第七話 異変

■アクエリアスゲート―――翌日■
【水姫】ねえねえ、焔護さんっ、今日は何して遊ぶ〜。
【焔護】こら、子供みたいなこといってるんじゃないっ。
     昼から構ってやるから澪の手伝いでもしてなさい。
【水姫】ちぇっ、つまんないな〜。

ちょっと拗ねた水姫を手招きする。

【焔護】すまんな。

つん、と胸を指ではじいた。柔らかく上下にゆれる。

【水姫】もうっ、焔護さんはいつもそうやって誤魔化す〜。

とか何とか言いながら嬉しそうに自分の胸を撫でる水姫。

【水姫】んじゃ後でねっ。




■アクエリアスゲート■

水姫は言われたとおりに澪の手伝いをしていた。
もともと家事などやらなくてもいいのだが、
メイド属性のある澪が是非家事をやらせて欲しいと頼んだのである。

【水姫】ねえ澪ちゃん、これは?
【澪】あ、はい、それはここに置いてください。あ、それはそっちです。

テキパキと家事をこなす澪。
それを見て水姫は溜息をついた。

【水姫】はぁ〜澪ちゃんって凄いねえ…
    ボクだったら出来ないよっ。かなわないなあ…。
【澪】うふふっ。ありがとうございます。
   でも私なんかより水姫さんのほうがもっと凄いですよ。
【水姫】そうかなぁ…自信ないよ、ボク。
【澪】そんなことないです!私、いつも明るい水姫さん羨ましくって、
   大好きですっ!

にっこりと微笑む澪にきゅーんとなる水姫。萌えたようだ。

【水姫】ホント?アリガト、澪ちゃんっ!!ボクも澪ちゃんだーい好きっ!!

抱きつく水姫。

【澪】うふふっ。あっ、だ、駄目です水姫さんっ、そんなところ触らないで下さ…あっ!
【水姫】んふふ〜じゃ次はここだっ!!
【澪】あっ!ちょっとっ、くすぐったいですっ!み、水姫さんってばっ。

ひとしきりじゃれ合う。
その時、異変が起こった。

【水姫】――――っ?
【澪】…どうしたんですか?水姫さん?

一瞬場の空気が変わったのを水姫は察した。
突然周囲が暗くなる。照明が落ちたのではない。

【澪】…なっ、なに…!?

小さな不快音と共に澪の周囲が赤く光る。
足元には淡く赤い光が走るように魔方陣が形成された。

【水姫】みっ、澪ちゃんっ!?
【澪】み…水姫さんっ、こ、これは…!?これは一体っ…?

勿論、<それ>が水姫の仕業でないことは分かっている。
水姫も驚いていた。
―――徐々に澪の足が薄らいでいく。


【水姫】焔護さんっ、焔護さんっっ!!!澪ちゃんがっ!!!



■一方アクエリアスゲート管理室■

焔護はアクエリアスゲートの管理室にいた。
突如として警戒音が鳴り響く。
コンソール画面に警戒色である赤色で次々とゲート内の異変事象が羅列されていく。

―――ゲート内に外部からの不正アクセス確認しました。
―――エリア2区画・ポイント30に異空間ゲート形成確認。
―――次元時空領域外部とリンクしました。
―――外部連結確認しました。

【焔護】何だと!?

その時、水姫の悲鳴にも似た呼び声が届いた。



■アクエリアスゲート■

【焔護】どうしたっ!!!

慌てて声のする方へ駆けつけた焔護。
目の前には既に下半身が消えた状態になっている澪がいた。
消失現象はなおも続いていく。

【澪】え、焔護さんっ、わ、私…!!
【焔護】(転移方陣…っ!?強制転移かっ!?)…澪っ!!!
【水姫】焔護さんっ、澪ちゃんがっ!澪ちゃんが消えちゃうっ!!

焔護が走り寄るより速いスピードで澪が消失していく。
最早胸元まで消えていた。

【焔護】(いかんっ、間に合わん…っ!!!やむ終えん!)
     ―――炎の護りよ!!!

澪のつけているブローチが淡く輝いた。

【焔護】澪っ、そのブローチを外すなっ!
【澪】焔護さんっ、焔護さんっ、助け―――

助けを求める手が、焔護に助けを求める手が空中で―――消えた。
何事も無かったように静寂が支配する。

【水姫】なっ…なっ、み、澪ちゃんっ!!

がくがくと体を震わせてその場にへたり込む。

【焔護】…くそっ!?水姫、俺と一緒に来いっ!!―――水姫っ!!

涙を流して呆然としている水姫を叱咤する。

【焔護】何をしている!澪を探すぞっ!!!
【水姫】―――うっ、うんっ!!!



■アクエリアスゲート コントロール室■

【焔護】さっきの魔方陣は転移方陣だ。澪は何処かに強制転移させられたようだ。
【水姫】澪ちゃん、生きてる?生きてるのっ?
【焔護】当たり前だ。一応念の為に焔の護り<ファイヤーウオール>を起動させた。
    ある程度のことなら問題ない。
    それより、さっきの転移方陣の形跡を調べて転移位置を割り出す。
【水姫】よかった…
【焔護】(しかし…どこのどいつだ!俺の澪に手を出すとは…!!
     探し出してぶっ飛ばしてやる!)

いつも以上に怒りながらコントロールパネルの椅子に座る。
――と、コントロール画面の一部に別ウインドウが自動的に起動した。

【焔護】――――っ!?
【マスター】焔護くんっ!無事か!?
【焔護】マスター!?あんたの仕業かっ?

同時に叫び声が響く。―――怪訝な表情をするマスター。

【マスター】何が?と、とにかく無事なんだな?よかった…。
       キミだけか…。
【焔護】悪いがこちらも取り込み中だ。後にしてくれ。
【マスター】それはこちらの台詞だよ。火急だ。
      アクエリアスゲートを残して他のゲートが消滅した。

さくっと用件を言う。
驚愕したのは焔護だ。

【焔護】な、―――何だとっ!?
【マスター】詳細は分からない。
      だが、確かに消滅した。各ゲート管理者の生体反応も確認できない。
【焔護】ば…馬鹿な…っ!?
【マスター】黒咲たちに調べるように指令は出したが…。
       それで、そちらも何かあったのかい?
【焔護】澪が攫われた。
     何者かの不正アクセスを受けて、強制転移をさせられた。
【マスター】なんだって…?
      そう簡単に外部からアクセスが出来るはずがない!

今度はマスターが驚愕する。珍しく叫んだ。

【焔護】外部で何か印をつけられたのかもしれん。
     そいつにここの所在を割られたのかも…。

その言葉に―――はっ、と水姫が顔を上げた。

【水姫】え、焔護さん、澪ちゃん、街中で変な人に声かけられたって
     言ってたよっ!?関係ないかなっ?

腕を組みうなる焔護。

【マスター】断定は出来ないけど、可能性は捨てきれないね。
【焔護】なんにせよ、俺のものを取りやがったやつは万死に値する。
     転移形跡を割り出して乗り込んでやる。

少し間をおいてマスターが口を開く。

【マスター】澪ちゃんを助けるにはそれしかないね。
       ゲート消失させた犯人の罠かも知れないけど…。
【焔護】罠であろうが無かろうが関係ない。ぶっとばす。
【マスター】―――分かった。ではこちらでも詳細を調べておく。
       何か分かったら連絡するよ。
【焔護】ああ。
【マスター】分かっていると思うけど、事態はかなり深刻だ。
       キミも十分注意してね。

回線が切れた。

【焔護】よし、水姫。これは触れるな?

コントロールパネルを指差す。

【水姫】う、うんっ。
【焔護】アクエリアスゲート内エリア2区画ポイント30の
    異空磁場形成素霊系粒子を計測してくれ。
【水姫】はいっ。

意外に手馴れたようにコントロールパネルを起動させ操作していく。
澪が消失したポイントの通常状態と消失時のデータを比較する。
そして特異点を割り出した。特異点を元に次元域と照らし合わせる。
そして、何やらかんやらの観測方法で、転移場所を計測した。

【焔護】この場所は…
【水姫】えっ…、何?
【焔護】ジェミニゲートがあった…次元域だ。しかし…マスターの話では
     ゲートが消失しているはずだが…。
     (マスターの情報は間違いないはずだ。なぜ…)





■中央世界■

中央世界の管理室ではマスター以下数名のオペレーターが
今回の異変を計測していた。こちらはこちらであわただしい。

【オペレーター】マスター!特異点観測しました。偽装空間へのリンクを確認。
          この座標は…双児門です!
【マスター】ジェミニゲート跡に…?

怪訝な表情でモニターを見る。

【オペレーター】階層の下層領域に巨大な次元空間域を確認。
         ジェミニゲートの次元領域です。
【マスター】他のゲートがあったところの痕跡には特異点は無いんだね。
【オペレーター】はい。

ふうん…と顎に手を当てて考える。

【マスター】しかし…ジェミニゲートの管理者に変わった様子は無かったけどねえ…。
       まぁ、いつも変な人だけど。
       緊急回線をアクエリアスゲートに繋いで頂戴。
【オペレーター】了解しました。


■アクエリアスゲート■

観測モニターが突然切り替わり、マスターの顔がどアップに映った。
相変わらず可愛い顔ではない。

【マスター】―――それから、陰陽院の構築スタンバイして。
【焔護】おい、マスター。映ってるぞ。
【マスター】おおうっ!?
       あ、ごめんごめん。
【焔護】陰陽院を起動させるのか?中央世界の対策か。

陰陽院――中央世界の対魔対神国家機関。
中央世界の管理人であるマスターの意思によって、<作り出>される。

【マスター】まぁね。こっちも大変だよ。ゲート結界がアクエリアスしか残ってないからね…。
【焔護】…それで、何か分かったのか?
【マスター】…特異点が観測されたよ。どうやらジェミニゲート跡に
       段階階層で隠蔽された次元空間を増設していたようだ。
       断定は出来ないけど、ジェミニゲートの管理者が今回の事件に
       関わっている可能性がある。
【焔護】…そうか。
    こちらの転送方陣の残滓にもジェミニへの転送形跡がある。

モニターのあちらとこちらで腕を組んで二人がうなった。

【マスター】どちらにしろ行くんだろ?
【焔護】当然だ。こちらでもその特異点は観測している。
     無限回廊を接続して乗り込むつもりだ。

そう…と言いながらマスターがモニターパネルを操作する。
モニターの右下に小さなウインドウが開き、ジェミニゲート跡の次元域を
表示させた。妙な波形が上下している。

【マスター】見てのとおり、通常次元域とは違う次元構成になっているから、
       何が起こるかわからないよ。気をつけてね。
【焔護】ああ。
【マスター】んじゃ、連絡取れるように、コレを送っておくよ。

マスターは携帯電話のようなものをモニターに写すと
転送装置に入れた。
程なくして、アクエリアスゲートに携帯電話のようなものが届いた。

【焔護】これは?
【マスター】携帯電話。

やっぱり携帯電話だった。

【焔護】そんなもの通じるのか?
【マスター】甘く見てはいけない。それは霊子波動の共鳴作用を利用して
       内部で共振を起こす。
【水姫】??
【焔護】ま、仕組みはともかく、繋がる訳だな。
【マスター】そゆこと。じゃ、気をつけてね。
【焔護】――ああ。

焔護が答えると、マスターは少し笑って回線を切った。
それを見届けてから、水姫のほうへ振り返る。

【水姫】行くの?
【焔護】ああ。…しっかり留守番しているんだぞ。

その言葉に跳ねる水姫。

【水姫】いやだっ、ボクも行くっ!!
【焔護】な…っ、だ、駄目だ!!何があるか分からん!
【水姫】いやだ、いやだよぅっ…。

ぼろぼろ…と水姫の瞳から涙が零れ落ちる。
流石に焔護もコレにはたじろいだ。というか、慄いた。

【水姫】ボクを一人にしないで…。ボクも、澪ちゃんも、一人はいやだよ…。

焔護の服の袖をしっかり握り、俯きながら、しゃくり上げる。

【焔護】…仕方ないな。絶対に側から離れるなよ。
    絶対にだ。
【水姫】うんっ!!ありがと!!

瞳にいっぱいの涙をためながら、それでも満面の笑みで
焔護に抱きついた。