第三話 邂逅 澪編――侵蝕



【澪】あうううっ、水姫さん、一体何処行っちゃったんだろ…。

探す当ても無く、一人佇む澪。
そんな澪に変態の匂いをかぐわせる中年男が近づいてきた。
今まで「メイド喫茶の方ですか?」とかそんな質問で近づいてきた人間とは
異質の―――形容しがたい異様な雰囲気を持った男だ。

【中年男】お嬢ちゃん、一人かね?
【澪】えっ…

ぞくり、と悪寒が走る。

【澪】あ、あの、人を、人を待っています…
【中年男】ひひひっ、わしと一緒にこんかね?おいしいものを食べさせてあげるよ?
      くくっ、くくくっ。

いいながら澪の肩をつかむ。
誘い文句がよく分からない。とにかく、親父な台詞だ。
澪にかける手にぐっと力が篭る。

【澪】やっ、止めてくださいっ…!
【中年男】くくくっ!!いいじゃないか!!この私が誘っているのだぞ?くくっ。

どの「私」か知らないが。

【澪】やっ!いやっ!嫌ですっ!!

まるで、捕まれた腕から自分の体か浸食されていく感覚。
呼吸が乱れる。
鼓動が早くなる。
動悸が激しくなる。
脳が警鐘を鳴らすかの如く、頭痛がする。
駄目。
危険。
――怖い。

【澪】いやっ、―――はあっ、はあっ、はっ…!!
【中年男】くくっ。

過呼吸にも似た呼吸困難。
瞳に涙が滲む。
―――恐怖。

【澪】(怖い…!怖いっ!!!)

ただの恐怖じゃない。―――壊される。

【澪】(い…いや…っ、た、助けて…っ、焔護さん…!)

清らかな水に墨汁を流し込まれたような感じ。
正気さえ奪われるような感じ。
すべてを塗り替えられるような、そんな感じ――――

【澪】(このままじゃ――――)

        漂 流        精神 崩  壊      監禁 
   混乱     弄      
         死        暗   闇     死
   ―――― 私 ガ  サ レ ル ―――――
          死        滅       殺
    汚 染   記 憶     廃  棄     用 済
  汚サレ ル    陵  痕       死
               辱    髪        切
      死    黒          汚   辱    姦 淫

【澪】ぁ…っ

澪の瞳から生気が失せていく。
がくり、とひざが崩れる―――。

こんなに異様な光景に――――通行人は気が付いていない。

【澪】…っ…。…。

かすかに、ガラスの割れるような音が聞こえたような気がした。

【中年男】ひひひひひっ、
      ――――ひぎゃっ!?

突然中年男が呻いた。そしてかかる威勢のいい声。


【活発な少女の声】やめなよッ!!
            その子嫌がってるじゃないかッ!!

短髪に見えるが、後ろに一房の長い髪をくくった、見た目も活発そうな少女が立っていた。
制服の袖を腕まくりしている。
瞳はまるで炎を宿したような強い意思を持った輝きを放つ。
まーとにかくえらい勢いで睨んでいる。少女というか少年っぽい感じだ。

その活発な少女が中年男の腕を後ろでに捻り上げていた。
ぎしぎしと中年男の関節が悲鳴を上げている。

【中年男】あでででででででひひぴっ!!!

澪を掴んでいた手が外れる。

【澪】―――はあっっ、はあっ…!!…あっ…。かは…

がくっ、とその場にへたり込む澪。息の乱れが止まらない。
涙がとめどなくあふれ、流れる。
自信を支える腕すら未だ震えが止まらない。

【活発な少女】これ以上その子に手を出すなら
        もっと痛い目に遇わせてあげるよッ!!

案外物騒なことを言う少女。だが中年男もひるまない。逆に食って掛かる。

【中年男】ひひっ、そんなことをしても無駄だぞ!
【活発な少女】…笑えなくしてあげよっか?ボクが本気でやったら殴ったら
        一週間はちゃんとご飯食べることができなくなるよ?

更に物騒なことを言う少女。

【中年男】なんならお嬢ちゃんがかわりに――
【活発な少女】自分で自分の胃って見た事ないでしょ?
         やったげよっかッ!?

いや、まぁ…どうやって胃を取り出すのかはよく分からないが――――
とにかく、その言葉に中年男は捨て台詞とともにそそくさと退散して行った。
その後姿に、べー、とやってから、澪に駆け寄る。
メイド服の澪は目立つので、活発な少女はそのまま物陰まで澪を運んだ。

【活発な少女】キミ、大丈夫?
         なんかすっごい調子悪そうだけど…ッ。

へたり込んだ澪の肩に優しく手を置く。
置かれた手から何か暖かい感じがする―――。

何とか震える体と呼吸を整え、澪がゆっくりと立ち上がった。

【澪】あ、ありがとうございます…もう大丈夫です…。
   おかげで助かりました…。

弱弱しく微笑む澪。
ちょっと活発な少女もきゅーんときた。

【活発な少女】よかったッ。
         でも一体どうしたの?こんなところでそんな目立つ格好して?
         なんかのコスプレ?

コスプレ…という言葉がピンと来ない澪。
澪の格好はアクエリアスゲートにいるときと同じメイド服だった。
そういえば、さっきも街中で水姫とはぐれたときに
「めいどきっさのかたですか?」
とか
「こすぷれ?」
という質問が多くあったのを思い出した。澪は意味が分からないので、
いいえ違いますっ、とその場から逃げていたのだった。


【澪】えっ…と…。
【活発な少女】あ、ゴメンゴメン、色々事情があるんだねッ。
【澪】いえ…私も始めてここに来たもので…その上友達とはぐれちゃって
   それで迷子になっちゃって…なんだか怖い人に声かけられて――――

どんどん話すトーンが小さく低くなる。

【活発な少女】あわわッ!
         えっと、ボクでよかったら分かるところまで送ってってあげるよッ?
【澪】ほ、本当ですか?
【活発な少女】ウンッ、ボクに任せてッ。
【澪】ふふっ、ありがとうございます。
【活発な少女】ん?どしたの?

少し表情の柔らかくなった澪に少女が尋ねる。

【澪】いえ、私の友達も、ご自分のことを<ボク>って仰るので、
  つい…ごめんなさい。
【活発な少女】へェ〜。ボクが言うのもなんだけど、珍しいねッ。
【澪】ふふっ。
【活発な少女】―――じゃいこっかッ。
【澪】はい。お願いします…。



【活発な少女】ここまできたらわかるかなあ?
【澪】あ、はい、ここなら分かります。ありがとうございました。―――あっ!!
【活発な少女】どしたの?
【澪】はぐれた友人がいました!
【活発な少女】えへへッ、よかったねッ。
【澪】はい、本当にありがとうございましたっ。

深々と頭を下げて礼を言う澪。

【活発な少女】ううん、気にしないでッ。困った時は助け合わないとねッ。
         ―――それじゃ、ボクはこれで。

活発な少女は人ごみの中に消えていった。