第八話 異世界

■無限回廊――入り口■

焔護は無限回廊の横にあるコンピューターに座標入力した。
座標が展開されその次元空間がモニターに示される。


闇。


ただ、黒かった。
指定座標には何も―――映っていない。

【焔護】こんなところに本当に階層次元があるのか…?

疑問を持ちつつ―――無限回廊を接続先に登録、アクティブ状態にする。
―――セット完了。
無限回廊が繋がった。無限回廊が実数空間に構成されていく。
モニターに映し出された構成率が100%になった。

扉を開く。



無限回廊の先には異様な雰囲気が漂う場所が見える。
何もない―――虚無。


【焔護】水姫、手を離すなよ。
【水姫】う、うんっ。


しっかりと焔護の手を―――というか、腕を取り、ぎゅっと寄り添う。
ゆっくりと無限回廊を進み―――、
通路を抜けた瞬間、突然赤く輝く魔方陣が二人を包んだ。

【水姫】うわわっ、な、なにっ!?
【焔護】(―――転移方陣…!?トラップか?)

そのまま―――パキィィィン…と眼前が白く爆ぜた。




そして、次の瞬間二人は草原に現れた。

【水姫】――――えっ、えええ?ど、どこ?ここっ?
    あれ?さっきまでボク達―――

見渡す限りの草原。風が柔らかく草花を撫ぜ漂う。長閑な牧草風景が一面に広がっていた。
遠景に山々の稜線が見える。
アクエリアスゲートとはまるで違う田舎の風景。
しかも日本ですらない、―――西洋的な風景。

【焔護】直接移動に割り込みをかけられた…のか?とにかく、強制的にここに送られたようだな。
     (まずいな、無限回廊から無理やり引き剥がされた…すぐに戻れんぞ…。)
【水姫】ここ…アクエリアスゲートじゃないよね?
【焔護】中央世界でもないな。ゲート…のような空間か。だがよくわからないな…。
     …マスターから貰った携帯…、圏外になってるし。使えんな。

言いながら辺りを見回す。
―――と、焔護の表情が厳しいものに変化した。


【焔護】―――っ。水姫、俺の後ろに下がっていろ。
【水姫】えっ?
     (…焔護さん、自分のコト、俺…って言った…)

水姫が焔後の背後に避難すると同時くらいに、
辺りの草ががさがさ…と動き、低いうなり声が聞こえる。

【焔護】…野犬…か?


敵意剥き出しの<氣>の波動がびしびし伝わってくるのと同時に、
草の間から獣が出てくる。
牙を剥き出して涎を垂らしながら――――ゆっくりと獲物に狙いを定めるように近づいてくる。

【水姫】えええええ、焔護さん、あの犬、目が四つあるよよよよっ!?
【焔護】…ただの犬じゃないってことだ、な!!

水姫の言葉どおり―――、その犬のような生き物は、目が四つあった。
目の上に、目。それが左右に。
うなりを上げて飛び掛ってきた野犬っぽいものを一刀の元に切り伏せる。
真っ二つになった断面から粒子状に消えていく。
数秒もかからず消滅した。

【焔護】―――?
    (これは…実態を伴わない…生物?)

霊刀<天照>の<能力>を開放すれば、対象物を情報分解できるが、
先程の斬撃はただ「斬った」だけだ。
斬っただけならそのまま真っ二つになるはずである。だが、野犬っぽいものは霧散した…。

【水姫】焔護さんっ、まだ居るよっ!!!

水姫の言葉どおり、唸り声が鳴り止まない。
そしてガサガサと包囲網が狭まっているような気配までする。

【焔護】ふん。心配するな。

焔護が口を開いた瞬間に一斉に5匹の野犬っぽいものが飛び掛る。
それを一瞥し―――刀を構えた。

【焔護】―――封神の剣技、見せてやろう。

封神剣・陽炎
焔護の姿がゆらめいたかと思うと、五匹の野犬っぽいものが吹き飛んだ。
吹き飛びながら消滅する。

【焔護】身の程を知るがいい。
【水姫】あれ?なんか落ちてくるよ?

水姫の言葉どおり、消滅した場所から、金属のようなものや、
小瓶のようなものが落ちてきた。
それをおそるおそる拾い上げる水姫。金属片をしげしげと眺める。

【水姫】んー?お金?かな?こんなの見たこと無いけど。
【焔護】こっちの小瓶は…。

焔護は絶句した。
小瓶に注意書きが書いてある。
<体力30%回復します>

【焔護】なんだこれは?

拾い上げてしげしげと眺めていると、その金属片や小瓶が消えた。

【焔護】?
【水姫】あっ、こっちにも落ちて…―――
【焔護】水姫っ!!!
【水姫】わううっ!?

焔護が水姫を抱き上げて跳んだ。水姫の居た場所に―――ドスン、と斧が刺さる。
ふわり…と、地面に着地し、ゆっくりと水姫をおろして、斧が飛んできたほうを睨む。

【焔護】ちっ、―――何者だっ!!

のそり、と小さな角付の小人が現れた。顔が豚のようだ。
こちらも先ほどと同じように敵意剥き出しに牙を剥く。

【焔護】なんだ…人間…ではない…?<氣>の波動も…人間のものではないな…。
【水姫】ゴブリンだっ!!
【焔護】ゴブリン―――?なんだそれは?
【水姫】ゲームで見たことあるよっ!!!ロールプレイングゲームではじめの方に
    出てくる雑魚敵だよっ!!やったことあるもんっ!!
【焔護】ゲーム、だと?
     ゲーム…―――ゲーム…そうか。…水姫、俺にちゃんと掴ってろよ?
【水姫】え?あ?

戸惑いながらも、ぎゅっと焔護の腕にしがみつく。
それを確認してから―――眼前のゴブリンを無視して明後日の方向へ走り出した。

【水姫】えっ、ど、どこにっ!?どこにいくの、焔護さん!?
【焔護】いろいろ確認したい事があってな―――。

だだだーと走りながら、―――ぴたりと脚を止める。

【焔護】―――壁、か。
【水姫】壁?
【焔護】ああ、ほら水姫触ってみろ。
【水姫】…どこを…?

焔護の真似をして手を伸ばすと―――、まるで透明のガラスが張ってあるかのごとく、
途中でぺた、と手が止まった。

【水姫】な、なにこれ!?
【焔護】…逃げられないようだな。一種のバトルフィールドと言う事か。
    (陰氣の結界…のようなものだな。応用している…ということか?)

なにやら思案している焔護と、見えない壁をぺたぺた触っている水姫の所に
ゴブゴブゴブ…という音が近づいてくる。先程のゴブリンだ。

【焔護】よく分かっ、た!!!

叫びながら、ゴブリンを蹴り飛ばした。

ゴブリンにすごいダメージをあたえた。
ゴブリンを倒した
25Gを手に入れた。回復薬を手に入れた。

とかいう文章がなんとなく頭に浮かんだような気がした。
Gはゴールドかギルかはよく分からないが。

【焔護】ふむ…。
  この世界は…ゲームを元にして作られた世界だ。
【水姫】えええっ!?そんなことって…。
【焔護】次元を開くということは世界を作るということだ。やろうと思えば出来る。
    ただ…なぜ、ここにこんなものが作られているのかは分からんがな…。
【水姫】でも、澪ちゃんがここにいるってのは確かなんだよね?

水姫の言葉に、焔護は掌を開くと―――低く小さな言霊を紡ぐ。
小さく掌の上が光ったかと思うと、炎が現れた。
ゆらゆらと炎がゆらめく。

【焔護】ああ。間違いない。炎の護りも生きている。澪も無事のはずだ。
【水姫】それ、信じてもいいよねっ。

焔護は頷きながら空を見上げた。




■某所――暗闇■
暗闇の中に澪はいた。
その周りに黒こげの死体が転がっており、さらにその周囲に
鎧甲冑を着た騎士が何人も取り囲んでいる。

【澪】うぅ…
【騎士】くそっ、どうなっているっ!!行けっ!!!

怒号に弾かれたように、他の騎士が澪を捕らえようと澪に飛び掛った。
―――が。
澪を中心とした周囲1mに赤い半透明の防御壁が展開され、
捕らえようとしていた騎士を跳ね飛ばした。

【騎士】おのれっ、解析魔法だ!!
【騎士】は、はっ、

すちゃっ、っと構える騎士。

【騎士】エネミーアナライズ!!


解析完了
・水鏡澪 Lv.3
JOB:メイド
属性:水
装備:紅魔の瞳
アビリティ:ファイアウオール
魔法防御UP・
魔法効果相殺・魔法攻撃反射
物理攻撃無効・物理攻撃反射
触るとやけど
麻痺無効・毒無効・混乱無効・幻視無効
とにかく無効
何でも反射

【騎士】な…!何だこのでたらめな防禦結界は…!!!
     さわるとやけど…だと!?あの業火がやけど程度で済むものか!!
【澪】…も、もう、止めてください…。
【騎士】黙れ、魔女め!!

激昂した騎士が斬りかかった。だが、その騎士ごと炎に包まれる。

【騎士】うごおおおおおっ!!!
    なんとしてもっ、なんとしても貴様を連れ帰らんと…!!

火達磨になりながらも澪に縋り付こうとする。

【澪】いやあっ!!

炎が猛った。
そして騎士が灰も残さず燃え尽きた。

【澪】あっ…あ…

澪は無事だったが精神的には最早限界であった。