第五話 対存在

【澪】く、黒咲さん…。

怪訝な顔をした黒咲が立っていた。

【黒咲】やはりお前たちか。こんなところで何をしているんだ?
     …というより、どうした?
【水姫】う、ううん、ちょっと耳鳴りがしちゃって…。
     もう大丈夫だよっ。

すっ、と立ち上がる水姫。

【黒咲】ならいいんだが…。お前達焔護と一緒に来たのか?
     二人だけで来るはず無い―――な。
【水姫】うん、なんか会議があるとか何とかで、一緒にきたんだけど…
     焔護さんなかなかでてこなくて。

辺りをきょろきょろ見回しながら呟く。
焔護がビルに入ってから既に一時間以上たっていた。

【黒咲】そうか。だがもう少し待たねばならんだろう。
    まだ会議も終わっていないようだからな。
【水姫】そ、そうな――――。んっ…。

水姫が苦痛にゆがんだ表情を見せた。澪を盗み見ると、
やはりつらいの我慢している様子だ。
黒咲は自分の時計を見ると、うん、と一つ頷いた。

【黒咲】私も自分の用事までまだ少し時間がある。
     その辺りで休んでいかないか?
【澪】えっ…でも。

すこしふらつきながら澪が立ち上がるのを、水姫が支えた。

【黒咲】何があったかは知らんが、その様子で大丈夫だといわれても
     説得力がない。…ついてこれるか?

観念したように澪が頷いた。水姫も同じように頷く。

【黒咲】―――よし…では行こう。


■カフェテリア■

野外に設置されたテーブルに、注文したコーヒーが3つ運ばれてきた。
それに優雅に口をつけ飲む黒咲。
水姫は運ばれてきたコーヒーにクリームと大量の砂糖を投入し、一心不乱にかき混ぜている。
澪は、ミルクをいれ、カップに口をつけ、すぐ離す仕草を繰り返す。
――猫舌か。
ふっ、と黒咲は自分の頬が緩むのを感じた。

【水姫】ん?どーしたの、綾さんっ?
【黒咲】あ、いや、なんでもないさ。それよりどうだ…少し落ち着いたか?
【澪】あ、はい大丈夫です。
【水姫】ウン、ボクももう平気だよっ。でも、なんだったんだろうね、あれ。

澪に尋ねる水姫。だが、尋ねられた澪にも良くわからない。
二人して首をかしげる。

【黒咲】なにかあったのか?

黒咲の言葉に、少し間をおいてから事の顛末を語る水姫。
その説明に、黒咲は腕を組んで考えていたが―――

【黒咲】ひょっとして…<対存在>…か。
【澪】なんですか、その<ついそんざい>、って…?
【黒咲】…焔護からは何も聞いていないのか?
【水姫】―――何を?

ふむ…と、再び考える素振りを見せる黒咲。
意味が分からず水姫と澪はきょとーんとしながらも、
黒咲の次の言葉を待った。

【黒咲】…そうか。私の口からお前たちに伝えていいものか
     判断しかねるが…。
【澪】それは、どういう…?
【黒咲】お前たち自身の―――過去に関する話だからな。

二人がコーヒーの代わりに息を飲む。
一呼吸置いて、水姫が口を開く。

【水姫】――聞きたい。
     それがボクたちに関係することなら、なお更だよっ。
【澪】そう…ですね。

さっきまで悩んでいた表情が嘘のように、真摯な眼差しだ。

【黒咲】…わかった。

す、と黒咲が姿勢を正した。それにつられる様に、
水姫と澪も背を伸ばした。

【黒咲】今私たちが居る世界はアクエリアスゲートと違う、
     中央世界、ということを聞いているな?

二人が頷く。
中央世界―――アクエリアスゲートが守る世界。
アクエリアスゲートや他のゲートが<玉ねぎの皮の部分>とすれば―――
中央世界は<芯>にあたる。

【黒咲】ゲート、というのはこの世界に「異物」が入ってこないように作られた
     防護壁だということは?
【水姫】うん、それも聞いてるよ。<結界>、のようなものってコトも聞いたんだけど…
     結界の意味は良くわかんないんだけどね。
【澪】―――でも、その「異物」が何であるかは聞いてませんが…。
【黒咲】まぁ、いうなれば、<闇の意識>だ。平たく言えば<悪意>だな。
    それらが――天空から漏れ出るように入ってくる。
【水姫】へぇー。
    でも、なんでその<悪意>が中央世界に入ってきたら駄目なの?
【黒咲】うむ、悪意<それ>は「たち」が悪くてな。
    この世界では具現化してしまう。
    たとえば―――、物の怪や、不可視であれば悪霊、怨霊とか呼ばれるものに。
【澪】…!

その言葉に、水姫と澪が―――はっとする。

【水姫】(そう…なんだ。じゃあさっきの変な化け物って…)
【澪】(あの赤い線って、―――ひょっとして、その悪意…?)
【黒咲】だから、ゲートが無かったら、際限なくその<悪意>が流入してしまうわけだ。
     そこで、まったくの<別次元>であるゲートを作り、
     <悪意>の流入を防ぐ、というわけだ。
     まぁ、全てを防ぐ、というのは出来ない。
     魔道災害級―――この世界にとって脅威になるようなものを中心に防ぐ。

つまり、極小なものはゲートの壁を通り過ぎて<中央世界>まで入ってきてしまう。
それが<中央世界>でいうところの妖魔・妖怪・怨霊等、生粋の陰氣で出来た
異形のモノの類に具現化する。


【水姫】―――うん、その、ゲートの役割とかは分かったんだけど…。
     その、<対存在>ってやつは?
【黒咲】うむ。それが、ゲートを作ったが為の副作用といったところか…。
     この中央世界で、時折<綻び>が生じるようになった。
     言わば<次元の裂け目>だ。
     それにはまってしまった人間は次元の狭間に落とされてしまう。
     所謂――神隠し、という奴だな。
【澪】でも、それでは一人の人間が消えてしまったというだけでは…?
【黒咲】まだ続きがあるんだ。
     世界から弾かれてしまった人間の<存在>…世界情報の穴を補完しようと、
     <世界>はそれまであった<消えてしまった人間>の
     情報から「よく似た人間」…いや、「そのもの」を作り出す。
【水姫】えっ…?
【澪】この世界自身が偽者を作り出すということですか!?
【黒咲】偽者、というわけではない。確かに、その消えた人間そのものなんだ。
     コピー、のようなものだな。消えてしまったものの代りにこの世界に存在する。
     ―――それが、対存在だ。

黒咲は残っていたコーヒーを喉に流し込んだ。
難しい話の上にややこしい。ここまで二人がこの話についてきているのか
黒咲にも分からない。

【水姫】で、でもっ、その、消えちゃった人―――その、
    狭間におちちゃった人はどうなるの!?
【黒咲】それは問題ない。そういったものを助ける者達が居る。
【澪】黒咲さんのような方々ですか…?
【黒咲】確かに、所属機関は同じだが、私は違う。
     私は祓い専門―――妖魔を駆逐する方だ。ま、深く考えない方がいい。
【水姫】―――それで、助けられた人はどうなるの?
     だって、世界に戻って来たら、もう<自分>が居て、戻る場所が無いじゃないかっ。
【黒咲】その<存在>自体に余りの差異が無ければ、
     <コピー>と<本人>は合一を果たす。
【澪】ごういつ…?
【黒咲】上書きというか…融合…かな。
【水姫】じゃあ…さっきのボクたちに似た子…って、
     ボクたちの<ついそんざい>、ってヤツ…?
【黒咲】かもしれないな。
     ―――決定的なことを言ってしまうと、だな。

水姫と澪が黒咲の顔をまじまじと見た。

【黒咲】お前たちはこの<中央世界>の人間だった。
    それが何らかの理由でこの世界から<外れて>しまった事によって
    この世界にお前達の<対存在>が生じている。
【水姫】…。
【澪】…。
【黒咲】―――聞かなければよかったか?

逡巡後、水姫が口を開いた。

【水姫】ううん。
【澪】私も。
【黒咲】ふっ…。
    ―――思った以上にお前たちは精神的に強いようだな…。
【水姫】というかねえ…。ボクたち、過去の記憶がないからさ。
     この世界の人間だった、って言われても、その時の思い出がないし。
【澪】ええ…。私たちは、アクエリアスゲートの人間です。
   焔護さんと一緒に暮らしている、それが、とっても幸せなんです。
【黒咲】―――…。
     そう、か。そんな極上の笑顔で言われると
     逆に羨ましいな。いや、正確には…焔護がうらやましい、だな。
【澪】ふふっ。
【水姫】えへへっ。

全肯定の表情で微笑む二人。

【黒咲】まったく―――焔護は幸せ者だな。
【澪】…黒咲さん、もうひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?
【黒咲】―――ん?なんだ?
【澪】黒咲さんはアクエリアスゲートに頻繁にお越しになられますが
   黒咲さんの<対存在>も存在するのですか?
【水姫】うん、ボクもそれは思ったよ。黒咲さんだけじゃなくってさ、
     舞さん、霞ちゃん、それに、焔護さん――――
【黒咲】ふむ…。
     結論から言うと、私たちの<対存在>はいない。
     私たちは<適格者>と呼ばれているのだが―――、
     そういったもの達は次元移動ができる存在なんだ。
     逆に言うと、<世界の意思>に存在を認められない、存在だ。
     <対存在>が具現化するのはイレギュラーと呼ばれる偶発的次元乖離者…
     なんらかの理由でたまたまこの世界から消えた一般人、だ。
【水姫】ボクたちのような、一般人?
【黒咲】ああ。
【水姫】<てきかくしゃ>以外はみんな次元の隙間に落ちちゃうと
    <ついそんざい>ができちゃうのか…。
【澪】――では、<適格者>の定義ってなんでしょうか?

うむ…と、黒咲が唸った。答えるのが難しい質問だ。

【黒咲】一概には言えないが…数個の条件がある。
     まず一つ目には―――霊的能力・超能力を持つ人間…かな?
     そういった血脈の者や突然変異、または…努力で開花するものも居る。
【水姫】ちょーのうりょく…。
【澪】血脈…というと、家族、一族が有する能力という事ですね。
【黒咲】ああ、この世界は―――先刻も話したが<悪意>が物の怪に
    具現化する。それらを屠る一族たちだな。
【水姫】そんなに超能力者の家族って居るの?
【黒咲】そうだな…桐生・九条・阿頼耶・御剣・近衛・榊―――まぁ、
     私が知ってるのはその程度だが、まだまだ居るんだろうな。

まるで他人事のように呟く。

【黒咲】で、二つ目の条件…これが一番重要なのだが、
    そういった者の中から適格者がマスターによって選定される。
     <力>を持つものでも、マスターの選定に通らなければ「この世界の構成」に
     気づくことはないだろう――――。
【澪】そうなんですか…。
【水姫】じゃあ、焔護さんもそうなのかな?そういった一族なの?

黒咲は、うー…と難しい顔をした。

【黒咲】厳密に言うと、焔護もその血脈だが…
    ―――そもそも、焔護なんていう名前の家系なんて存在しないんだ。
【澪】…?
【黒咲】言わば、役名…か。焔護は<焔護地聖>という名…役職を継いだ人間だ。
    「護りの称号」のようなものだな。
【水姫】ええっ?
     焔護さんってホントは焔護さんじゃないのっ?
【黒咲】真名<本当の名>は…まぁ、今は焔護は「焔護地聖」だから内緒にしておこう。
    また本人の口から聞くこともあるだろう。
【水姫】うー…。まぁ、いいケド…。
    それじゃあさあ、黒咲さんもそういった退魔の<一族>なの?
【黒咲】いいや。突然変異的なものだな。私の家族にはそんな能力を
     持つものは居なかったよ。

遠い目をする黒咲。

【水姫】そうなんだ…。
【黒咲】ま、とにかく「対存在」に関する話はここまでだな。
【水姫】いろいろ教えてくれてありがとう、黒咲さんっ。
【黒咲】気にするな。
【澪】――――そう言えば、黒咲さんはなぜこの街に?
【黒咲】ん、私も焔護と似たようなものでな。マスターからの召集があったんだ。
    ―――お、焔護がきたぞ。

タイミングよく黒咲が示すほうから焔護がやってきた。

【焔護】待たせたな。少し時間がかかってしまった…。
    ん、―――黒咲もいっしょか。すまない、面倒見てもらって―――――

次の言葉をつむぐ前に、水姫が叫ぶ。

【水姫】焔護さぁーんっ!!
【澪】焔護さんっ。

水姫が走りよって飛びついた。
殆どフライングアタックのような感じに焔護に抱きつく。
澪も傍に駆け寄る。

【焔護】ぐおっ。
     …く、空中ペケ字拳…!?久しぶりの出番にこの仕打ち…。
【水姫】もうっ、待たせすぎだよっ、焔護さんっ。
【焔護】あ、ああ、すまんな。ちょっと時間がかかってしまった。
    あの野郎が遅刻するから…

言い訳して、改めて謝りながら二人の頭をくしゃ、と撫ぜる。
――と、焔護の背後から声がかかった。

【変な声】へぇ〜、その子が朝霧水姫ちゃん?んじゃこっちが澪ちゃんだね?
      ほうほう、可愛いねえ。
【水姫】わっ。だ、だれ?
【黒咲】マスター。ここまで出てきたのか。引きこもりのお前にしては珍しいな。

意外…といった表情でマスターを見る。

【マスター】まーね。ってひきこもりはないでしょーよ!時々コンビニとかにもいくしさ!
      一日50歩は歩くし。
【黒咲】いや、十分に引きこもりだと思うが―――。
【マスター】っと、そんなことより!水姫ちゃん、澪ちゃん始めまして〜。

いいながらスカートを上げる仕草をする。スカートなんてはいてないが。
いやそもそも男だ。
水姫がつられて同じようにスカートを上げる仕草で、頭を下げた。
それを見て、澪も「ここではそうするものなのかな?」と
小首をかしげながら同じ仕草をしようとして焔護に止められた。

で、マスターはおもむろに名刺を懐から取り出し、二人に渡す。
名詞には「マスター」とだけ書いてある。

【マスター】私、こういうものなのです。
【澪】??
【焔護】まだその意味不明な名刺を使っているのか?
    やれやれだな…。
    ――――二人とも、この人はワシの上司…のような人だ。

目をぱちくりさせる水姫と澪。
思いっきり意外そうな顔つきでまじまじとマスターの顔を見る。

【水姫】ええっ、この人が?なーんからしくないねっ。フツーの人っぽいね。

思ったままを言われ笑うしかないマスター。
案外このマスターは酷いことを言われることに慣れているので、
それほど傷ついていない。

【マスター】えぐっ。

否、笑いながら泣いていた。その泣き顔は全く可愛げが無い。
そんなマスターの仕草にまったく気づかない水姫。

【澪】―――ということは、黒咲さんの…
【黒咲】ああ、私もマスターの部下だ。
【焔護】ま、見た目はともかく、普通じゃないぞ。特に中身がな。精神年齢も低いし。
    何考えているか分からんし、引きこもってばっかりだし。
【黒咲】そうだな。まぁ、考えていることもレベルの低い事ばかりだ。妄想好きだしな。
     簡単に言うと馬鹿だな。

もうむちゃくちゃ言われるマスター。更に涙ぐんだ。

【マスター】ううっ、水姫ちゃん〜その胸で慰めてよ〜。
【水姫】ええっ、やだよっ!これは焔護さんのなのっ!!
    ボクは焔護さんじゃ無きゃ駄目だもーーーんっ。

と、ぷいっと横向いて水姫は焔護の右腕に抱きついた。
にへへ、と笑う水姫。

【マスター】えー。んじゃ…
【澪】えっと…。

澪も焔護の左手に自分の両手に絡めて、焔護の後ろに避難した。
背中に隠れて、そっとマスターを覗く。

【黒咲】ははっ、モテモテだな、焔護。
【焔護】ふん。
【黒咲】残念だったな、マスター。
【マスター】んじゃ黒咲の胸で泣かせてくれーー!!!

マスターが黒咲に飛び掛る。黒咲はそれにあわせるように
クロスカウンターをきめた。

【黒咲】やかましいっ!!!

殴られたマスターは空中できりもみ状態になって、
上空2m直線距離にして5mほど吹っ飛んだ。


【マスター】へべーっ!!!

そしてそのまま受身を取らず顔から地面に激突する。
地面との激突音と摩擦音と何やらえもいわれぬ不快な音を出しながら
アスファルトを滑って、―――止まった。
ぴくぴく、と痙攣のような動きを見せるマスター。

【水姫】わー。痛そっ。
【黒咲】ふん。セクハラ管理職だな、お前は…。
【澪】あ、あの方は上司ではないのですか…?

恐る恐る尋ねる澪。

【焔護】そう…だな。愛の鞭、ってやつじゃないのか?
【澪】…(何か違うような気がします)
【マスター】でへへ…
【水姫】…(うわー、マスターさん殴られてるのに笑ってるよ)
【マスター】さて。

立ち上がって、マスターはきりりとまじめな表情になった。
突然まじめにするので水姫と澪はさらにびっくりしている。

【マスター】焔護くん、会議の内容<コト>…よろしく頼むよ。
       正直なところ、事態は結構緊迫しているから。
【焔護】…ああ。
    …だが鼻血出しながら言われても説得力無いぞ。

マスターは取り出したポケットティッシュを両鼻の穴に詰めた。
ちなみに、鼻血は片方からしか出ていない。

【マスター】それひゃ、くろはき、いほうは。
【黒咲】何言っているのかわかりにくいぞ。…行くか。
【マスター】んにゃ水姫ひゃん、澪ひゃん、またへ〜。

軽く手を振るマスターに、

【水姫】うんっ、それじゃあね、マスターさんっ。
【澪】はい、さようなら。

満面の笑みで手を振って見送る水姫と、丁寧にぺこりとお辞儀をする澪。

【マスター】んはーひゃっぱひええ子やー。
       今度会う時はその豊満な胸をもま゛っ!!

黒咲が殴った。

【黒咲】それじゃあな。
【焔護】ああ。
【マスター】あ゛―――――…

黒咲はマスターを猫のように襟首つかんで去っていった。
気絶しなかっただけマシのようだ。

【水姫】変な人だったね〜。でもえらいんでしょ、あのヒト。
    なのにあんな扱いされてさ。ある意味凄いよねっ。

感慨深げに呟く。

【焔護】いや、まぁ、アレでも…その…凄いんだぞ。
    くっ、―――ボキャブラリーのなさが悔やまれるな…。
【水姫】うーん…説得力ないねっ。
【焔護】ははっ、まあな。普段がアレだからな…。
     ところで、何かあったのか?<氣>が乱れているが…。

顎に手を当てて水姫と澪を見る。
<氣>の波動が少し乱れているように感じた。
心拍数が上がっているようなものだ。
―――こういう場合、体内の<氣>が反応した、ということを示している。

【水姫】えっとね…ちょっとボクたちはぐれた上に道に迷っちゃって。
     何か変な人たちに襲われたんだ。
【焔護】なにぃ!?

どこかの警部さんのように驚く焔護。
子供を心配する親のような心境なのだ。

【水姫】あ、でも親切なヒトに助けてもらって、ここまで戻ってこれたんだけど…
【澪】わ、私も同じような感じです。変な人にからまれて、
    そこを親切な方に助けて頂きました。

やれやれ、と言った表情で二人を見る焔護。

【焔護】ふぅ…そうか。―――ま、何も無くてなによりだ。
【澪】あっ、後もうひとつあります。
【焔護】なんだ?
【澪】その…報告すべき事か分からないのですが…
   私達にそっくりな二人を見ました。黒咲さんに聞いたら<対存在>かもしれない、と。
【焔護】<対存在>の事、聞いたのか。
【澪】はい、はい―――…。
【水姫】そうそうっ、すっごいんだよ!ボクたちに喋り方までそっくりなんだっ。
     多分ボク達並んだら姉妹って思われるくらい!!
【焔護】そう…か。
    そのときに変わったことは無かったか?

怪訝な表情で顔を見合わせる二人。

【水姫】ううん、フツーにすれ違ったよ?
【澪】…ですが、凄い耳鳴りが…
【焔護】(やはり対存在と引き合うか…もしやと思ったが…合一は最早果たせないほど
      変質してしまったようだな。それならそれのほうがいい。)

突然黙り込んだ焔護に不安げな表情を見せる二人。
それに気付いて、焔護は二人の頭を撫ぜた。

【焔護】心配するな。…お前達の帰る所は、アクエリアスゲートだ。
     お前達は、ワシのものだからな。
【水姫】うんっ。
【澪】はいっ。

それだけ言うと、焔護は歩き出した。

【焔護】んじゃ、飯食って帰るぞ。
【水姫】おおっ、いいねえ!
【澪】この世界のお料理…楽しみですっ!