■城外■

城から少しはなれたところに、水姫、澪、そして沙姫が立っていた。
炎上し、崩れ落ちる城を呆然と眺めている。
どうしていいのか分からないというのが本音のところだ。
立ち竦むほか―――どうしようもない。

【水姫】焔護さん――――…
【澪】焔護さん…。
【沙姫】焔護…。
【焔護】―――呼んだか?

三人の呟きに焔護がひょこっと現れた。さすがに煤で汚れている。
さすが超人焔護。爆発炎上する城から脱出できたようだ。

【水姫】焔護さぁーーーんっ!!!!
【澪】焔護さん…っ、っ!!

緊張の糸が切れたように―――水姫と澪が顔を涙でくしゃくしゃにしながら
駆け寄って焔護に抱きついた。
沙姫も少し離れて―――安堵したように胸をなでおろしている。

【水姫】焔護さん、あのね、悲しいときは泣いてもいいんだよ…。
    ボクの胸でよければいつでも貸してあげるからさ…。

泣きじゃくる水姫と澪を優しく抱きしめる。多分水姫の胸で泣いたら挟まるだろう。

【焔護】何でお前たちが泣いてるんだ。
【水姫】…だって、だって―――
【澪】御琴さんは…。
【焔護】ああ。逝った。
     あれだけ派手に送ってやったら心置きなく逝けるだろ。

遠い目をして――立ち上る黒煙を見ながら呟く。
そんな焔護に、水姫がしがみつくように寄り添う。

【水姫】ねえ、焔護さん…っ!!!
     ボクたち、ボクたちはずーっと一緒だよね!?これからも…!
     離れ離れにならないよね!?ずっと、ずっと一緒だよね?
【焔護】ああ…。
【水姫】約束だよ、焔護さん…!!
【澪】約束ですよ…。

ちらっと燃え上がる炎を見る。そして改めて水姫、澪、沙姫を振り返った。
水姫と澪の頭をぽんぽん、と撫ぜて、そして―――沙姫に歩み寄る。

【焔護】沙姫。ようやく約束を果たせたようだ。
     遅くなってすまなかった。
【沙姫】焔護…。私は…私は―――…どうして…。
【焔護】御琴さんの<力>で一つの<個>として生まれた。あの人は逝ってしまったが―――、
     俺はお前が生きてくれたことは嬉しい。
【沙姫】私は…生きていて良いのか…?わたしは―――
    その、御琴さんの犠牲の上に…。
【焔護】ならば―――御琴姉さんの分まで生きなければな。
     ―――人の生を背負って生きていくのは大変だろうが、俺がいる。
     心配するな。
     お前は一人じゃない。…そうだろう?
【沙姫】ああ…。真面目な顔して…そんなくさい台詞を…。
【焔護】ふん。そー思うなら俺を楽しませてくれよ?

照れ隠しな台詞を吐く沙姫。その頭をくしゃ、と乱暴に撫ぜる。
沙姫も嫌がる様子も無くそれを受け入れている――

【水姫】―――って。

思い出したように、水姫の触覚のような髪がぴょこ、と立ち上がった。
別に何の描写でもないのだが、単純にぴょこ、と立ち上がった。
効果音をつけるとすれば―――ピンポーンだ。

【焔護】ん?どうした水姫?
【水姫】えっと、キミ―――

沙姫に視線を向ける。その表情は怪訝なものではない。
むしろ、水姫と沙姫、嬉しさが滲み出ている。

【焔護】ああ、そうだった、互いに初対面だったな。
【沙姫】そうだ。だが―――…。
【水姫】うん、なんだろ。
    わかる。
    なんか分かるよ。上手くいえないけど―――。
【沙姫】そう、だな。この世界に来たせいだと思うが、意識がリンクする事があった。
     ―――改めて…だが、私の名は沙姫。
     キミの半身。―――いや、妹のようなものだな。
【水姫】ボクの妹…?ボクの…半身…?
【焔護】ま、難しい話は置いとくが、もう一人の自分…双子より近しい存在…だな。
    お前達は誰よりも似ていて、それでも別人、ということだ。
【水姫】へー。ほー。ふーん…。

焔護の言っていることが分かっているのかいないのか、
まじまじと沙姫を見つめる水姫。
あんまりまじまじ見られることになれていないせいで
ちょっと身を捩じらせてもじもじしながら照れる沙姫。
これはこれでいい光景だな、と―――焔護と澪が側で見ている。

【沙姫】な、なんだ?
【水姫】うーん、どっちかってーと、お姉ちゃん、っぽいなあ、沙姫ちゃん。
【沙姫】―――え?
【澪】わ、私もそう思います。

苦笑交じりに賛同して頷く澪。
確かに、沙姫のほうが大人っぽい仕草をするし、
喋り方も水姫よりしっかりとした口調だ。焔護は思わず頷いた。

【水姫】んじゃ、沙姫ちゃんはボクのお姉ちゃんに決定!
    よろしくね、お姉ちゃーんっ。
【沙姫】えっ、あ、ああ―――水姫がそういうなら…構わないが…。
    焔護、この展開はこれでいいのか?
【焔護】ま、水姫も澪もそう言ってるし、
     素直に状況を享受すればいいんじゃないか?
【沙姫】私が、姉…。
【水姫】うはーいっ!これでお姉ちゃんも妹もできたよっ!!

沙姫が一人悩んでいる横で水姫が澪の手を握りながら飛び跳ねる。
はしゃいでいる、という言葉がぴったり来る。

【澪】妹…?
【水姫】澪ちゃんのことだけど…駄目かな?

首をかしげる水姫。そんな水姫に千切れんばかりに首を振る澪。

【澪】は、はいっ、はいっ、水姫さんっ!
   不束者ですが、よろしくお願いしますっ!!!
【水姫】えへへっ、こちらこそ、澪ちゃんっ。

何だかおかしな言葉のやり取り。嫁入りか。

【沙姫】…ははっ。ほほえましいな。
【焔護】ああ、これでお前もこの二人の姉だな。
    …だが、その前にやらなければならないことがある―――

す、と焔護の瞳が厳しいものになる。沙姫も察知したようで―――周囲を見回した。
大気の変異。―――空が黒く曇っていく。先程まで晴れていたというのに、
急に真っ黒な雲が空を覆っていく。
―――いや。
青空そのものが、黒に。まるで澄んだ水に墨汁を流し込んだかのように
黒く、黒く変わっていく。自然現象ではない、異様な光景だ。
徐々に空気が張り詰めていく。
風が冷たくなっていく。
遠雷が、轟く。
低く、体に響くような地鳴りが響いてくる―――。

【沙姫】これは―――焔護…っ!
【焔護】ああ―――。今までの…今俺たちがおかれている状況は分かるか?
【沙姫】大丈夫だ。水姫を通して―――この世界に来た時からの事態の推移と
    展開については概ね把握しているつもりだ。
【焔護】―――そうか。ならば説明はいらんな。
     水姫、澪!俺たちのそばからはなれるなよ!!
【水姫】う、うんっ!!澪ちゃんっ!
【澪】―――はいっ!
不安そうに焔護と沙姫を見る水姫と澪を―――護るように立つ。
いつ何が起こっても即座に対応できるように。

【焔護】…ヤツ―――この事件の首謀者、だな。
    世界を構成する中心システムを破壊したから―――
    我々を察知するのは当然だろう。
【水姫】ど、どうするの?
【焔護】一旦退却をしたところで意味が無いだろうしな。
    どちらにしても逃げるわけにはいかない。―――ここで決着をつける。
    システム構築部分が失われた以上、この世界を維持するのは無理だからな…。

大気が急速に緊張し始める。空気が肌に刺さるような感覚。
ピリピリと静電気が走るような感覚。
そしてどす黒く、暗澹たる雰囲気が辺りを包んでいく―――。

どくん。

大気が脈動の如く震えた。
―――と、突如周囲の地面がぼこぼことせり上がったかと思うと、
地中蠢くように異形のモノが現れ出てきた。
グロテスクな色合いをした触手を多数持つモノ―――。
動物の内臓をこね合わせたようなものや、大型軟体動物のようなもの。
とにかく気持ちのいい外見ではないものがそれこそぐちゃぐちゃと
沸いて出てくる。これまでこの世界で出てきたモンスターとかいう存在とは
一線を画したモノ達。
焔護達が「異形のモノ」と呼ぶ、陰気が具現化したモノ。

【水姫】うわわっ!?なにこれっ!!ミミズ…!?
     なんかいっぱい黒いミミズがついたように見えるよっ。気持ち悪っ!
【沙姫】水姫、澪っ!私たちの後ろに下がっていろ!
【澪】は、はいっ!!
【焔護】これは…

フラッシュバックのようにデジャヴに陥る焔護。
このバケモノの形…―――異形の生物は中央世界で見たことがある。
中央世界の都市で猟奇殺人を起こしていたモノ―――。

【沙姫】はァッ!!

焔護の思考を断ち切るように―――沙姫の裂帛の気合があたりを響かせ、
触手を切り裂く。無手だが、その研ぎ澄まされた氣の波動はまるで<剣>。
今まで眠っていた者とは思えないほどの動きで、異形のモノを屠る。
<氣>を昇華し雷撃に変換、その<氣>を触手本体に捻りこみ―――、
バックステップで間合いを取った瞬間に、その異形のモノは爆散した。
主にショートレンジよりミドルレンジの技を多用する。
さすがの沙姫も黒いミミズみたいなのには触りたくないようだ。

【水姫】わ、凄い…。

思わず水姫が―――その流麗で俊敏な沙姫の動きに感嘆の溜息を漏らす。
―――が、敵は一体ではない。
周囲を取り囲む異形のモノ、そして見慣れない生物―――<異形のモノ>は
既に数十体を超えている。

【焔護】やれやれ…だな。

天照を大きく振りかぶると、そのまま横に薙ぎ払った。
刀から迸る清冽な<氣>が衝撃波となって異形のモノを打ち払う。
―――が、城内部同様―――、討っても祓っても、次々と溢れ出すように
沸いて出てくる異形のモノ。
沙姫と焔護、二人並んで水姫と澪を護るように構えた。

【焔護】沙姫、久しぶりにアレをやるぞ。
【沙姫】…アレ?アレとはなんだ?
【水姫】ひょっとしてあの―――ボクと澪ちゃんがやったような―――
     ふたりで必殺技を出すやつ!?
【澪】…連技、と仰ってましたか…。
【沙姫】た、確かに以前やった事があるが具体的にどうすればいいのかわからんぞ。
【水姫】だからね、こーやって、気持ちを相手に届けーって感じで
    掌から、相手に気持ちを送るんだっ。ほら、沙姫おねえちゃんも―――
【澪】沙姫さん、どうですか?私の<氣>持ち―――流れてますか?
【沙姫】…ああ、お前達の<氣>が流れ込んでくる―――…
【焔護】さっきので覚えたのか、お前達…。

多少引きつった笑を浮べながら水姫と澪を見る焔護。
はっきり言ってこの<連技>は高等技術だ。それを一回やっただけで
覚えるとはなんとも…。
清冽な<氣>の奔流が焔護を中心に、水姫、沙姫、澪―――と循環を繰り返す。
二つの<水氣>が<木氣>を活性化させ、さらにその<木氣>が
<炎氣>を活性化させる。

【焔護】―――よし、行くぞッ!!
【沙姫】…ちょっと待て、焔護。変な名前をつけて技を発動させるのは
     やめておこう。
【焔護】―――なんで変な名前、って分かった?やっぱりいやか?
【沙姫】嫌だっ!
【焔護】なんで?
【沙姫】恥ずかしいからに決まっているだろうっ!
【水姫】え?どんなの言うつもりだったの?
【澪】ちょっと…気になります…。
【焔護】せっかく四人で放つ技だから凄い名前にしようと思っていたのだが…
    ちょっとこれ以上滾る<氣>を抑えることが出来そうに無い!!!
【水姫】あーっ、それじゃ
     「アクエリアスゲートフルオーケストララブラブパワー!!」にしようよ!!
【澪】フルーケストラ?
【沙姫】…なんか焔護と同じようなセンスだ…
【澪】で、では「クッキング〜」を絡めてみてはいかがでしょうか?
【沙姫】何故クッキングをわざわざ絡めるんだ、澪…。
【焔護】行くぞッ、天魔覆滅・乾坤霊破衝絶陣!!!!!
【水姫】うぁ、なんか長いけど雰囲気で出てるような気がする!!

ズドン。

周囲の大気後と吹き飛ばすような衝撃が焔護たちを中心に走る。
ほぼ0タイミングでの衝撃。小規模な相転移が起こっているかのように―――
ところどころで小さな爆発が起こりそれが連鎖反応しながら広範囲に
広がっていくのが見える。

【水姫】うわ…
【沙姫】なんという…規模の…。二人で放った時の比ではないぞ…
【澪】―――ッ!
   焔護さんっ!!!地面、見てください!!また…!!


吹き飛ばした地面から新手の異形のモノが這い出てくる。
これでは幾らやってもキリがない。

【焔護】―――ちっ、つまらんモノで俺たちの力を消耗させようってコトか。
【耳障りな声】はっはっは、それはただの手違いだよ。
【沙姫】――――っ。





―――突然。
眼前の空間から黒い染みが滲み出し、そこから一人の男が姿を現した。
中肉中背中年で頭部の天辺が禿げ、それを隠すように横から髪を持って来ている。
所謂バーコード頭、というやつだ。
その男が、のそりと一歩前に歩み寄った。

【耳障りな声の男】いよう、久しぶりだな、アクエリアスの。
【焔護】―――ッ。
 
何か異様な雰囲気。見た目もあまりよくないのだが…「一人」には思えない、気配。
単体なのに多重の<氣>を感じる。どこか作り物のような、そんな感じ。

【焔護】(これが御琴姉さんが言っていた「違和感」か…)
【耳障りな声の男】くくっ、私に飲まれているのかね、焔護。
           君らしくも無い。声ガでとらんゾ?
【焔護】ふん。声出してないから聞こえないに決まっているだろう。
     お前が―――この事件の黒幕だったってことか、兎場斑厳蔵!!

―――「元」ジェミニゲート管理者。
<うばぶちごんぞう>―――音的にもどうなんだ、という名だ。
漢字にすると読めない。
とにかく、この男が全ての元凶であり、原因であることは既に御琴から聞いている。
―――と、背後から悲鳴が上がった。
水姫だ。
それと同時に沙姫が慌てたように声を上げた。

【沙姫】み、澪…?澪っ!どうしたんだっ!?
  しっかりしろ!!澪!
【水姫】―――澪ちゃん!?

その声に振り向くと、―――澪が顔面蒼白で震えていた。
過呼吸にも似た震え。
手を胸に押し当てて、今にも倒れそうな感じだ。

【焔護】(…澪はこの場から遠ざけておいた方が
     良かったのかもしれないな…こうなる可能性はあった―――)

―――澪はアクエリアスゲートに来る前、ジェミニゲートに拾われていた。
その時に兎場斑に虐待を受け、その上廃棄処分―――ゲート外に捨てられたという
経緯がある。焔護が澪を助けてその記憶を封じていたのだが―――、
忌むべき相手の顔を見た瞬間、フラッシュバックのように記憶が戻ってしまったのだ。

【水姫】だっ、大丈夫、澪ちゃんッ!!
【澪】…っ、…っ!!

ガクガクと震える澪を抱きしめる水姫。
更にその前に二人を守るように沙姫が立ちふさがった。
さすが姉を襲名した沙姫だ。

【沙姫】貴様ッ―――!!

兎場斑を睨みつける。
―――が、意外な反応を示したのは兎場斑だった。

【兎場斑】おお、沙姫か!!再会できて嬉しいぞ!!
       このとき!この邂逅を!をどれだけ待った事かっっ!!!!!!!!

歓迎するように両腕を大きく広げる。

【沙姫】な、に!?
【焔護】なんだと!?

二人の声が重なる。
それもそのはず―――沙姫はジェミニゲートには行った事がないし、
その管理者である兎場斑に会った事も無い。

【沙姫】私は貴様のような者は知らん!!
【兎場斑】くくくっ、そうかな?私はお前のことをよぉく知っているぞ―――
【焔護】(なぜだ…?確かにこいつとは面識が無いはずだ。
【兎場斑】ヒヒッ、ヒヒヒッ、理解しとらんか、焔護地聖。
      まぁ―――無理もあるまい。

声が変わっていく。
更に兎場斑の体躯が音を立てて変化していく。
大きく―――醜く太った体が、内側に吸い込まれるように徐々に細くなっていき、
瞳の光彩が赤く怪しく輝く。
バーコード頭だった毛髪が…頭部全体から一気に伸びだしてぼさぼさになる。

【沙姫】こ、―――これはっ!!?
【焔護】ば、バカな―――お前は…確かに斃したはずだ―――
【兎場斑?】ウフフフ…ヘヒッ、ヘヒッ、ハハ…ハハ…ハ…ハーーーー!!!!!!
        ヘヒッ、ヒヒッ!!ヒキッ、キキキッ!!!
【焔護】―――岩山田岩男!!!!

兎場斑から「岩山田」に「なる」。変装とかそんな小細工のレベルではない。
完全に変化した。根本から変化している。全てが別の生き物になっている。

【岩山田】そう!!私は貴様に前回「行数がもったいない」という
       不条理きまわりない理由で舞台から下ろされた―――

岩山田岩男。
焔護と沙姫が出会うきっかけであった、事件。
焔護に情報分解され斃されたその黒幕が再び黒幕をやっている。
つまるところ黒黒幕だ。
余談ではあるが、中央世界で猟奇殺人事件を引き起こしていた犯人でもある。
岩山田あるところに事件アリ。全部焔護も関わってはいるが。
―――だん!と地面を踏みしめる岩山田。

【岩山田】――だが!!
      私の魂は完全に情報分解され拡散することなく<個>を保ち!!
      ライフストリー…もとい、光の流れの中を漂い!
      点在し分解する事のない数々の<悪意>(悪しき精神の塊・自我)を取り込んで、
      そして最後にこの男の肉体を手に入れたのだ!!!

すごく説明的な台詞。

【岩山田】長かった…。
      ここまで来るのにどれだけの苦労をした事か…。

遠くを見つめるような目で思い出を語る岩山田。
どれもこれも取るに足らない内容なので割愛する。

【岩山田】そしてこの肉体<兎場斑>の記憶に残る澪を街で見つけたとき!!
      私は小躍りした!!この計画は動き出したのだ!!!
【澪】…!!!
   あ、あの時の…!?

そう、澪が中央世界で出会った、変質者風の中年親父―――
それは別の姿になっていた岩山田だった。
内在する<悪意>を利用し、姿を変えて近づいたのだ。

【岩山田】その時に連れ去ろうと思っていたが…思わぬ邪魔が入って
      少し計画は延びたが!!
      今!
      こうやって!
      計算どおりの展開!!
      すばらしい!!
      ブラボー!
【焔護】―――ちっ、下衆が…!!
     そんな下らん事の為に…御琴姉さんを…!!!!
     …他のゲートの管理者を…!
【岩山田】くくっ、この肉体があの女を欲していたからな―――利用してやったまでよ。
      まァ、ジェミニゲート管理者も…いまや肉体しか残っては無いがな。
【焔護】という事は…兎場斑の自我は既に―――
【岩山田】イヒヒひっ。その通りだ。
      私が兎場斑を飲み込んだ時点で、既に数ある意識の一つとして取り込んだ。

ごきごきと音を立てて、外見も別の者になる。
今度は―――先ほどまでの岩山田の痩躯とはかけ離れた、筋骨隆々な体。

【沙姫】き、貴様…っ!!!
    目的はなんだっ!!こんなに…人々を犠牲に…!!
【岩山田】くくっ、焔護地聖には辛酸を何度も舐めさせられたからな―――
      まぁ、復讐というのもあるが…本当の目的はな、お前だよ、沙姫。
      私が作り出した最高の至宝…!! 
【沙姫】―――なっ!?
【岩山田】お前は私のものだ――誰にも渡さん!!
      それが焔護なんぞに誑かされおって―――私のところに戻って来い、沙姫。
      私がお前を快楽の海に溺れさせてやろう。
【沙姫】ふっ、ふざけるなっ!!!誰が貴様の―――

羞恥と憤怒で顔が赤くなっていく沙姫。
だが、激昂に反して足の力が抜けていく。ガクガクと膝が震える。

【岩山田の声】ほら…思い出せ、沙姫―――。あの感触を―――

岩山田の言葉が毒のようにじわじわと沙姫の心を侵食していく。
蝕む。
侵していく。

【沙姫】やめろ…っ!
【岩山田の声】あの感覚を―――…
【沙姫】やめろっ!
【岩山田の声】あの快楽を―――。
【沙姫】うああああああああああああっ!!!!!
【焔護】沙姫っ!!!!

頭を抱えて倒れこむ沙姫。ぜえぜえと肩で息をする。
まるで玉のような汗がぽたぽたと地に落ちていく。力が入らない。
かつて、自らを支配していたもの。恐怖。
その恐怖が全身を襲っている。

【水姫】沙姫お姉ちゃんっ!!
【澪】沙姫さんっ!!!
【沙姫】はぁっ、はあっ、はあっ―――…っ、く、そっ!!
     私は―――貴様などに…!!っく…!
【岩山田】フフン。まったくお前は楽しませてくれるなァ、沙姫。
      ―――くくくっ…、そして澪―――
【澪】―――っ!?そ、その…声は…っ!?
【兎場斑厳蔵の声】久しぶりだなあ、澪…くくっ、相変わらず良い体をしている。
           焔護に与えたのは間違いだったな!

その声に、体を震わせる澪。

【焔護】聞くなっ、澪っ!!
【兎場斑厳蔵の声】かかかかかかかっ!!!
【澪】いやっ…いやああっ!!!

沙姫の傍に崩れるように倒れる澪。

【水姫】澪ちゃんっ、沙姫ちゃんっ!!!しっかりしてっ!!!
【焔護】澪!沙姫!!…くそっ、強烈な言霊にあてられたな…
【沙姫】う…ぅっ…
【澪】えん…ご、さん…
【焔護】心配するな、お前達は俺が護ってやる。もう奴等に惑わされる事はない!!
【岩山田の声】あはははははハハハははっ!!!
         いーーーっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!
【焔護】…今すぐあの野郎を斃して帰るぞ!

ぴたり、と岩山田の嘲笑が止まる。
そして更に高笑いを始めた。

【岩山田の声】うははははははっ!
       この!俺様を!斃すだと!?ひゃははははっ!!いひっ!
【焔護】何がおかしい?
【岩山田の声】ひひっ、くくくっ、これが、笑わずにいられるか…!!
       うひっ、ひひひひっ!けひひひっ!

岩山田の<氣>が極端に膨張していく。周囲を震わす霊圧。
こんなに巨大な<力>は―――今だかつて焔護は感じた事が無い。
以前の岩山田の虚構の力、自分の周囲だけに影響する情報の書き換えではない。
本物の、力。

【焔護】―――なっ!?
【岩山田の声】ひひっ、いつぞやの時とは違うぞ?
       精々逃げ回るがいい――――


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はははははははははははははははははははははははハはははハははは
ははははははははははははははははははははははははははははははは

辺りの次元域まで震えるような<氣>の奔流が駆け巡る。
それと共に足元が崩れていく。

【焔護】世界が…崩壊し始めた…!!!お前達、俺の傍から離れるな!!
【水姫】う、うんっ!