う中で正気を保てるのも驚きだが…。

瘴気と正気、特に駄洒落ている訳ではない。

【水姫】うぅーん、いたくているんじゃないよっ。道に迷っちゃって。
     友達とはぐれちゃって探してるうちにこんなとこまで来ちゃったんだ。
【青い髪の少女】―――そうか。
          ならせめて人気のあるところまで送ってやろう。
          いずれにせよ、ここは女の子には危険なところだ。
【水姫】ホントッ?ありがとっ!!ボク困ってたんだ…。

水姫の言葉に少し微笑む青い髪の少女。

【水姫】あれ?ボクなんか変なコト言っちゃったかな?
【青い髪の少女】ああ、いや、すまない。
          私の友人にも自身のことを<ボク>というのがいてな。
【水姫】そうなんだっ!ボクもあってみたいなあ…。
【青い髪の少女】ふっ。―――それじゃ、行こうか。
【水姫】うんっ。

二人は路地裏から抜け出し、大通りに向かった。




【水姫】あっ、ここ、はじめに来たとこだ…

と、前方から澪の姿が見えた。

【水姫】あーっ!!おーいっ!!!おーーいっ!!

雑踏の中に澪の姿が見えた。メイド服だから目立つ。
さっきは思いっきり見失っていたが。

【青い髪の少女】知り合いか?
【水姫】うんっ、さっき言ってた友達なんだっ!!!よかったー。
     ありがとうっ!お蔭で遇えることが出来たよっ。
【青い髪の少女】そうか。よかったな。
          ―――では私はこれで。
【水姫】ありがとうっ!!!

青い髪の少女は軽く手を上げて人ごみに消えていった。