暗い。







真っ暗だ。


ボク、死んじゃったのかな?


なんか、後ろから殴りかかられて―――えーと、なんだっけ?よく思い出せない。

【脳裏に響く声】目覚めなさい―――

あれ?
なんだろ、変な声が聞こえる。
目覚めなさい、って、聞こえるよ?
ボクおきてるけど…。

【脳裏に響く声】目覚めなさい、水姫さん―――

めざめる、ってどういうことだろ?
ボクの単純な疑問に誰も答えてはくれない。
ああ、きっと夢なんだ。ん、でも夢だったらボク寝てるのかな?
そうだったら起きなきゃ。うん、確かに目覚めなさい、って言葉はあってるよ。

【別の声】―――水姫、このままではいけない。
   

誰の声だろ?
聞いたことない声なのに、知ってる。ボクはこの声をよく知っている――――

【別の声】水姫、私の<力>を使え。
      
<力>?なにそれ?

【別の声】焔護を助けてやってくれ。

―――そうだ。焔護さんっ!
ボク――――ボクは…!

【脳裏に響く声】目覚めなさい―――

ボクは――――目を開いた。

■村中■

突然の爆風が、水姫を襲った巨漢を吹き飛ばした。
【焔護】み―――ず、きっ…!?
   (この<氣>は―――馬鹿なっ、覚醒…しているのか!?)

砂煙の中から漆黒の髪が踊るのが見えた。
焔護の驚きをよそに、黒髪が踊るたびに巨漢が次々と倒されていく。
鮮やかな技の流動。
―――掌に<氣>が集中していくのがわかる。澱みのない<氣>の流れ。
体の内外を螺旋を描きながら駆け巡っている。
瞬間、ばちばちと放電現象を起こしながら青白い<氣>の塊が巨漢を吹き飛ばした。

【焔護】…!

あれは、そう。沙姫が<雷球>とか呼んでいた技だ。
ただ、それを放つのではなく、
至近距離…いや、相手の体に触れたままで発動させた。巨漢がはじけ飛ぶ。
そして―――巨漢の首がおかしな方向に曲がって壁に激突し、その巨躯が霧散する。
これが本来の使い方なのだろうか。



水姫に襲い掛かった5人ほどの巨漢がすべて倒された。

【アニキ】――――な、なんだとっ!?
【焔護】さ、沙姫…っ!?

狼狽するアニキ。それ以上に驚愕している焔護。二人とも驚きの表情だが、内容が違う。
―――と、焔護の呟きに、黒髪の少女が顔を上げた。

【水姫】へ?さき、って誰、焔護さん?
【焔護】み…みず…―――き?
【水姫】だ、ダメだよ、焔護さん、ボクの名前ドモったら…!
     ミミズになっちゃう…!

はぁ、はぁ、と肩で息をしている<黒髪>の水姫がいた。
双眸の色は茶色。
喋り方、そしていつもどおり良く分からない反応―――間違いなく水姫だ。
だが、あの<氣>、あの<力>…あれは…

【水姫】あ、あれっ?

今度は水姫が素っ頓狂な声を上げた。そして慌てたようにきょろきょろと周りを見回す。
そして自分の髪の毛を持ち上げて焔護を見た。

【水姫】あれれ?ボク…確か襲われ―――髪の毛も真っ黒になってるし!?
     どーなってんのさー!?

疑問符だらけの水姫。
わけがわからないのは焔護のほうだ。
覚醒する日でも、夜でもないのに沙姫の<氣>を感じた。
だがその沙姫の<氣>を発するのは水姫。
しかも突然だ。
意味がわからない。
理解できない。
本来、ありえない。

【焔護】え、えーと…水姫…か?
【水姫】そーだよ、ボクだよっ。水姫だよ!
     これどーいうコト?焔護さんがボクの髪の毛染めたの?器用だなあ…。
【焔護】そんな訳ある、か――――…?

焔護は息を飲んだ。
水姫の髪の色が、まるで潮が引くようにもとの茶色に戻っていく。

【別の巨漢】よそ見してんじゃねええ!!!お前の相手はこっちだはあ!
【焔護】いや、よそ見している場合だろ。いきなり髪の色が
    変わったんだぞ?普通そっち見るだろ?

水姫のほうを向きながら巨漢の剛拳を避けて交差するように鳩尾に一発拳を打つ。
一発と見せかけて瞬時に五発くらい叩き込んではるが。
なぜそんなコトが出来るのか。単純に戦闘能力の違いと言う事で。

【巨漢】おぶえ゛っ!!

変な声を出しながらさっき食べたものを吐瀉する。

【焔護】うわっ。こんなところで吐くなっ!

とか何とかやってるうちに次々に巨漢が襲いかかってきた。
その巨漢たちを片っ端から殴り飛ばし、漸く水姫の下に辿り着く。

【焔護】大丈夫か、水姫…。

ぜえぜえと肩で息をしている水姫。その表情はとても苦しそうだ。
あまり大丈夫とはいえない――――、と、
ぐにゃ、と全身の力が抜け、その場に倒れかけた。慌てて支える。

【焔護】後は任せて少し休んでいろ。
【水姫】う―――うん、焔護さ…ん、優しいなあ…大好き…。
【アニキ】ウオオオオオオオオオオオオッ!!

いきなりアニキが吼えた。
自分の存在を示すように、二人の世界を邪魔するように。
ラブラブはみてらんねえよおおお!と言う感じで。

【焔護】無粋なヤツだ。そんなに相手してほしいのか…?
【アニキ】ぐはははは!まぐれで手下どもを斃したくらいで強がりおって!!!
【焔護】よく聞く台詞だな。もうちょっとひねったらどうだ…。
  なんというか…、こう、俺と戦えーとか。

半分呆れ顔の焔護。
そんな焔護をよそに、アニキは背負っていた巨大な剣を取り出した。
異常に幅が広く長い。

【アニキ】これは長さが2m、幅1m厚さ10cmという恐ろしく巨大な、
  巨大で凄い剣、魔王剣だ!!!
【焔護】それじゃ逆に使いにくいだろ。ついでにボキャブラリーが貧相だな。
    ついでにネーミングセンスが皆無だ。

しかし、彼―――アニキにとってここは史上最大の見せ場だ。

【アニキ】この魔王剣で叩き割ってくれるわ!!!
【焔護】剣というより…もはやハンマーだな。
【アニキ】うっ、うるさいっ!いくぞおおおおお!!!

がし、と剣を構えるが、重さでふらつく。

【焔護】大丈夫か?身を張ったボケのつもりか?俺がツッコまなかったら20回は死んでるぞ。
     いや、50回は死んでいるな。

相手をしながら少しむなしくなってくる焔護。すらり、と<天照>を抜き放つと、軽く持った。
型も何も無い。持っているだけだ。構える相手でもない。

【アニキ】う゛あ゛あ゛!!!!

文字にするもの難しい叫び声―――いや、奇声を上げながら、
剣を引きずって突進してくるアニキ。やっぱし重いのだ。
あれでは武器の意味も無い。
―――が、焔護の目前で急にブレーキをかけると、ハンマー投げのように振り回して剣を振った。
遠心力を利用して放つ必殺技…なのだろう。だがいかんせん、モーションが
大きすぎるうえ、いったん相手に背を向けるため、完全に目標を見失っている。
優しい焔護さんは、そのまま技が繰り出されるのを生暖かい目で見守ってやった。
ごう!という轟音と砂塵を巻き上げて大剣がうなりを上げて焔護に襲い掛かる。

【アニキ】どっせい!!

なんか、もーよくわからない掛け声を出すアニキ。そのまま振りぬく。
ガキィィン!!!!
金属がぶつかり合うような音と砂塵が巻き上がる。

【アニキ】手応えあり!!

しとめたという自信からか会心の笑みを浮かべるアニキ。
アニキの中では焔護は既に肉塊になっているイメージが出来上がっている。
砂埃で視界が悪くて確認できないが、焔護のいた所を完全に振りぬいた。
衝撃――手応えも確かにあった。

【アニキ】ぐっへへへへ…。
【水姫】え、焔護さん…。

心配そうに水姫が声をかけたとき―――上空から落ちてくる影一つ。
ドスン、と、地面に突き刺さる。

【アニキ】なんだあ?

それはアニキの持っている巨大な剣の刃の部分と同じ大きさの鉄の板だった。

【焔護の声】軽くなっただろ?

砂塵が引き、片手で口を隠している焔護が姿を現した。
と、同時にもう一枚鉄板が落ちてきて、地面に刺さる。

【焔護】重そうだったんでな。三枚におろしてやったぞ。

そう。
アニキの巨大な剣が、剣の幅がうすーくなっていた。幅2cmくらいに。
魚よろしく三枚に綺麗におろされていた。

【アニキ】なはあ゛!?
【焔護】お前さん、よく今まで生きてこれたな…近年まれに見るバカさ加減に
    敬意と失笑を込めて―――
【水姫】―――込めて?
【焔護】埋めてやろう。
【アニキ】う、埋め…!?
【焔護】顔だけ出してな。
【水姫】うわあ…。

想像したのか、なんともいえない表情になる水姫。
驚愕のまま突っ立っているアニキの首元に手刀をいれ昏倒させ、
そして、その首根っこを掴んで街の外の草原に引きずっていく。

【水姫】あっ、まってよー焔護さん!

幾分か体力が回復した水姫が焔護の後を追いかけた。



■草原■

水姫が追いついた頃には既にアニキの巨漢がすっぽりと入るくらいの
深さ2Mほどの大きな穴が開いていた。
そこに、ぐったりと気を失っているアニキを「縦」に入れて、埋める。勿論顔だけ出して。

【焔護】こら、おきろ。

ぽか、とアニキの、地面から出た顔を叩く。

【アニキ】ううむ…はっ!?は?な、なんだこれはーーー!?

じたばたするが無駄だ。完全に周囲を土で固めてしまっているため、
首しか動かない。一種の拷問のようだ。

【焔護】あはははははっ!!!

それを見て爆笑する焔護。ひどい。

【水姫】ねえ、この辺りだけ草とか花とか枯れちゃったりしないのかな?
【焔護】いや、逆に花が咲くかも知れんぞ。黒い花とか。
    ――あ、いやこいつの養分を吸って咲くならバカの花だな。
    花びらを地中で咲かせて根を地上にのばすよーな。
【アニキ】なっ、なんだとお!!そんなコトは無い!!ここには美しい花が咲くはずだ!
      見ていろ、貴様!!うおおおおお!!!

どうやらアニキは花を咲かせるつもりだ。しかも今すぐに。
多少、焔護もバカって凄い、と思った。

【水姫】でもでも、焔護さん、この辺ってモンスターとか出るんでしょ?大丈夫かな?
【焔護】心配するな、水姫。そういうこともあろうかと、これをもってきた。

どこからか桶を取り出す。そしておもむろに、地面から出ている顔にかぶせた。
何かを叫んでいるアニキの声が桶から聞こえてくるが、くぐもって何を言っているか
聞こえない。

【アニキ】・・・!!・・・・・・・!!!
【焔護】あははははははは!!!!

ひとしきり笑った後、桶を取る。

【焔護】もし…今後街を襲うようなコトしたら…今以上に「凄い」ことやるからな。覚悟しとけよ。

凄い、と妙に強調する。
アニキは既に半泣きだ。

【焔護】だが、今日は罰として地中に埋まってろ。

かぽ、と再び桶をかぶせる。

【焔護】さて、と。んじゃ町に戻るか。
【水姫】うん、焔護さん。


置いていかれたアニキは翌日町の人に助けてもらって改心したとか
そーいう後日談。