■道中■

【水姫】ねえ、結構歩くね、焔護さん。今日中に辿り着けるのかな?

【焔護】30kmくらいという話だからな。

突如襲いかかって来た木のモンスターを焼きながら焔護は呟いた。
先ほどからこんなのばっかりだ。今は森の中を進んでいる。その前は草原だった。
あのサキとか言う妖魔の言葉どおりに直線に進んだからこうなったのか。
一応整備された道はあったのだが、それらを無視して、
かっちり直線を進んでいた。別に一直線でなくても道なりでよかったのか。
ちょっと我ながら情けないかも、と思いながら―――森を抜ける。
森を抜けたら抜けたで異様にでかい芋虫とか、蝶々とか、
どろどろの緑色の粘液系のモンスターとかが襲いかかって来る。
それらを全速力で逃げてかわし、逃げられない相手は一撃の下に葬り去る。
半分以上は水姫を抱えて逃げていた。
焔護としては余計な体力を使いたくないというのもあったのだが、
水姫を抱えて走っていれば、それもあまり意味が無かったような感じだ。
ぜーぜーいいながら、途中で見つけた村に立ち寄った。


■途中で立ち寄った村■
【焔護】ふー、さすがに俺も疲れた。

村の中にあった小さなパブの椅子に腰掛けて、漸く焔護はため息をついた。
出された水を一気にあおる。

【水姫】焔護さんこんな状態じゃ…しかたがないよね。ゆっくり休憩していこうよ。
     焔護さんがたおれちゃったら―――ボク、やだ。
【焔護】いや―――、大丈夫だ。薬を使うから問題ない。
【水姫】ド、ドーピング?まさか…飛ぶ薬!?
【焔護】何でそんな言葉を知っているんだ、水姫。
【水姫】そ、それって実際大丈夫なの?逆に危なくないかなあ?

水姫が心配そうに焔護を覗き込む。
そんな水姫の心配をよそに――焔護はにやりと悪い顔で笑った。

【焔護】ああ、それは大丈夫だ。
【水姫】うわあ…。

どちらかというと、自分の体の心配より――昨日突然「沙姫」になった
水姫の体の方が心配なのだが…、今のところ特に問題はないようだ。
―――ポケットから携帯電話を取り出して電波状況…この場合、電波ではなく
霊波状況というのだろうか、とにかくそれを確認する。
―――が、相変わらず携帯は圏外を示している。使えない携帯だ。
というよりも…この世界が高圧な霊子で構成されているのだろう。
その高密度な霊子のせいで霊子同士の共鳴が阻害されているのか…
原因は定かではないが、兎に角マスターに報告しようにも連絡できない。
小さくため息をついて、携帯電話をポケットにしまいなおした。

【焔護】ま、そう言う分けで、薬は結構効くから有り金全部はたいて買うぞ。
【水姫】りょーかいー。

まぁ、そんなこんなでその村の薬屋で有り金全部はたいて
回復薬を大量に購入し、再び城を目指した。
今度ははじめっから水姫を担いで全力で草原を駆け抜け―――、
思った以上に早く目的の城に着いた。
何故早くついたか。
特筆すべき点がないからだ。


■黒い城の前■

そんなこんなで―――漸く目的の城に辿り着いた。
抱えていた水姫を側にゆっくりと降ろす。

【焔護】着いたぞ。
【水姫】ね、ねえ、焔護さん…ホントに大丈夫なの?
【焔護】俺は大丈夫だぞ、水姫。
    それより―――気をつけろよ。俺から離れるな。
【水姫】ん、何となく分るよ、焔護さん。だって、だってこのお城―――

不気味な感じ、としか表現できない城。
黒く、まるで生物を思わせるような有機的な概観と、その質感。
質感という表現はおかしいが―――、やはりそうとしか言い様がない。
そして、全体が―――まるで鼓動を繰り返しているように
脈打って動いている。時折変な匂いの分泌液まで出している始末だ。

【焔護】―――燃やしてみるか。
【水姫】えええ!?いきっ、いきなり!?澪ちゃん中にいるんでしょ?
【焔護】壁…気持ち悪いからな。
【水姫】で、でも!ダメだよ、だしかに気持ち悪いけど…多分燃やしたら
     変なにおいすると思うよ!?
【焔護】むぅ、その可能性は否定できないな。仕方在るまい…。
     とりあえず中に入るぞ。
【水姫】うんっ。


■不気味な城内部■

焔護の予想通り、城の中に一歩足を踏み入れた瞬間に
やっぱり面倒な敵…甲冑を着た騎士たちが襲い掛かってきた。
焔護は水姫を自分の後ろの「安全地帯」に下げて、片っ端からぶっ飛ばす。
ぶっ飛ばす、と言う言葉がぴったりなくらい、ぶっ飛ばす。
勿論―――刀<天照>も使っているのだが、拳や蹴りや発剄など
多種多彩の技を猫の喧嘩のように繰り出しては確実にしとめていく。
恐らく―――騎士達は何が起こったかすら分らないだろう。
まさか背後から抜き手で甲冑を突き破られたり、蹴りで腕を飛ばされたり、
瞬間に約17個くらいに分割されたり、心臓の付近を一突きにされたり、
光り輝く刃の衝撃でぶっ飛ばされたり、後の先でやられたり、やられる方も大変だ。
―――と、圧倒的な<力>を見せつける焔護。
勿論騎士たちは一歩たりとも水姫に近づけない。
だが、相手は無尽蔵とばかりにわんさか沸いてくる。

【焔護】これも―――ヒトではないな。人造的に作られた人間…か。

とりあえず、第二波を掃討し、次の第三波が階段からこちらに
向かってくる前に―――、水姫の下に戻る。

【水姫】ね、ねえ焔護さん、キリがないよう?
【焔護】困ったよーな声をだすな、水姫。ほら、掴まれ。

【水姫】あう、分ったよう。

しっかりと焔護の手を握り締める水姫。そのまま水姫を引き寄せると、
抱きかかえて一気に飛んだ。
一足飛びで群がってくる騎士の頭上を駆け抜け、そのまま上階へと
進んでいく。本来であれば豪奢な造りであろう城の内部は
何処まで行っても蠢く生物の内臓のようだ。
そして―――最上階、一番奥にまで辿り着いた。…が、行き止まりになっている。

【焔護】ここにいるな。
【水姫】え?

キン、と刀を鳴らした。
瞬間、壁が赤い血を吹いてばらばらに断裂していく。

【水姫】ええ?い、いつの間に…というか、なんか気持ち悪いよう…。
【焔護】水姫、早く。
     どういう理屈か分からないが―――再生していっている。
【水姫】あう!



焔護に手を引っ張られて―――壁の中の部屋に入る。
その部屋は今までの奇妙に生物っぽいものでなく―――、
それこそ普通の豪華な部屋だ。
ただ一点、騎士であったものの黒焦げの死体の山があるのを除いて。
その死体の山の向こうに、









澪が居た。

【水姫】澪ちゃんッ!!!!!
【焔護】澪…!!
【澪】…。

澪の目は開いているものの、光彩はなく、虚ろなまま。口も虚ろに開いている。
水姫の呼びかけにも答えない。
水姫が駆け寄って―――、澪を抱きしめようとした瞬間。

【焔護】ダメだ、水姫!

澪の周囲1mほどから業火が猛った。――焔氣結界。
焔護が澪に渡したブローチ<紅魔の瞳>の固有アビリティ。
自動発動の為、近づく物全てに対して結界が張られる。
ただ防禦するだけではなく、触れる物を燃やし尽くす業火の能力を有する
凶悪な結界だが―――澪の意識がはっきりしていない以上、結界を解く事が出来ない。


【水姫】澪ちゃん!澪ちゃん!!!

がくがくと体を震わせる水姫を支える焔護。

【焔護】大丈夫だ、死んではいない。その証拠に…炎の守りが生きている。
【水姫】どうしようっ、焔護さん…ッ!!!近寄れないよ!!
【焔護】澪自身にブローチを外させて結界を解くつもりだったんだが…

黒焦げの死体の山を見渡す。
殆ど原形をとどめず、黒く炭化している騎士たち。

【水姫】澪ちゃん、澪ちゃんっ!!!
【焔護】近づくな水姫。こいつ等の二の舞になるぞ。
【水姫】で、でも―――でも!何とかしないと、澪ちゃんこのままじゃ…!!
【焔護】―――分ってる。

焔護の真摯な眼差しに、水姫は頷いて少しだけ離れた。
それを確認してから―――<氣>を高めていく。
焔護の<氣>は火氣。熱を帯びた空気が周囲に渦巻いていく。

【焔護】(多少の耐性はできるだろうが…、<アレ>は強力に作ったからな…)

そう、<紅魔の瞳>は普通の宝石に焔護がながーい時間をかけて自らの
<氣>を注ぎ込んで術を仕込んだ最高傑作品なのだ。
ゆっくりと―――、<氣>を纏った腕を、澪に伸ばしていく。

炎が猛った。

絡みつくようなその炎が焔護に襲い掛かる。
<氣>で防禦をしているにも関わらず、澪に伸ばした焔護の腕が、燃え上がった。

【焔護】―――っぐ!ぁ!さ、さすが俺製作…!!

自画自賛している場合ではない。肉の焼け焦げる匂いとともに、皮膚が爛れていく。
が、更に澪の周囲に展開された<炎氣結界>のなかに腕を差し入れる。
直接宝珠に触れて結界を解くつもりだ。
焔護自身、<火氣>属性であり、そしてさらに属性強化しているにもかかわらず…
ついでに自分が仕掛けた結界でありながら、焔護の腕が―――
その炎氣結界に耐え切れず燃えていく。
指が、腕が業火に包まれケロイド状にめくれ上がり、燃える。
仮に―――属性強化をしていなければ瞬時に黒焦げだろう。周囲の死体の山のように。

【水姫】いやあああああああああああ!!!!!

絶叫にも似た水姫の悲痛な叫びが木霊する。

【水姫】いやっ、焔護さんっ!!!!!も、もう止め、て―――!!!
【焔護】ち、かよる、な、水姫ッ!!!!――――ぐ、く、ゥッ…!!!
【水姫】やっ…やだあああっ!!やだよう焔護さんっ!!!
    もっ、もうやめてっ!!腕が、腕がっ!!!
【焔護】もう少し…もう少しで届くっ!!澪をこのままにしておけないだろうッ!!
【水姫】でも…!!でもっ!!!
【焔護】―――ぐっ!!

殆どの指が爛れた状態でなんとか宝珠に手がかかった。
その瞬間に宝珠に<氣>を流すと、一瞬にして弾けるように―――
ガラスが割れるように<炎氣結界>が解けた。
残る無事な腕で澪を抱える。水姫も慌てて駆け寄って澪を抱きしめた。
そして、焔護が澪に口付けをする。
接吻ではない。人工呼吸のような感じで―――体内に清浄な<氣>を流し込む。


【焔護】み、―――澪っ、澪っ!!しっかりしろ、澪っ!!!
【澪】…ぁ…

虚ろな瞳が焔護を捉えた。

【澪】…ぇ…ん、ごさ…ん、みず、き…さん…
【焔護】すまない、澪…、来るのが遅くなった。

徐々に光彩を取り戻していく澪の瞳。
そして、今自分が焔護に抱きかかえられている事を視認する。

【澪】い、いいえ…助けていただいてありがとうございます…
【水姫】よかった…っ。
【澪】で、でも…炎が、どうやって…?
   ―――っ!!!!!

焔護の腕を見て驚愕する澪。最早原型すら留めていない。
黒く爛れた<モノ>になっている。肩から先が燃え落ちていないだけ
マシなのだが―――もはや使い物にならない。
指一本、動かない。
ただ黒焦げで骨が見えているようなものが肩から先にだらりとぶら下がって
くっついているだけのような物だ。
痛みを抑える為に神経を遮断してはいるが…治療を得意とする焔護にも、
これは――ここまで体組織が破壊されてしまうと、どうにもならない。

おろおろと―――、そして澪の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

【澪】そ、そんな―――、わ、私のせいで…!!!私の…!!
   わたしの――――!!!!
【焔護】違う。

焔護は澪をぎゅ、と抱きしめた。

【焔護】これは、お前を早く助けることが出来なかった罰だ。
【澪】ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさい…
【焔護】謝る必要はない。
【澪】んっ…。

謝りつづける澪の口を唇で塞ぐ。今度は本物の接吻。

【水姫】焔護さん…っ…

はらはらと涙を零す、水姫と澪。



―――と、突然顔を上げてあたりをきょろきょろと見回した。




【水姫】だ、誰っ?ボクに話しかけるのは―――…
【焔護】何を…?

水姫は答えない。
ただ一心に虚空を見つめている。

【水姫】う、うんっ、助けたいっ!ボクが役に立てるなら―――
     ボクにできることがあるならなんでもするっ!
【澪】水姫さん…?

水姫の視線が焔護の焼け爛れ、黒焦げになった腕に向けられる。

【水姫】―――澪ちゃんっ、ボクに力を貸してっ!
【澪】えっ…?
【水姫】ボクに気持ちを合わせてっ!!
    焔護さんを、助けたいっていう気持ちを――――
【澪】え…?あ――――

戸惑う澪と電波を受けたような水姫。
ヴン…と淡い青白い燐光が二人から湧き上がる。
渦巻く二つの<氣>の奔流が焔護の腕を優しく包んだ。

【焔護】(―――こ、これは…!<氣>の同調…<連技>かっ…!?)

連技。
複数人で<氣>を同調・相乗・相生・相克させて通常の数倍から
数十倍の効力を発揮させる<氣系>の上位技術だ。
以前黒咲・黄坂・白峰が使った「超絶業破陣」も相生相克系の連技にあたる。
ちなみにその際上級が黒咲たちの使う五氣循環の<月ノ印><日ノ印><五封結界>だ。
―――その連技状態が水姫と澪におきている。
水姫・澪共に属性は<水氣>。
<氣>が共鳴しあい、音叉のように―――波動が相乗している。
す、と水姫が瞳を閉じる。澪も同じように―――、
手を組んで祈りをささげるような仕草をとった。

【水姫】たゆたう水の如く、清廉たる水の如く、流れる水の如く――――
【澪】奏でる時の雫、時逆に依りて時逆に戻る―――
【焔護】―――な、に?

言葉に霊力が宿る。
玲瓏な祝詞が周囲に響き渡る。
言霊となった二人の祝詞が清冽な<氣>の流れとなり、辺りを包みこみ―――
そして、その<氣>―――青い光の渦が焔護の腕に絡みつく。

【水姫・澪】水霊の加護よ、彼<か>の者に祝福を――――
   水霊双響陣<アクエリアス・ハーモニー>!!
【焔護】なっ、なんだその変なネーミングセンスはっ!?
     ―――っ!?

ネーミングセンスの無さにも驚いたが―――、焔護は別の物に更に驚いた。


腕が。


二人から沸きあがった青い<氣>が―――。
腕に絡みついた部分が見る見るうちに直っていく。
直る―――修復というよりは体組織が復元している。
まるでビデオを逆再生<巻き戻し>したような勢いで元の状態に戻っていく。

【焔護】バ、バカな…。

数秒も経たないうちに焔護の腕は見事元通りに直っていた。
いや、「腕」だけではない。
焼けたはずの「服」までもが再生されている。
神経部分もまったく問題がない。
掌を開いたり閉じたりしてみるが違和感もない。
―――驚愕の焔護をよそに、腕が治ったのを見て水姫と澪がまたまた泣き出した。

【水姫】良かった…っ、よかったよぉっ…
【澪】はい…っ、はいっ!!

がくっ、とひざから崩れるようにその場にへたり込む澪。
澪と一緒にボロボロ涙を零して喜ぶ水姫。
一方焔護としては嬉しいのが半分、疑問が半分だ。今起きた事象が分らない。
「これは治癒術ではない」。それだけは確かだ。治癒などという生ぬるい現象ではない。
時間の逆流。
マスターの事象改竄能力に近いものだ。
<世界統治能力>の具現。この二人にそんな能力があるとでも言うのか…?
ありえない。現に―――アクエリアスゲートではそんな片鱗を見せた事が無い。
思考が螺旋に陥る。
―――焔護は頭を振って水姫と澪に顔を向けた。

【焔護】…ありがとう二人とも。おかげで助かった。
     だが…何故あんなことができたんだ?俺は教えた覚えはないぞ?

うー、と水姫が首をかしげた。澪も同じような仕草をした。

【水姫】わかんない。
    急に頭の中に声が響いて、言われるまま言葉を言っただけなんだ。
【焔護】声…?
【澪】わ、私も途中から声が聞こえました。
   焔護さんにはアクセスできないから…とか仰ってました。
【焔護】…誰が?

率直な疑問。一体誰が水姫と澪に干渉したというのか。
焔護を治癒(?)する手助けをするという事は―――、事件の黒幕のはずが無い。
いや、酔狂で治癒させたのかもしれないが…。
焔護の問いに、澪がしどろもどろになりながら口を開く。

【澪】いえ、その、声の人が…
【水姫】でもどっかで聴いたことあるよーな気もするんだけど…。
【澪】とても優しい女性の声でした。

ううむ、と焔護がうなる。
これ以上考えても仕方ない。とりあえず腕は治った。仕組みは分らないが
二人に感謝しつつ、焔護は立ち上がった。
今は自分の事より―――

【焔護】ま、とりあえずよしとしよう。
    ―――それより、澪。つらい思いをさせたな。すまなかった。

言いながら改めてぎゅっと抱きしめる。

【澪】いいえ、いいえ!私は…焔護さん達が来て下さったことだけでも
   嬉しいですっ…!!
【水姫】ぐすっ…よかった…ホントよかったよっ!

抱き合う二人に覆いかぶさるように水姫も抱きついた。

【澪】ありがとうございます――――…私、幸せです…
   こんなに、こんなに心配してくださる方達がいるなんて――――