■中央世界管理機構――管理センター■
【オペレーター】―――マスター!!
          階層型次元空間域が消滅していきます!!!
【オペレーター】焔護さまが怨敵を倒されたのですね!?
【マスター】…違う…―――これはっ!?
       定点観測切り替えXR300からGD210、JI530からSW299
       に変更、次元領域を多角的に捉えて下さい!
【オペレーター】りょ、了解!!
【オペレーター】…超高密濃度の陰気溜を確認、こ、こんな―――
          信じられません、こんな個体レベルで…!
【オペレーター】仮想次元域<ジェミニ>の情報エネルギーが一箇所に
          収束しています!!同固体への流入確認!
          そんな―――こんなことって…!
【マスター】次元形成のエネルギーを取り込んでいる…!!
        いけない…これでは…!!

―――突然、がくん、と室内が揺れた。
地震、というよりは車が建物に激突したような、そんな一瞬のゆれ。
それに伴いモニターの波形が一気にフラットする。

【オペレーター】きゃあっ!?
【オペレーター】―――っ!!
【マスター】こっちにまで影響する程の霊圧が―――
       まずいな、焔護くん…!!!天照で御しきれるレベルじゃない…!


■暗闇―――次元の狭間■

【焔護】大丈夫か…?
【水姫】こ、これは―――。

水姫・澪・沙姫、そして焔護はぞれぞれ半透明の球体に包まれていた。
暗闇に包まれ天地が分からない状態であったが、
円形防護壁のおかげで辛うじて助かっている。それは焔護が咄嗟に作り出した局所空間だ。

【沙姫】すまない、焔護…
【澪】ありがとうございます、焔護さん…。
【焔護】気にするな。…死ぬのが少し伸びただけかもしれん。
【水姫】(え、焔護さん…凄い汗…!)
    な、なにがおこったの―――?
【澪】こ、これは…。

暗闇の空間。
次元を惑星とたとえるなら、その外側。宇宙空間に投げ飛ばされたような感じだ。
わかりにくいけど、そんなかんじ。


【岩山田の声】ハハハハハ!見たカこの<力>!!貴様等に最早勝ち目なゾない!!!
【焔護】参ったな―――あの野郎、次元を解放しやがった。
     次元を展開していた<力>を自分に還元したんだ。
  あの箱庭のような世界にいた人々の魂も生贄に使ったようだな…。

眼前に、その<野郎>岩山田岩男が浮かんでいた。
醜悪に笑っている。

【沙姫】焔護、まずいぞ。口惜しいが…明らかに<力>の差がありすぎる…。

その言葉に、水姫も澪も今おかれている絶望的な状況を理解した。
つまり、勝てない。

【水姫】そ、んな―――。
【澪】…っ。

唇をかみ締める澪。
防護壁の内側にいても分かる、岩山田の<力>の源泉たる悪意、憎悪の波動。
だが、その攻撃的な波動がふと止む。

【岩山田の声】グフフ…、ゲヒヒッ―――、水姫、我が元へ来い。
【水姫】―――なっ!?
【岩山田】お前ハ我ガ見初めタ女―――
      お前が我が元に跪けば、他のやつ等は見逃しテやろウ。
【焔護】ふっ、ふざけるなっ!!!!
【沙姫】水姫っ!!
【澪】水姫さん!
【水姫】…

半透明の球体の中でへたり込んでいた水姫が――ふらり、と立ち上がる。

【水姫】ほんとう…?ボクが行けば、皆助けてくれる…?
【岩山田】あア、勿論ダ。さぁ、こイ、水姫――。我々はお前ヲ求めていル。
      お前が頷くだけでデ、こちらに来るだけデ、全員の命が助かるのだゾ。

甘美な言葉。
無力な自分だが、自己犠牲で、皆が助かる、なら―――
一歩、踏み出す。

【岩山田】そうダ、コイ―――。
【沙姫】駄目だっ、水姫!!!!
【澪】そうですっ!私達は…!水姫さんを犠牲にしてまで助かりたいとは
   思わない…!!!

そんな二人を、振り返り寂しそうに微笑む水姫。

【水姫】ありがとう、二人とも…。でも、でもボクが、ボクだけで済むのなら…
【焔護】水姫…!!

がし、と水姫の肩を掴む。
そのまま力任せに自分の方へ向け、頬を叩いた。

【水姫】―――っ!?
【焔護】馬鹿者。
【水姫】焔護さん…、えん、ごさん……!

抱きしめる。
水姫の言葉はもう、嗚咽に変わっている。
抱きしめる水姫の体は小刻みに震えていた。

【焔護】無理するな、水姫。お前が犠牲になって我々が助かったところで
     嬉しくともなんとも無いぞ?
【水姫】うっ、ううっ…!でも…ボクは、ボクは…、いつも護ってもらってばかりで…!
     ―――んっ…。

それ以上の言葉は聴きたくない、と唇を唇でふさいだ。

【水姫】…っ、焔護さん…。
【焔護】お前にそれだけの覚悟見せれられてはな―――
     …ここからなら―――

幾許かの逡巡後―――自虐的な笑みを浮かべながら、三人をみた。
とん、と水姫、澪、沙姫を突く。

それぞれ小さな半透明の球体に包まれて、焔護から離れてた所に浮く。

【焔護】すまんな、三人とも…。ここから先は、――――俺がやる。
【水姫】――――!?
【澪】――――っ!!
【沙姫】な、何を―――…焔護!
     足手まといというなら私を盾として使えっ!!それなら―――

ブゥン…と沙姫を包んでいた空間が音を出す。

【焔護】超局所的無限回廊、起動。
     …―――お前たちは、生きてくれ。
【沙姫】お前一人だけで戦う気かっ!?
     再びこうやって出会えたんだ…!こんな別れ方は――――!
【澪】―――!!焔護さん、これはっ―――!

同じように澪の空間も揺らめく。

【澪】いやですっ、いやです焔護さん!!!最後まで一緒に――――
【沙姫】ま、待っ――――

フッ…と二人を包んでいた球体が消える。

【水姫】澪ちゃん、沙姫ちゃんっ!!!
     え―――焔護さん…っ!!!二人をどうしたのっ!?
【焔護】お前たちは中央世界で生きていくんだ。
     この世界は―――お前達は、俺が護る。
【水姫】やっ、なんでだよ、焔護さんっ!ボクは、ボクは一緒に居るよ!!
     いつまでも一緒に――、ずっと一緒に居るって、約束したじゃないかっ!!!!
【焔護】水姫…。
     お前たちと一緒に居た時間、楽しかったよ。…―――幸せにな。
【水姫】なっ、何言ってるんだよ、焔護さんっ!!
【焔護】約束…守れなくてすまない。…―――元気でな。
【水姫】いやだっ、いやだよおおおっ!!!
    一緒に居るって、何があっても一緒に居るって言ったじゃないかっ!!!!

水姫を包み込む半透明の防護球体が小さく振動する。

【水姫】いや…、いやだ…!!!!ボクの幸せは焔護さんと一緒にあるんだ!!!
     こんな、こんなのってないよ!!!!こんなのって――――!!!
     いやっ!!!!やだああああっ!!!!
【焔護】――――。


【水姫】いやだああああああああああああああ―――――!!!!!!!!



そして、――――消えた。


■アクエリアスゲート■

無人のゲート管理室のコンソール画面に文字が現れる。
全制御システム解放――――――――All control system liberation
全接続機器切断――――――――――All connection machinery cutting
全プログラムを強制終了します――――force all programs and am finished
全工程完了しました―――――――――completed all manufacturing processes



風が、止まった。
アクエリアスゲートの色彩が褪せていく。
すべてがセピア色に変わり、ノイズが走る。
そして、風化するように、ゲートが消えていく。
―――――。
―――。
――。
アクエリアスゲートがあった場所に、一枚のディスクが浮かんでいる。
アクエリアスのディスク。
アクエリアスゲートを構築する基本となるデータディスク。
亀裂が走り、はじけた。


■中央世界管理機構――管理センター■
突然鳴り響きだしたオペレーションコールに更にあわただしくなる室内。
【オペレーター】ア、アクエリアスゲート消失しました!!
          マスター!!
【マスター】焔護くんも同じコトをしたみたいだね…。
       ゲートを開放し、構成エネルギーを自身へ変換したんだ。
       彼女達を巻き添えにしない為に、ここに送ってきたというわけさ。
【オペレーター】で、ですがどうやってここに彼女達を…
【マスター】恐らく、ジェミニゲートという固有次元の檻から出たために
      こちらの座標を補足出来たんだと思うよ。

マスターはソファーに倒れこんでいる三人を見ながら呟いた。
三人とも意識は無い。
転移による急激な次元変移で意識が飛んでいるのだ。

【マスター】これで…全部のゲートが無くなってしまったか…。
      さて―――…。

―――と、扉が開き数人の女性が入ってきた。

【女性の声】何があったっ!?
【別の女性の声】なんか凄い霊圧を感じるんだけど…?
【マスター】ああ、黒咲君たちか…。焔護くんがゲートを開放した。
【黒咲】な…っ!?
【黄坂】そこまでの…相手なの?

珍しく青ざめている黄坂。ゲート開放の意味を知っているからだろうか…。

【マスター】霊力の回帰がうまくいけば…、それでも、互角くらいのレベル―――
       いや、それでも足りないだろう。おそらく、焔護くんは…
【白峰】ま、まさか、お兄様―――…!!
【マスター】うん、そのまさか、だろうね。彼は―――<焔護地聖>の<力>も
       <天照>も――己の能力を全て使うつもりだ。
【黄坂】…なっ…
【ほむら】そンなことしたら…っ!!
【マスター】そう、だね。でも、そこまでしないと適わない相手だよ。
       彼女達を護るために、彼は自身の命を賭して戦っている。

ちら、と横たわる水姫、澪、沙姫の三人を見る。
三人が三人とも―――、頬に涙の痕が見えた。

【青瀬】―――焔護の覚悟、よく分かった。
     儂等もそれに答えてやらねばならぬな、黒咲。
【黒咲】…無論です、先代。

くるりと振り返り、黄坂、白峰、ほむら、青瀬を見た。
その双眸に決意の炎が宿る。

【黒咲】ゲートの完全消滅が成された今、この世界を護るものは
     この世界の脆弱な結界のみだ。
【マスター】脆弱って言っても結構頑張ったんだけど…。
【黒咲】我々のすべきことは唯一つ。
【白峰】はい。
【黄坂】こっちもえんちゃんに負けないくらいの覚悟、出来てるんだから!
     えんちゃだけに格好つけさせるわけにはいかないわ!
【ほむら】ああッ。

説明する前からやる事はわかっているようだ。黒咲と青瀬が頷く。
いや、そのために来たのだ。

【黒咲】五封方陣を使う。

視線をマスターに向ける。マスターも目を瞑り、頷いた。
まじめに役割を果たしているマスター。

【マスター】うん。この世界を守るには、いよいよ―――その時がきたようだね。
       屋上に祭壇の準備はもう出来ている。
【ほむら】へッ、オレ達も覚悟できてンぜ!
【マスター】すまないね。もう少し時間に余裕があれば…後手に回らなければ
       何とかなったかもしれないが…。
       ―――では、改めて、だけど、五封方陣を使うと
       キミ達は魂魄の<四神の加護>を失うことになる。
       能力低下は目に見えているし、死に限りなく近づく。…それでもいいんだね?
【黒咲】ああ、かまわない。
【ほむら】オレもいいぜッ。
      師匠にばっかいいトコもって行かれてたまるかってンだ。
【青瀬】聞くまでもなかろう。儂は十分生きたしな。
【黄坂】もっちろーんっ。
【白峰】はい。覚悟できています。全てはこの世界のために。
【マスター】よし、それじゃ、この世界の護り、頼むよ。



■暗闇―――次元の狭間■
【岩山田】――――き、きさま…!

【焔護】ここでお前を斃さないと同じことだからな―――。
     ゲートがどうとか言ってられん。
     あいつらを護る為にも、俺は、俺の存在を賭してお前を斃す。

言いながらマスターからもらった携帯電話を取り出して、繋ぐ。
圏外とかアンテナ一本とかの間を行き来したが―――何とか繋がった。

【焔護】マスター、聞こえるか?
【マスターの声】きこ…て…るよ。三人…確か…こちらで受け取…た

ノイズが走り、よく聞こえない。

【焔護】すまないが、三人を頼む。こちらは―――任せろ。
【マスターの声】…わかっ…こっちは安心…て、…ザ…ザザ―――

もう、聞こえない。
眼前の岩山田を見る。

【焔護】待たせたな――――
【岩山田】グフッ、グフッ…ヒヒッ、ヒ―――

岩山田の体が異様に隆起する。
肌が沸騰した水のようにボコボコと泡立ち―――最早
「人」とは呼べない形に変容していく。

【焔護】膨大な<陰氣>の負荷に耐えられなくなったようだな…
【岩山田であったもの】クク―――違うな、焔護…。これは進化だ。
               すこぶる気分がいい…。

最早異形のモノと化した岩山田。四つの赤い瞳がぎょろぎょろと動く。
醜悪に蠢く3本の腕に、黒い蝙蝠のような翼。悪魔と呼ぶに相応しいその姿。
―――ふ、と焔護は目を瞑った。
脳裏に水姫達との思い出が蘇る。―――今の焔護にはそれだけで十分だった。
護るべきもの。護らなければならないもの。護るべき未来のために。
…ゆっくりと双眸が開く。
覚悟、決意を秘めた瞳だ。何の為に戦うのか、何を護るべきなのか。
手に持つ霊刀<天照>を抜き放つ。―――そして口上。

【焔護】この剣は怨嗟を断ち斬る曙光の刃。

<天照>から霊気の光が迸る。
…まるで、氷を触っているかのような感覚。全身の<氣>が<天照>に吸い取られていく。
―――天照・解放。
爆発的な<氣>が天照から放たれた。
やはり開放時の身体への負担が大きい。ギリ、と歯を食いしばる。

―――まだだ。

天照解放と平行して、アクエリアスゲートの<力>が流入してくる。
それは、毎日毎日注いでいた膨大な霊力を解放し、自身へ変換するもの。
当然、焔護許容量を越えている。
眼前の岩山田でさえ最早肉体が膨大な<陰氣>の取り込みに
耐え切れず、肥大化―――そして反転した魂魄の影響によって異物化してしまっているのだ。
これを抑える魂魄の器をもたなければ―――焔護も岩山田のような異質なるものに変質してしまう。
だが、―――いや、これは焔護にとって切り札。ゲートの力を使う最良にして最後の方法。

【焔護】天地万象より下賜されし現世最強の盾の化身、灼熱煉獄の護りよ!

―――<焔護地聖>第一封印解除。

護りの具現<ファイヤーウオール>の能力を解放。
髪の色が波がひくように変わっていく。
手足の爪を順に剥がされていく様な激痛。体中に針を差し込まれるような激痛。

【焔護】…ぎっ…!

それらが津波のように焔護に襲い掛かる。それに耐えるように、ぐっ、と全身に力を込める。
―――<焔護地聖>第二封印解除。
内臓が一気に肥大化して内側から破裂しそうな激痛。血管という血管が全て千切れていくような感覚。

【焔護】…っ!、っ!

血が、沸騰するような激痛。
常人ならば発狂するような激痛に耐えながら工程を一つづつ突破していく。
内側に向かって広がっていた<焔護地聖>の<氣>が外側に解放されていく。
それはまるで光り輝く紅い翼のように見える。
「火壁」の称号―――<焔護地聖>という守護の<力>が現世に具現化していく。
それに伴い、焔護「であった者」の瞳の色が蒼く変化する。
焔護地聖を継ぐ「以前の姿」に戻ったのだ。
焔護であった者は<焔護地聖の力>を以ってアクエリアスゲートに回していた膨大な霊力に
耐えうる<器>となる。天照解放、焔護地聖解放。都合二回の変身だ。
その全ての持てる<力>を解放し、刀を構える。
そこには最早、<焔護地聖>という存在自体、ない。

【焔護であった者】――貴方は、…貴方という存在をこの世に残してしまったのは
           私の業<ごう>。ならば私の全てを以って再び漆黒の深淵へ葬り去る。
           それが私の罰―――。それが私の使命です。
【岩山田であったモノ】GUOOOOOOOO…!!

全能力―――事象を情報分解する能力を解放した天照を正眼に構える。
封神流禁忌奥義―――三柱神舞降開闢界<みはしらのかみがまいおりはじまりのよ>―――
全てのものを無に帰す奥義。
ついでに自らも無に帰す―――情報分解してしまうという禁忌技。
天照と封魔封神破邪破聖の剣技が合わさって、放つ事ができる究極奥義。…諸刃の。

【焔護であった者】―――滅びよ、黒き意思の化身よ!
【岩山田であったモノ】KISHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!




そして、陰と陽が交錯した。