■城―――最上階■


さて、目的も果たしたし―――ということで立ち上がった焔護の袖を
澪が控えめに引っ張った。

【澪】あ、あの、焔護さん…。
【焔護】どうした、澪。どこか痛いところでも在るのか?

心配そうに覗き込む焔護を、少し困ったように見上げながら―――、
首を横に振る。

【澪】いえ、そうではなくて――――、
   私掴まっている時に聞いたのですが、この城の地下に、<この世界>の
   メインシステムがあるそうです。
【焔護】えらく丁寧に教えてくれたんだな。
【澪】あ、いえ――。
   私をこの場所から別の所に移動させたかったみたいなんです。
   始めはどうしてもここにしか召喚できなかった…とも言っていました。
【水姫】なんでだろ…?

水姫が首をかしげる。澪自身も分からない…という風に首を横に振ったが…
恐らく<炎の護り>が強制転移の効果を阻害したのだろう。
口には出さなかったが焔護はそう考えた。

【澪】その時は…、私もまだ自分がどうなっていたかわからなかったので…
   聞いてみたんです。そうすると――教えてくれました。
   このお城が世界の中心で、システムの根幹部分が地下にある、と。
【焔護】…そんなに丁寧に教えてくれたのか。馬鹿なやつ等だな…。
【澪】あ、まだもう一つあります。私を「移動させたかった場所」に、
   この世界を作った人がいるとか仰ってました。
【焔護】…という事は…つまり、そいつ…その黒幕が世界を作って
    システムの管理は別の人物が行っている、ということか…。
【水姫】どうするの?行ってみる?
【焔護】ふむ―――、だがそのシステムを逆に利用してこの世界から無限回廊を
     作成起動してアクエリアスゲートにつなげるかもしれないな。
【水姫】で、でも…罠とかだったらやだよ・・・?
【焔護】罠ごときでうろたえるな、水姫。
【水姫】そっか。さすが焔護さんだっ!無駄に強気だねっ!
【焔護】無駄っていうな、水姫。


■城―――1階■

―――来た通路を引き返して、再び一階に戻ると、
やっぱり大勢の騎士たちが襲い掛かってきた。今度は両脇に水姫と澪を
抱えて走り避ける。走り抜ける、というよりは壁や天井を蹴って飛び回りながら突き抜ける。

【焔護】とりあえずめぼしいところを探そう。


通路の端でゆっくりと二人を下ろしながら、二人の頭を撫ぜる。
完全にお父さんの仕草である。二人の子供は素直に頷いた。

【水姫】―――うん、分かった。探そう、澪ちゃんっ。
【澪】は、はい。

水姫と澪が後方へ下がって周囲を調べるのを確認してから、焔護が前に出る。
敵の数、…たくさん。
眼前に広がる―――蠢く黒い騎士達を見て、焔護は唇を歪めた。
霊枢から霊絡へ<氣>を通し―――高める。
ゆっくりと刀を抜いて―――構えた。流麗な構え。腕から、手から刀へ氣を流す。
そして、―――いざ参る!!と足を踏み出した瞬間。

【水姫の声】焔護さーん!あったよー地下への階段!!
【焔護】っとと、あっさりと見つけたものだな…。

完全に出鼻をくじかれた焔護は、しょうがないので高めた<氣>を
取り敢えず切先から発剄で放った。
爆音と爆風、衝撃と轟音が響き渡り、騎士たちがぶっ飛んでいく。
それを確認してから身を翻した。
そのまま―――水姫と澪のところに駆け寄る。確かに、二人の示すところには
地下に通じていると思われる階段があった。丁寧に「地下へ」という
標識もついている。

【水姫】うーん、流石にね、ボクもこれはどうかなーって思ったんだけど、
    でも周りにはココしかないみたいだし…。どーしよ?
【焔護】まぁ、迷ってる暇もないだろう。後ろには敵さんも来ているしな。
【澪】―――は、はい。

焔護に促されて二人が両側に寄り添った。さっきと同じように、焔護が水姫と澪を
抱え込むようにして持ち上げる。ある意味滑稽な格好だが―――
二人を護るにはちょうどいい体勢なのだ。
そして、そのまま地下へと続いているであろう階段を数段飛ばしで駆け下りていった。
―――薄暗い階段に数箇所の明かりが灯っている。そのおかげである程度
視界は確保できている。ずーっと直線の階段を下っていくと、
その終わり変に生々しい扉があった。何が生々しいかというと、
その扉も―――生物のようなのだ。時折…脈打っているような感じもする。

【水姫】うわー、気持ち悪いね。
【澪】はい…。一体何なのでしょうか―――。

―――澪が呟いた瞬間、無数の触手のようなものが扉から放たれ
近づいた水姫と澪に襲い掛かかった。捕食する扉。

【澪】きゃあっ!
【水姫】うわああ!

瞬間。
―――カチン、と鞘に刀を収める音が聞こえ、
それと同時に、その触手と扉が真っ赤な血を吹きながらバラバラになる。

【水姫】はうー、びっくりした…。ちょっと心臓止まりかけたよ…。
【澪】は、ぃ、…。
【焔護】二人とも、あんまり変なものに近づいてはいかんぞ。
【澪】は、はい…。

二人の手を取り、扉を抜けると―――そこには明かりがまったくない空間―――
ただ真っ暗な深淵が広がっていた。

【水姫】うわーっ、真っ暗だっ。

水姫の「うわーっ、まっくらだっ」が暗闇の中で木霊する。

【澪】これでは…何も見えないですね…
【焔護】―――っ!?

だが。
一歩足を踏み入れると、松明のような明かりが両側に付き
それが順に奥へと―――まるで焔護たちを誘<いざな>うかの如く点灯していき、
それに伴いグロテスクな生物の内蔵のような壁が松明によって照らし出されていく。
やはりこの壁も――脈打つように動いている。

【水姫】わ、わぅ…、これって一体…。
【焔護】さあな。構わずに行くぞ。
【澪】は、はい…。

松明のような明かりの点灯を追うように―――細い通路を駆け抜けていく。
そしてどれくらい走っただろうか。突然開闢地に出た。
―――鼓動が聞こえる。
鼓動。
地下全体に響き渡る一定間隔の、鼓動。
まるで―――心臓の音のようだ…というかまさに鼓動だ。
それにあわせて、周囲の壁が不気味な隆盛を繰り返している。
そこに―――その場所には似合わない静謐な声が響いた。


【女性の声】よかった―――…間に…あったわ、ね…。
【焔護】――――ッッ!!!!
【水姫】―――え…っ!?
【澪】あ…あぁ!?


驚愕の表情で見る三人の目線の先にはまるで生物の内臓と機械が
融合したような―――有機物とも無機物ともつかない壁に
埋め込まれるように磔られたヴァルゴゲート管理者―――
御琴が居た。

【焔護】―――な…っ。
【御琴】…久しぶりね、焔護くん―――、水姫ちゃん、澪ちゃん…。

閉じていた瞳を開いて―――すこし悲しそうに微笑む御琴。

【水姫】…み…ことさん…っ。
【澪】あ…ぁ…っ。

かける言葉が無い。
痛々しかった。
全裸の体に侵食するように機械の触手が埋まっている。

【焔護】もう…殺されていたのかと思っていたが―――。
【御琴】…いいえ。
    私たち捕われた管理者は、あの男に<能力>を奪われただけ。
【水姫】…あの男…?
【焔護】一体誰のことなんだ!?誰がこんなことを!!
【御琴】―――予想はついているでしょ、焔護くん。
【焔護】やはり…やはり…あいつの仕業か…!
    だが…あいつにそんな<力>があるとは思えない…。
    まして、戦闘で御琴姉さんを破るほどの能力を持ってたとは思えん…。
【御琴】でも、私は負けた。他のゲート管理者も、そう。
    このお城も…一人の管理者の肉体がベースになっているの。
    …見たでしょう、この城の中。まるで―――生き物の体内のようになっていたのを。

御琴の後ろで不気味に蠢く壁。そここそが―――、心臓だ。
心臓に打ち付けられているように埋め込まれている。

【水姫】―――こ、このお城…って…人の…人間の体…なの…?
【御琴】1人の人間の体内で呪術を暴走させて肥大化させたの。
【澪】ひ、ひどい…
【御琴】私はこの世界の中心に―――この世界のシステム部分として組み込まれたの。

唯一自由な首を動かして回りの壁を指し示す。
有機物と無機物―――機械のようなものが、蠢く。

【焔護】そう…か、お前はこの<世界>の―――
【御琴】ええ、システムの根幹。この世界の事象を司る役割を与えられたの。
    唯その為だけに生かされているのよ。
    こうしている間にも、私の<力>はこの機械に吸い取られていく。
【焔護】…。

焔護の拳がごきっ、と鳴った。体が怒りで震えている。
水姫や澪が少し怯えるくらい―――怒りに打ち震えている。

【御琴】でも、焔護くんが…私の命が尽きる前に間に合ってよかった…。
【水姫】―――えっ…!!
【澪】そ、そん、な―――!!な、なんとかならないんですか…!?
   どうしようもないのですか…!?

驚愕を隠せない水姫と澪。
焔護に縋りつくように見上げるが、焔護は静かに目を閉じた。
既に―――御琴の<氣>の波動は最早風前の灯。
蝋燭の最期の輝きのようなものだ。
余命幾許もないというのに、御琴は柔らかく微笑んだ。

【御琴】そんなことより、焔護くん。
     水姫ちゃんの状態なんだけど―――吃驚させてごめんね。
【水姫】ボク…?
【焔護】何のことを言っているんだ?
【御琴】この世界のシステムは私。この世界に迷い込んだ魂の―――
     ある程度の操作はできるの。
     焔護くんは…ちょっと氣の波動が強すぎるから介入できなかったけど、
     水姫ちゃんにダイレクトアクセスして貴方達の様子をみてたのよ。
【焔護】そう、か…。
    では―――あの時の…、水姫の沙姫化は…
【御琴】止む終えない状況だったから…無理矢理沙姫さんを起こして―――
    <月ノ印>で封じられた沙姫さんのその能力を発動させたのよ。

焔護と御琴の言葉に―――不安そうに水姫を見る澪。
澪の視線を受けた水姫だが、その水姫本人も怪訝な表情を見せた。
当然といえば当然だ。自分でも何が起こったのかさっぱり分っていなかったのだから。
ただ髪が黒くなった、その程度の認識だ。

【御琴】そのお陰で…というか、一時期だけでも沙姫さんに接続できたのが良かったわ。
    ―――彼女、私と同じ<氣>質だから…なんとか水姫ちゃんから分離できると思うわ。
【焔護】御琴姉さんの…やる事は分っているつもりだ。
    あんたは―――自分の<存在>を放棄するつもりか。
【水姫】い、一体何のコト言ってるの…?
【御琴】焔護くん、今なら大丈夫。あの男からのアクセスを遮断して、  
    最期の力でその子を助けてあげられる―――。

――と、部屋の端が動き、培養カプセルのようなものが出てきた。
…その中で―――眠るように横たわる黒髪の少女。
その姿は紛れもなく―――。

【焔護】これは…。
【御琴】見覚えあるでしょ、この子。

そう、それは―――

【澪】沙姫さん…

澪がつぶやいた。
水姫はわからない。自らの半身であってもその姿を知覚できない。
沙姫の姿―――そのままの体。
そして、―――昨夜、焔護を襲った妖魔、その姿だ。

【御琴】なぜこの子を作りたがったのかはわからないけど、あの男が私に作らせたものなの。
    機能的には人間と何の代わりも無いわ。ただ、魂が無いだけ。
【焔護】なぜ…なぜあの男が沙姫を知っているんだ…!?
【御琴】そこまではわからないわ…。
    ただ、あの男は<沙姫さん>を欲しがっているのよ。作り物でも。
    そして、私に数体の<沙姫>さんの素体を作らせて、別の魂を注入させた。
【焔護】そんなことが…
【御琴】ええ、可能よ。
     ただし―――私がシステムを司るこの世界でだけ、だけどね。
     <存在する力>が圧倒的に足りないの。
【水姫】…。
【澪】…。
【御琴】今、水姫さんと沙姫さんの境界が曖昧になっているのはわかるでしょ?
     それは、この世界の法則によって水姫さんが変質しているの。
     アクエリアスゲートではない世界。それが原因。
     でもその代わりに私が直接水姫さんに介入できるようになったんだけどね――。
【水姫】じゃ、じゃあ…あの時…ボクを起こしたのも―――
【御琴】ええ。そしてさっき貴女達の頭に直接語りかけたのも、私。
    城<ここ>は特に私の支配能力が強いから澪ちゃんにもアクセスできたんだけどね。
【澪】そう…なんですか…。
【御琴】それは置いといて―――。
     …―――私の<存在する力>と<沙姫さんの人格>をその素体に移すわ。
     それで…沙姫さんは<個>として存在できるはず。
【焔護】そんな都合のいいことができるのか―――?
【御琴】この世界は私よ。何でもあり、って貴方の常套句でしょ、焔護くん。

御琴はえっへんとばかりに、すこし胸を張った。
そして―――やはり、少し寂しそうに、微笑んだ。
御琴の<存在する力>を移す、ということは―――御琴が消える、ということだ。

【焔護】だ、だが…俺は…っ…俺は―――
【御琴】躊躇わないで、焔護くん。
     私は、私自身のことは自分が良くわかるから。
    もう、時間がないの。悠長に考えている時間もない。
【焔護】し、しかし―――
【御琴】いずれにしても…私にはもうゲート管理能力は無いのよ…。

ギリ、と唇を噛む。
バルゴゲートはその名が示すとおり、処女門。
管理者は純潔でなければ務まらない。枷と同時に<力>を与えられる。
枷が外れれば、衰退していく一方だ。

【御琴】私を無駄死にさせないで。私に―――生きた証を残させて。
    貴方の力になりたいの。――ね?
【焔護】…。

焔護は背を向けて腕を組んだ。
これ以上、御琴の覚悟を邪魔することはできない。かといって賛同もできないが。

【御琴】水姫さん、ここまで来てくれるかしら?

水姫はちらりと焔護を見た。―――無言で頷く。
御琴の眼前まで歩み寄った。

【水姫】…。

水姫自身、何をするのかが良くわからない。不安そうに御琴を見上げる。
そんな水姫に柔らかい笑顔を向けた。

【御琴】大丈夫。貴女が焔護くんを信じてるように、私を信じて。
【水姫】…うん。

水姫も御琴の覚悟を感じ取ったように、頷いた。目を閉じる。
それを見て、御琴も目を閉じた。
読経のような低い祝詞が御琴の口から紡がれると―――
二人から淡い青色の燐光が立ち上がる。
その一方―――、水姫から分離するように、濃紺の<気>が浮かび上がる。
そして御琴からも同じように青い<氣>が浮かび上がると、
水姫から出た<氣>と絡み合いながら、カプセルに入っている体へと
消えていった。その燐光の発光現象が収まると―――、
それまで素体を覆っていたカプセル状の蓋が静かな音と共に開いた。

【御琴】これ、で…大丈夫―――…。

こふ、と小さな血の塊を吐く。

【焔護】御琴姉さんっ、水姫っ!!

ぐらついた水姫を抱えて、御琴を見上げる。
御琴はぐったりとした様子だが―――表情は柔らかい。
水姫も少しふらついただけですぐに自分の足で立ちあがった。

【焔護】澪、沙姫のほうを頼む。
【澪】は、はい―――。

焔護の指示どおり―――澪が培養カプセルへ駆け寄った。
それを確認してから、水姫と御琴を再び見る。

【焔護】水姫、大丈夫か?
【水姫】うん、ボクは大丈夫―――。けど、御琴さん―――
【御琴】私のことはいいから、沙姫さんを。心配しないで、上手くいったから―――。
    あ、服はその奥にあるから、着せてあげてね…裸じゃ可愛そうでしょ?
    ―――ほら、目醒めたみたい。

御琴の言葉に―――、そちらへ視線をやると、沙姫が上半身を起こした。
驚いたように、あたりを見回す沙姫。

【沙姫】こ、これは―――…!?
【御琴】うん…よかった…問題ないようね…。
    これ、で、私の…最期の仕事が終わり―――…
【焔護】御琴姉さん…。
【水姫】…御琴さんっ…!

―――と、にこやかだった御琴の表情が突然険しくなる。

【御琴】―――焔護くん、あの男に知られたわ…!世界の制御が―――
     私のシステムアクセス権が強制切断…隔離されていってる…!!!
【焔護】―――ッ!

突然轟音とともに激しい振動があたりを包んだ。
ぱらぱらと砂埃が舞い落ちてくる。

【御琴】私の制御が外れて、ここが暴走しているわ。
    この城も―――もうあまり持たない…!
    焔護くん…!!
【焔護】―――水姫、澪。沙姫を連れて外へ脱出していろ。早く!

大きな衝撃と共に、揺れが激しくなる。

【水姫】焔護さんっ!!
【澪】――――っ!
【焔護】大丈夫だ、すぐ行く。
【沙姫】い、一体…何が…私は――――!?
【焔護】沙姫、話は後だ。

少し振り返り、ふらつく沙姫を抱えて駆け出す2人。
それを見送って焔護が飛んだ。

霊刀・天照で御琴を侵食している箇所を分解して吹き飛ばす。
そして、崩れ落ちるようにその場に臥す御琴を抱えた。
生命維持の役割をしていた機械から切り離したためか、
命の最期の輝きのように御琴の体が淡く光る。―――御琴を強く抱きしめた。

【御琴】馬鹿、私なんて放っておいて早く逃げなさい…!!
    どちらにしても私の命はもう幾許もないわ…。
【焔護】俺は…っ!!
    水姫と沙姫を助けるためにあんたを犠牲にしてしまった…っ!!

抱きしめた両腕に力が入る。焔護の頬に一筋の涙が流れた。

【御琴】―――。
    ―――…。
    ―――泣かないで、焔護くん…。
    私は…最期に貴方の役に立ててよかったと思ってるのよ―――。
【焔護】俺は…誰かの為に誰かが犠牲になるなんて嫌なんだ!!
【御琴】わかってる。
    わかってるわよ。貴方は本当はとても優しい子だものね。

焔護の唇に自分の唇を重ねた。

【御琴】それじゃ…その代わりに―――これは代金としてもらっていくわね。

にっこりと微笑む御琴。そして、少し悪戯っぽく笑って見せた。

【御琴】それから、あの子達の前では涙は見せないこと。
     妹さんには優しくすること。―――お姉さんとの約束よ。
【焔護】…っ!
【御琴】返事は?
【焔護】分った…分っている…っ!

抱きしめた御琴の体が徐々に薄く、淡く輪郭がぼやけていく―――。
存在の希薄。命の終焉。
すくった水が掌からこぼれていくように、御琴が「無くなって」いく。

【御琴】―――気をつけてね、焔護くん…。
    あの男には…もう一つの…いえもっと複数の影が見える―――…
    暗くて、淀んで―――…ヘドロのような闇の意思を感じるわ…
【焔護】…ああ―――。

既に腰の辺りまで消えていた。残った腕が焔護の頬を愛おしく撫ぜる。

【御琴】うふふっ―――。本当に立派になっちゃって…―――
    おねーちゃん、って言って私の後追いかけていた頃が懐かしいわ…。
    ――――ほんと…。
    ―――あーあ、もう、何も教えられるコトもなくなっちゃったわね…
【焔護】―――…っ、っ…。

抱きしめる腕に、もう重さを感じない。体温も感じない。
その、存在を…感じない。

【御琴】最期に焔護くんに…―――ううん…久遠くんに見送ってもらえて――――

光の粒子となって消えていく御琴の言葉は、もう聞こえなかった。
だが、



―――よかった――――



唇が言葉を紡いだ。

―――そして、静かに輝きがはじけて―――…一粒の光がまるで蛍のように
焔護の周りをくるくる…と、周り…掌の上で、


消えた―――。